第5話 1
魔道を使い過ぎて意識を失ったわたしは、翌日には目覚めた。
それと入れ替わるように、ロザリア様とそのご両親――フェルノード公爵夫妻が治療ポッドに入って一週間が経つ。
その間、傭兵さん達はロザリア様に頼まれた、フェルノード領の領民達の保護の為に、領と城を何度も輸送機を使って何度も往復していた。
ロザリア様はリカルドの報復が、領民に及ぶことを恐れたのよ。
傭兵さん達が言うには、フェルノード公爵は善政を敷いていようで、すごく領民に好かれていたみたい。
今回の一件を説明すると、王族達に怒りをあらわにしたのだという。
そうしてほとんどの人達は、嘆きの森への移住を快諾。
頑なに移住を嫌って、領に残った人もいるそうだけど、そんな人まで説得するのは時間の無駄だから、そのまま放置する事にした。
人の善意を正しく受け入れられない者は、痛い目を見るまで気づけない――それはわたし自身が身をもって経験した事だもの。
その人達も痛い目を見てから、自分でどうするかを決めたら良いと思う。
輸送機じゃすべての人を運べないから、子供とお年寄り以外の人達は自らの足で移動してもらう事になった。
傭兵さん達は班交代制で彼らの護衛だ。
並行して、汎用端末器が操る土木建機によって、城の周りが切り拓かれ、恐ろしい速度で城下町が造られているわ。
先行して受け入れたフェルノード公爵家の領屋敷の使用人達――特に領政に携わっていた人達が中心になって、差し迫って必要な生活ルールを決めていってくれている。
「……こんな時、もっと勉強しておくんだったって思うわね……」
玉座の背もたれに身を預け、目の前に展開されたホロウィンドウに映る、城下や執務室の様子を眺めて思わず苦笑。
学園でのわたしはリカルド達に勧められるままに、淑女課程――いまにして思えば、クレリアの引き立て役にされてたんでしょうね――を選んでいた。
本当に愚かだったと思う。
リカルドの言葉に一喜一憂し、彼が勧めるままに従う……
セイノーツの屋敷に居た時と同じ――方法はセイノーツ一家がしたのとは真逆で、苦痛はともなわなかったけれど――知らない間に誰かの言いなりになって、自分の人生を決めていたのよ。
「こうなるとわかってたら、官僚課程に進んでたわ」
肘掛けに頬杖を突いてボヤくわたしに、玉座のそばで控えるステラが首を傾げる。
「おや、ご主人様は政治知識をお求めですか?」
「そりゃあね、知らないよりは知ってた方が良いでしょ?」
ステラや傭兵さん達の事は信用している。
けれど、これからこの地は、多くの人が暮らす事になるんだもの。
人が増えれば、様々な思惑がぶつかり合うことになるでしょう。
ステラというこの世界ではありえないほどの強大な力の主となったわたしは、そういうものに巻き込まれ、利用されない為にも、知識を身に着けなくてはならないのだと思う。
「では今晩から、お休みの際にご主人様のローカル・スフィアに中等教育から大学レベルまでの公民知識をダウンロードするようにしておきます」
「でもそれって、大銀河帝国の政治知識でしょう?」
「いやいや、こんな低水準文化の惑星のものより、遥かに洗練されたものですよ?」
と、その時、謁見の間の大扉が開かれて。
「そして、その低水準文化とのすり合わせについては、わたくし達がなんとかしますわ!」
ロザリア様がご両親を連れて、そう宣言した。
治療ポッドのお陰で、すっかり美しさを取り戻している。
「――ロザリア様っ! お目覚めになったのですね!」
思わず駆け寄るわたしに、ロザリア様は腰に両手を当てて胸を張って――
「――リーリア・セイノーツ!」
「は、はいっ!」
大声で名前を呼ばれて、わたしは思わず立ち止まって背筋を伸ばした。
そんなわたしを頭のてっぺんから爪先まで見下ろすロザリア様。
「……まずはわたくし達一家を窮地よりお救い頂き、感謝申し上げますわ。
あなた様に心からの感謝を……」
そう告げて、完璧なカーテシーをロザリア様が披露し、それに合わせてご両親――フェルノード公爵夫妻もまた、わたしに最上礼を取る。
「や、いえ……な、成り行きですし、そんな……やめてください!」
戸惑うわたしに、ロザリア様は顔をあげる。
「ええ。それではお言葉に従って」
そうして彼女はわたしに歩み寄り、わたしの胸に綺麗な指先を突きつけた。
「礼も言い終えた事ですし、言わせて頂きますわ。
リーリア――いいえ、リーリア様!」
「は、はいっ!?
――え? 様あっ!?」
ロザリア様には、ずっと呼び捨てにされてきたから、突然様付けにされて、わたしは戸惑ってしまう。
「あなたはこの地の主なのでしょう? そこに身を寄せる以上、敬称をつけるのは当然ですわ!」
「え、ええぇぇぇぇ……」
「それより、なんですの? その格好っ!」
ああ、それでさっきジロジロと見つめられたのね……
今のわたしは、傭兵さん達にいつ呼び出されても良いように、王城攻めでも身につけた大銀河帝国制式バトルスーツ――黒の上下一体型の戦装束を着込んでいる。剥き出しになった太ももを隠す為、腰についたバイザー型のミニスカートが可愛くて綺麗なお気に入りなのよ?
「え、えと……フェルノード領民の護衛をしてる傭兵さん達から、緊急呼集がかかるかもしれなくて……」
全員が肉体改造を施され、身体強化の魔法も使える傭兵さん達は、いまや嘆きの森に生息する魔獣相手なら単独でさえ対処できてしまう。
問題なのは、森に入る前にアルマーク王国の軍に襲われた場合だ。
「さすがの傭兵さん達でも、ユニバーサル・アーム――兵騎相手だと厳しいので……」
ステラが今、量子転換炉を使って、傭兵さん達の騎体を構築している途中だけど、その核となる合一器官の生成には時間がかかるみたい。
だから今はまだ、もしフェルノード領民の移動中に兵騎に襲われた場合は、わたしがステラと一緒に出撃する事になるの。
「言い訳しないっ! リーリア様? わたくしもステラにお願いして、大銀河帝国の知識を与えてもらいましたのよ?
わたくし、てっきり彼女は北の魔属と思っていたのですが……まさか遥か星の世界からやって来たなんて……いえいえ、いまはそこじゃなく!」
どうしよう。ロザリア様がやたらテンション高い……
「ステラの力を使えば衣装なんて、あっという間に切り替えられるのでしょう?
それなのにその格好……あなたの事ですから、楽だからとかそういう理由でしょう?」
「――うぅっ!」
図星を突かれて、わたしはたじろいだ。
「学園でもそうでしたものね。休日でも、リカルドと城下に出かける時でさえ、制服でうろうろして!」
「あ、あれは他に着るものがなくて……」
確かにあれこれ選ばなくて良いという楽さもあったけど、実際、わたしが学園に持ち込めた衣服は、制服を除けば着古した寝間着と、お母さんの形見の古い型の礼服だけだったもの!
さすがに礼服で街に行くのはおかしいし……
それにバトルスーツ、すごく楽なのよ?
言い訳するわたしに、ロザリア様はニヤリと笑い。
「なら、今はちゃんとなさい!
なんです、そんなに脚を剥き出しにして! はしたない!
――ステラ! このデザインは変更なさい! 戦装束だとしても、もっと露出を抑えたものがあるでしょうに!」
「えぇっ!? そのデザインは、大銀河帝国の英雄皇女ことエリザベータ殿下の戦装束をモデルにしてるんですよっ!?
お披露目PVは、グローバル・スフィアで再生数二五兆を数えた、大人気製品なんです~!」
「――だ・と・し・て・も! この国に合わせたローカライズなさいと言ってるのです!」
うわぁ……ロザリア様、大銀河帝国の言葉を使いこなしてる……すごいなぁ……
「もう! あなたじゃ話になりませんわ!
ローザ! ローザはいませんの!?」
「はい、ロザリア様! ただいまっ!」
と、ロザリア様の言葉に応じて謁見の間にやってきたのは、ロザリア様につけた汎用端末器の四八号ちゃんだった。




