Act.85『妖精猫の王国Ⅷ』
アルトライトが指摘したのは、アリエルが現在も真紅に染めている双眸のことだ。
それはアリエルの魔術によって発動する擬似魔眼であり、神秘の気配や動きを視覚的に捉える力を持つ。つまりは魔力に関わるモノすべての動向を眼で感知する能力だ。
その魔眼のおかげで周囲の警戒を万全に出来ているのはもちろんだが、ケット・シーの国を覆っているという幻術の結界を発見することにも一役買うことになっていた。
しかしアリエルはそんな魔眼を聖都出発時から発動している。かれこれ歩き続けて三十分程度。魔眼の維持には相応の魔力を使うと言われるため、アルトライトはそれを心配したのだが──
「あ、大丈夫です。半日くらい使っていても平気なので。私、自慢になりますけど魔力はかなり多いみたいなんですよね」
小さな胸を張って、自信満々に返すアリエル。
彼女は今、魔眼に加えて周囲のマナを自身の魔力に即時変換する刻印も併せて発動している。
距離は開いているが大樹海から潤沢なマナが平原に流れ込んでいるため、アリエルはそれを吸収することで、今は半永久的に魔眼を維持することが可能となっていた。
彼女の身に先に限界が訪れるとすれば、移動で費やしている体力の方だろう。
「もし疲れた時は、遠慮なく眼を休めても構わないからね。私の方でも探索はしてるんだし」
そう告げるソニカの能力は、聖都を発つ時にアリエルの能力と共に説明が済まされていた。
彼女が魔術で扱うのは音。属性としては風に含まれるようだが、ソニカは大気の震動によって生じる音に干渉することを得意としているそうだ。
例えば一部の生物が物体の位置を特定するために使う超音波も扱えるということで、今回の探索任務においては、ソニカはアルトライトやアリエルと共に重要な役割を担う存在となっていた。
アリエルが視覚、ソニカは聴覚。そしてアルトライトは風を利用した広範囲に及ぶ流体感知。
これら三者三様の能力があれば、今回の任務は効率良く進められるだろう。
「最後は私よね。私は──」
そして最後、ようやく自分の紹介の番になったシルビアが満を持して口を開いたものの、
「あー、なんだっけ。お前の魔術って、花を咲かせるヤツだっけ?」
「違うわっ! いやそれも出来るけど、私の魔術は植物を操る力よ!」
「なんか微妙な魔術だよなー」
「言ってくれるわね!? 爆発しか取り柄のないあんたなんかと違って、私は植物を使っていろいろと出来るんだからっ!」
「てか、あとどれくらい歩けば目的地に着くんだ? あっちの森以外、草原ばっかでなんにも見えねえけど」
「ちゃんと聞きなさいよぉおおおおお!!」
勝手に話を終わらせる阿貴にシルビアは怒り心頭の様子だが、そのまま二人に話を続けさせるといつもの流れになってしまうので、カイエンはシルビアをソニカに任せつつ阿貴の疑問に答えて意識をこちらに向けさせた。
「この地図の縮尺と俺達の移動速度から雑に計算すると、目的地付近まではあと二、三時間くらい掛かるだろうな」
「げぇ……まだ二時間も歩くのか……」
地図を手にするカイエンの言葉に、げんなりと肩を落とす阿貴。
彼の気持ちも分からなくもない。如何に戦闘を得意とする執行者と言えども、移動については得手不得手もない、シンプルな体力の浪費なのだから。
「リーダー、空間転移でみんなを運べたりしないんですか?」
「出来なくもないが……あまり推奨はしないな。目的地の正確な座標は不明だし、当てずっぽうに転移して位置が外れたら魔力の無駄だ。それに樹海から流れてくるマナが邪魔で、目的地付近の空間を捉えづらい。もっと高位の空間魔術使いでないと、転移してもズレるだけだろう」
アルトライトが言うには、大樹海から平原に溢れているマナがさながら濃霧のように感じられるという。
それは暗闇の中の的へ向けて石を投じるようなものだろう。運良く当たる可能性もあるが、リスキーな手であることは考えるまでもない。
「こうやって樹海と一定の距離を保ちながら東に進んで、アリエルの眼で見つけてもらうのが一番確実な手だ。すまないが、頑張ってくれアリエル」
「そうですかー……」
魔眼の維持はともかく、移動による疲労はどうにもならないものだ。
乗り物さえあれば楽だったのだが、この辺りには舗装された道路はない上に亜人族の領域であるため、無闇に大地を踏み荒らしては彼らを刺激しかねない。
なので、こうして徒歩で静かに進むのが無難なのである。
「一時間のごとに休憩は取るつもりだ。他にも、なにか身体に異常が起これば遠慮なく言うように。本格的に任務を始める前に体調を崩していては、話にならないからな」
カイエンの号令に、他のメンバー達は素直に従った。
一人だけ歳が離れていることもあり、カイエンの言動は落ち着いていて、彼の指示を聞いていると不思議と頼もしく感じてしまう。
別にアルトライトにリーダーの資質が欠けているとは言わないが、単純に人生経験の差からカイエンの言葉には自然と説得力が伴なう。
こればかりは、今のアルトライトにはどうしようもないものだった。
(師匠もいつも無駄に説得力あったもんなー……ってダメだ、また考えちゃった)
目上の人間、特に異性の比較対象となると師匠を思い浮かべてしまうのはアリエルにとって仕方のないことではあるが、しかしつい先ほど失態を見せたばかりなので反省せねばなるまい。
と、そんな事を考えていたアリエルは、拡大した己の視界の先に見慣れない気配を捉えたことに気付く。
「なんだろう、アレ……?」
進行方向から見て十一時の方角へ視線を向けたアリエルの様子に、二人のリーダーも反応する。
「どうした、アリエル?」
「なにか見つけたのか」
「えっと……たぶん村かなにかだと思うんですけど、大きな結界のようなものに覆われた場所があって」
アリエルが視界に捉えたのは、十五キロメートルほど先にある何らかの結界だ。
他の者達の眼には何も見えないが、姿を隠している神秘そのものの気配を視認出来る彼女の眼にはしっかりと映っていた。
「ケット・シーの国かどうかは判断出来るか、アリエル?」
「それはちょっと無理ですね……平原の起伏が邪魔で、結界の頂上部分がようやく視えてるくらいなので。まだまだ離れているみたいです」
「方角的に見ても判断が難しいな。他の亜人族の集落である可能性もある」
カイエンは聖王から伝えられた情報を思い出し、腕を組んで思考を巡らせる。
この中央部の平原地域は主に亜人族の領域とされている。亜人族とはその名の通り、人間に近い肉体構造を持った種族の総称だ。二足歩行で歩くケット・シーをはじめ、ドワーフやワーウルフ、エルフなどの種族が含まれている。
尤も、エルフのように平原地域から外れた場所に住まう亜人族も多いようだが。
「カイエンさん。取り敢えずはこのまま樹海に沿って進みましょう。アリエルが捉えた目標がなんであれ、確かめてみないことには」
「そうだな。もしかしたら進路上にある別の種族の集落という可能性もあるが、その時はケット・シーの国についての情報を聞いてみるとしよう。セレスティアルに属している以上、我々人間には友好的な筈だからな。セン君の言う通り、このまま進むとしよう」
二人のリーダーは意見を一致させ、彼らに従うメンバーも一斉に頷いた。
正体が判然としないにせよ、目指すべきものが有るか無いかで移動のモチベーションは大きく違う。
そうして一行はアリエルが視認した気配を目指して、ひたすら東へと進行を続けて行った。




