Act.42『生意気な爆弾魔Ⅰ』
チーム『白の光明』の親睦会から、三日が経過した。あの日アルトライトが告げた通り、彼らは今日初めての任務に臨むことになった。
今朝は珍しく早起きをしたアリエルは、運動に支障がない程度の量で朝食を済ませてから、支給された制服に袖を通す。一度試着はしているが、いざ初任務の日になって着てみると、緊張感が一気に胸に湧き上がってくる。
その緊張をどうにか落ち着かせてから、すべての準備をしっかりと終え、最後にアリエルは師匠から贈られた魔銃を手に取った。
銃に染み付いた彼の想いを感じ取るようにしばらくそれを握り締めるアリエル。それから数分して、その銃を腰に着けた利き手側のホルスターへ収納した。さらに反対側のホルスターには、予備として修業時代から使っている自分の愛銃を収める。
これで準備は万端。集合時間まではまだ少し余裕がある。集合場所であるターミナルへの距離を考えても、今から行けば充分に間に合う時間だ。
出掛ける前に一度だけ自室を見回してから、アリエルは部屋を後にした。そして玄関の扉を開けると、彼女はそこで見知った二人の人物と鉢合わせる。
「え……イリスさん、ヘカテーさん……?」
廊下でアリエルを待ち受けていたのは、“長”に仕える二人の従者だった。
こちらの世界に来てから、それぞれお世話になっている恩人達。どうやら彼女達は、これから初任務に臨むアリエルの激励のために足を運んできてくれたようだ。
そんな二人を見たアリエルは慌てて部屋の戸締りを済ませると、イリスとヘカテーに軽く頭を下げた。
「イリスさん、ヘカテーさん。おはようございますっ」
「おはようございます、アリエル様。いよいよ初任務ですね」
「きちんと起きられたようで何よりです……」
「あ、あはは……」
イリスは穏やかに微笑み、ヘカテーは淡々とした調子ながらも親しみを込めた物言いで、共にアリエルを見据える。
どちらも忙しい身だろうに、こうして二人がわざわざ自分の見送りに来てくれたのはありがたかった。その温かい気持ちを感じるだけで、緊張で強張っていた肩の力は不思議と抜け、良い具合に調子が整った気がした。
「レイア様から伝言を預かっています。『どうか貴女のかけがえのない三年間の成果を私に見せてください』、と」
「はい。ちょっと不安ですけど、期待に応えて頑張りたいと思いますっ」
「ふふ。私達も個人的に、貴女のことは応援していますよ。それでは、どうぞ行ってらっしゃいませ」
「ケガには気を付けてくださいね……?」
「──はい、行って来ますっ!」
二人に勇気付けられたアリエルは、弾けるようにその場から駆け出した。
心は軽く、身体も軽い。今なら修業の成果を十全に発揮出来そうだ。少女は躍動する心と身体をどうにか抑えながら、颯爽とエレベーターへと乗り込んだ。
気持ち良くアパートメントを出発したアリエルは、すっかり軽やかになった足取りで本部を訪れ、先日の記憶を頼りにターミナルへと辿り着いた。
そこは時間を問わず、いつでも人気が絶えない。朝から何人もの職員が多数行き交うそんな場所で、リーダーに指定された集合地点へ迷わず向かうアリエルだったが──
「あ、あれ……?」
やがて少し歩いて見えてきたその集合場所では、なんとチームメイトである三人の姿が既に勢揃いしていた。
まだ時間に余裕はあった筈だと疑いながら、アリエルは急いで彼らの元へ駆け寄っていく。
「す、すみません! また皆さんを待たせちゃったみたいで……!」
「いや、まだ集合時間前だ。たまたま俺達が先に着いて、君が最後に来ただけだよ。別に謝ることじゃない」
そう言って全員の集合を確認したアルトライトは、三人と対峙するように身体の向きを変えた。彼の胸にはチームの代表を示す特務徽章が煌めき、アリエル達の目に輝いて映る。
同時に、アルトライトの頭の中で思考が切り替わった。
──休暇は終わりだ。これより新たな日々が始まる。父が今まで歩んでいた道へ、ついに自分も足を踏み入れる。
するとそこにはリーダーとしてはまだ未熟ながらも、数々の任務を経験してきた歴戦の執行者、セン・アルトライト・ウォーノルンの姿が現れていた。
そんな彼の風格に刺激され、アリエル達は無意識に背筋を伸ばした。
「さて、俺達『白の光明』はこれより初任務を行う。現地へ向かう前に、君達に任務の内容を説明しよう。なに、目的自体は単純な任務だ」
彼はそう言って懐から一枚の写真を取り出した。三人は彼が差し出すその写真へ、一斉に視線を注ぐ。
「今日の任務は彼……この写真に写る少年の身柄を確保することだ」
「確保? ……それってつまり、捕まえろってことですか?」
メシエの質問には、いくつか意味が含まれていた。
写真に写っているのは、カメラに向かって挑発的なポーズを取っている、自分達に近い年頃の少年だ。
その写真から感じ取れる印象としては、ただの生意気そうな少年でしかないが、そんな彼を総魔導連合がわざわざ確保するというのは奇妙な話だ。
何らかの犯罪に関わっていることは間違いないが、戦闘力を有した執行者を派遣するとなれば、少年がそれなりの戦闘力を持っていることも充分に考えられる。
「彼は半年前に親を亡くした孤児らしい。他に身寄りがなく、町の孤児院に入れられようとしたところを反発して逃げ、そのままストリートチルドレンになっているのだとか。そして同じような境遇の子供達をまとめ上げ、町で盗みを繰り返しているそうだ」
「はあ、なるほど。それで連合に依頼するほど、その町の人達は彼に手を焼いていると」
「ああ。情報によれば、この少年は魔術が得意らしく、町の大人達が総出で捕まえようとしても軽々と出し抜いてしまうという。それで町長がとうとう音を上げたってわけさ」
「つまり私達の最初の任務は、その悪ガキ退治ってことですか……」
メシエの率直な感想にアルトライトも苦笑するが、しかしリーダーとして注意を促す。
「だが、ただの悪ガキと思わないことだ。素人とは言え、町中の大人達を相手に何ヶ月も逃げ延びているような奴だからな。知恵が回るのか、それともその彼の魔術が強力なのかは分からないが。君達にはその町の大人達以上の実力を発揮してもらいたい」
「……それは俺達を試したいということですか」
アルトライトの口振りが気になったのか、黙々と話を聞いていた翼がそう訊ねる。
するとアルトライトは隠す気もなく首肯し、三人へそれぞれ意味深な視線を向けた。
「そう、俺は今回の任務で君達の実力を知りたい。新人とは言え、君達はそれぞれ魔術の訓練をかなり受けていると聞く。今後の活動の参考のためにも、ぜひ俺に実力を見せてくれ」
「では、リーダーは手出ししないんですか……?」
「ああ。指示を出したりはするが、今回は君達が中心となって標的を確保してもらう。もし君達の身に危険が及ぶようなら、その時はちゃんと守るから安心してくれよ」
どうやら彼は本気でその方針を取るつもりでいるようだ。
初めての任務を自分達の力だけで成し遂げるというのは中々にハードルが高い試練だが、何はともあれやるしかない。師匠や“長”に期待されている以上、目の前の課題を着実にクリアしていくしかないのだから。
「みんな、心の準備はいいか? じゃあ出発しようか」
転移門に向けて歩き出したアルトライトの後に三人も続く。
集合地点の目印となったアーチ状の巨大な門をくぐると、四人は淡い光を帯びる大魔法陣が敷かれた広間に足を踏み入れた。
ターミナルの各所にはここと似たような大部屋がいくつも設けられており、それらは魔界の各地に置かれた支部のそれぞれの転移門へと通じている。
彼らが今回目指すのは、本部から東に離れた土地にあるアレーテイア第一支部ワークワークだ。
「──Eam incipitmoveri, Nos transire arcus caelestis.」
アルトライトが呪文を唱えると、魔法陣は四人を対象にして空間転移の術式を成立させる。
すると魔法陣が帯びる光は次第に強まっていき、四人の身体を足許から包み込んだ。そして次の瞬間、彼らの視界はまばゆい閃光によってホワイトアウトしていった──




