Act.43『生意気な爆弾魔Ⅱ』
視界を覆った光が音もなくゆっくりと消え去ると、四人は先ほどまでいた大部屋と一見変わらない空間に佇んでいた。
しかし転移は確かに行われていた。出入口に背を向けていた筈の身体が、出入口に向かっているからだ。そして出口の門を見上げてみれば、そこには何かしらの言語で『ワークワーク』と刻まれた木製の看板が掲げられていた。
「さあ、行こうか」
アルトライトが促し、出口へと歩き出すアリエル達。
そうして巨大な門の下に着くと、彼らはそこで出入口に佇む二人の職員に行く手を阻まれた。
「失礼します。許可証の提示をお願いします」
職員にそう求められると、アルトライトは自分の胸元に着けた特務徽章を手で示した。
「特務執行科、チーム『白の光明』のリーダー、セン・アルトライト・ウォーノルンです。我々は任務のためこちらへ派遣されています。速やかに通行の許可を求めます」
特務徽章は特務執行科“管理者”ユウヒ・ウォーノルンによって直接与えられる、特別な執行者であることを証明するエンブレムだ。
それは“管理者”によって任務におけるすべての活動を許可された証であり、これ一つさえあればチーム全員に総魔導連合の各支部を出入りする権利が与えられる。
もはや職員達にも見慣れた証の一つなのだろう。一目で彼らを正式な執行者であることを認め、四人に道を譲った。
「確認しました。任務お疲れ様です。どうぞお気を付けて」
手続きを簡潔に済ませ、アルトライトは三人を連れて施設の中を進んだ。
総魔導連合支部──それは総魔導連合が魔界全土で活動するために各地に築き上げた中継基地のようなもので、多数の職員が在籍している魔道情報科が主体となって運営を行っている。
無論、特務執行科や魔法医療科の施設も用意されているが、支部のほとんどは情報科の職員が各地で円滑に情報収集を行うための施設になっていると言っても良い。執行者にとっては目的地へ向かい、本部へ帰還するための中継地点に過ぎないのだ。
やがて転移門からおよそ十分程度を要して支部の外に出ると、四人の視界には一面の緑が広がった。
どうやらワークワーク支部は山の頂に築かれているようで、麓までは鬱蒼とした広大な森林が続いている。
そんな緑溢れる眼下の景色を一望したアリエルは、嫌な予感をひしひしと感じながらもアルトライトへと訊ねてみた。
「あの……ここ、山の上ですよね? 目的地ってどこにあるんです……?」
「この山を下りて、東に向かったところだな。これから少し歩くことになるから、今のうちに覚悟しておいてくれ」
アルトライトは平然とそう言うが、アリエル達の表情は芳しくはない。
よりにもよってここは山頂だ。先ずは下山する必要があり、その道程がどれほど険しいのかもまだ分からない。任務とは関係のないところで早速体力を使わなければならないのが、彼らにとっては憂鬱だった。
「みんな、そんな顔するなよ。別に山道を徒歩で下りろなんて言う気はないからさ」
そう言うと、アルトライトは東の方角へ目を凝らして山麓の先に広がる平野部を見つめる。すると四人の周囲に突如として風が集まり、次第に巻き上げた砂塵によって外側が見えなくなるほどに密度を増すと、アリエル達は一瞬の浮遊感を感じ取った。
それはまるで風そのものが絵筆となって景色を一変させたかのごとく。やがて全員を包んだ旋風が止んで視界が晴れると、四人は支部がそびえ立っていた山頂から麓の平野へと大きく移動を果たしていた。
「おお……リーダー、転移が使えたんですね。それも複数人まとめてなんて!」
異なる二つの空間を点で結び、その二点を瞬時に移動する大魔術──空間転移。
大聖霊イリスが考案した『転移門』のように、二つの地点に予め魔法陣を敷いて誰にでも術式を利用出来るようにしたものとは違い、本来の空間転移は個人で行う上級魔術だ。アリエルが今まで見てきた使い手達は呼吸をするかのごとく容易く扱っていたが、最高位の魔術の一つに数えられている通り、実際に行使するのはかなり難しい。
目標地点を把握する空間認識力をはじめ、移動距離や転移に要する時間、対象人数の設定に伴う術式規模の調整などの様々な要点に才能、技術を必要とすると言われている。
その観点からすれば、アルトライトが披露した風の空間転移は見事な手際だった。魔術師の中でも卓越したレベルと言えるだろう。
彼とは歳が離れていない三人ですら、彼の実力にはまだ到底追い付けないと思い知るほどだ。若くしてリーダーに選ばれる理由はあるということか。
「さて、残念ながらここからは歩きだ。転移はそこそこ魔力を食うからな、いざという時のために俺も力は温存しておきたい」
「ちなみに、どれくらい歩きますか」
「ペースにも依るが、たぶん二時間程度だと思う」
「に、二時間か……」
平然と言うアルトライトに、メシエは渋い顔を浮かべる。
山道を下るよりはマシとは言え、二時間もの歩行はそれなりに体力を使うものだ。
「まあまあ。ついでだから、みんなの基礎体力を見せてくれよ」
「「はーい……」」
「……」
沈んだ声を揃えるアリエルとメシエとは対照的ながらも、翼も落胆するように溜め息をこぼしていた。
そんな彼らの様子に苦笑しつつ、アルトライトは目的地に向かって歩き出した。
………
……
…
途中で何度か休憩を挿みながら、『白の光明』は二時間ばかりの道のりを踏破し目的地の町に到着した。
四人がようやく足を踏み入れたそこは、さながら人界のヨーロッパにあるような白く大きな石造りの街だった。建材を白色の岩で統一した街並みは空から光を浴びることでとてもよく映え、遠方から眺めるだけでも美しい町だ。
そんな街の中をいざ歩いてみると、程なくして広々とした大通りに数多の露店が軒を連ねた賑やかな市場が現れた。
多くの人々が道を行き交い、時には足を止めて露店の商品を買い漁る光景があちこちに広がっている。その雑踏に仲間達と共に紛れたアリエルは、一見平穏そうな街の様子を見て小首を傾げた。
「平和そう……ですよね?」
「そうね。とても盗人の悪ガキに困っているような感じの町には見えないけど」
アリエルの言葉に、メシエも同意する。
自らストリートチルドレンとなり、同じ境遇の仲間達を束ねるリーダーとなって町で窃盗を繰り返しているという今回のターゲット。
しかし客や商人で賑わう市場の様子を見ている限り、彼らが頻繁に活動しているとはとても思えなかった。
「……汚点を隠すのは普通だが。確かに妙だな」
アルトライトはそう呟きながら、今回の任務の依頼者である町長が待ち合わせ場所に指定した広場を目指す。
そんな彼の後に続く翼は、とある気配を感じて市場の露店の背後に佇む建物の路地裏を注意深く見据えていた。
すると物陰に身を潜める小さな人影を、翼は確かに目撃する。
(……あれか?)
その場を通り過ぎたため人影は見失ったが、何やら市場の様子を窺っていたような気配だった。
おそらくは市場を偵察しているターゲットの仲間だと思われるが──
「……」
翼だけでなくアルトライトも怪しい人影の存在には気付いていたが、彼はそのまま無視して依頼主の元へ向かうことを優先した。
末端の相手をしても意味がない。狙うは標的にされた少年ただ一人。速やかに任務を遂行するべく、先ずは依頼主から情報を提供してもらわなければならなかった。




