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魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
序章
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Act.16『新風Ⅰ』

 魔界のどこかで、一陣の風が駆け抜ける。それは一人の青年の形をした鮮烈な颶風だった。

 場所は聖セレスティアル王国とステラルム連邦の国境沿いに位置する広大な大樹林。

 現代において未だなお、神秘に寄り添う生命が数多く生息する森の中を駆け抜けながら、その風は次々と何かを切り裂いていた。

 緑の生い茂る大地に音を立てて崩れ落ちているのは、無数の白骨だ。大半は獣の骨であったが、中には人間の骸も多く混じっている。

 突風が切り裂き、打ち崩しているのはそれらの白骨で作られた動く死兵達だった。

 人の形をしたものは剣や槍、斧に弓を。

 獣の形をしたものは鋭い爪牙を。

 骨で象られた様々な武器を手にした活きる白骨兵達が、林立する木々の間で無数にひしめきながら、風を纏う青年を襲って凶刃を振るう。

 だが風を纏う青年は、右手に執る剣と共に風そのものを自在に操り、迫り来る死兵を幾度も一掃していた。

「まったく……数だけは多いな、死霊使い(ネクロマンサー)。これほどの屍、どうやって持ち運んでるんだか」

 呆れる声が青年の口から漏れる。

 既に十分近くも襲撃を繰り返す死兵の相手をしていれば、自ずとそんな言葉も漏れよう。

 青年は周囲の死兵達との距離を測りつつ、無数の骸を操る術者の気配を探す。

 戦いの渦中に身を置きながら、彼は片手間に探査を行う──いや、もはや彼にとって片手間に行っているのは、むしろ戦闘の方なのだろう。

「どんなに軍勢を作り出そうと、こっちは手を抜いたままで充分なんだ。このままだとあんたの魔力が先に尽きるだろう。大人しく姿を見せたらどうだ?」

 挑発に返ってくる言葉はない。

 当然だろう。標的にとって青年との交戦は本意ではない。こうして死兵達で時間を稼いでいるうちに逃走の機会を窺っている筈だ。

 しかし魔力の供給を受けて死兵達が動き続けている以上、術者が未だに近辺にいる可能性は充分に考えられた。

 コントロールを切り離して自立式で動かしている可能性もあるが、それにしては骸達の動きは統率が取れている。

 あるいは標的が、死兵を自立させても動きに精彩を欠けさせないよう高度な術式が組める術者なのか──

「……面倒だな、一気に吹き飛ばすぞ。──起きろ、『勝利へ導く風王剣(エクセリオン)』!」

 青年が己の手にある魔術儀装(マギカ・アルマ)──白一色の剣にそう呼び掛けると、声に応えるように剣から魔力が溢れ出す。

 思考のない死兵達は、削られた壁を埋めるように再び青年へと大群となって押し寄せるが、彼が今度放った一閃はこれまでの規模とは一線を画すほどの烈風を帯びていた。

 その一閃に比べれば、今まで骸達が浴びていたのはそよ風のようなものだろう。

 暴力的な威力を持って放たれた風の斬撃は、周辺一帯の樹林ごと死兵の軍勢を微塵になるまで粉砕し、瞬く間に地形を塗り替えてしまった。

 台風の目となった青年とその足許を除いた周囲五百メートルもの大樹林が、文字通り何もかも削り取られたのだ。

 大魔術クラスの現象を一瞬で成し遂げた青年は、大きく一息吐くだけで疲労の色は見せなかった。

 そんな彼の所業に慄いたのだろう。

 さながら爆心地と化した大地に佇む青年に向けて、どこからともなく魔術による思念の声が飛んできた。

『おのれ連合の魔術師めッ! 何故私を付け狙う……!?』

「何故って。あなたの不審な行動が連合に報告されたからですよ。だけど俺達は別にあなたを捕らえに来たわけじゃない。あなたの行動について、少し話を──」

『嘘を吐くなッ! お前のその衣服、連合の執行者のものだろう!? 悪名高い魔術師狩りの象徴ではないか! そんな者がわざわざ来たのは、私も狩るためだろうが……!』

「いや、魔術師狩りって……そりゃ危険人物に対して実力行使は辞さないですがね。俺達は別に狩りを専門にはしてませんよ。そもそも先に仕掛けて来たのは、そっち──」

『黙れぇえええッ! そちらがその気であれば、こちらも奥の手を使わせてもらおう!』

 激昂した声が途切れると、青年の周囲に強大な魔力が渦巻いた。

 すると塵になるまで風に砕かれた骨粉が一斉に集まり、見る見るうちに再生して巨大な影を形成していく。

 全長はおよそ五十メートル。無数の骨達が作り上げたのは、そんな体躯を持った巨人の屍だった。

『集いし骸よ、妄念の死霊達よ! その頑強なる巨躯を以て、連合の犬を圧し潰せぇッ!!』

「人の話を聞けよ、ったく……!」

 振り上げられた巨大な腕から逃れるために、青年は風に乗って中空に飛んだ。

 直後、落雷のごとき勢いで大地に振り下ろされた(おお)いなる拳。それは衝撃波を生み出すほどの威力を地上に叩き付け、地表は大きくめくり上がり、地中深くにまで亀裂は走り抜けていく。

「動作速度は落ちず、か。では骨の強度は……どうかなッ!」

 風を伴って虚空を素早く飛翔しながら、青年は巨大な屍の頭上を取るように高度を上げていく。

 対して骸はおもむろに両手を上げると、二つの掌を青年へと向けた。すると骨の表面から融けていた骨が無数に飛散し、瞬時に刃へ形を変えると、硬度を取り戻して空を翔ける青年を撃ち落とさんと猛襲する。

 驚き、瞠目した青年だったが、すぐに風を防壁のように使って被害を凌ぐと、冷静に凶刃の軌道を見極め、その場で地上へ向かって急転直下し暴雨から逃れた。そしてそのまま逆さの体勢で剣を振るい、風の一斬を抜き放つ。

 その一閃は先程まで死兵を軽々と切り裂いていた威力の疾風だったが、しかし巨大な骸は斬撃を浴びても傷一つ付かず、意に介することなく青年を追い続ける。

 再び上空へ逃れながら、青年は歯噛みした。

「チッ、空中では『勝利へ導く風王剣(エクセリオン)』は……!」

 軍勢を薙ぎ払うほどの風の魔剣の一閃には、自身を安定させる足場が要る。体勢が不安定では放つ風の勢いに負けてしまうため、満足に剣を振り抜けないからだ。

 当然、その弱点を補うための手段を青年は持っているが、今すぐに発動出来るものではない。それに発動時に生まれる隙を、敵が見逃す筈はないだろう。しかし地上に降りたところで、一度見られている大技を易々と撃たせてはくれまい。

 空で凶刃の雨を躱し続けながら、青年は巨大な骸の弱点を探す。如何に強度が増したとは言え、人体の構造的に弱点は抱える筈。

 ならば関節部を狙おうと、青年が考えをまとめたところで──地上から飛来した二つの剣閃が、骸の巨大な両腕を肩口から切り落とした。

『な、何だ!?』

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