Act.15『師弟Ⅴ』
「アウルの得意とした魔術は意外とシンプルだ。主に光属性の魔術を使っていたが……特に光弾系、魔力を光の魔弾に変換して放つだけの、練習すれば子供にでも出来るような低ランク魔術を好んで使っていた」
右手を前方に掲げたキョウは、指先に魔力を集めて紫色の小さな光球を作り出す。
それは彼が言った、アウル・アインの得意としていた光弾魔術である。
子供でも扱えるとされる通りそれ程難しい魔術ではなく、魔力を光球に変化させて弾丸として的に放つという単純な用途の魔術。
そんな初歩的な魔術を好んで使っていたとは、最強を謳われた彼の伝説からは想像出来ないが──
「しかしアウルはこの数千、数万倍の数の光弾をこれより速く、複数同時に作り上げることが出来た。しかも一発の威力は岩を貫くようなものでな」
「数……万、倍……?」
しかし初歩的な魔術と言えども、その規模が文字通り桁違いのものになれば、途端に脅威となり得る。
岩をも貫くような光弾を万単位で一瞬で生み出す──そんなものを相手にさせられた者は、きっと悪夢を見ている気分になったに違いない。
あまりにも突飛な話に、いつも澄まし顔の謙信も珍しく表情を崩した。
「……それは誇張ではないのだな?」
「ああ。あいつが最も恐れられていた要因がそれだけの術を一瞬で組み立てる異常な速さだったわけで、さらに当人は物理法則を無視して光の速さで移動し、次々に魔術を組み立てて敵を圧倒する。アウル・アインとはそういう魔導師だった」
「ふむ。理不尽さでは主が頭抜けていると思っていたが……世の中には他にそんな存在もいるのだな」
「まあ、千年前の時点で現代のスパコン以上の処理速度をしていた化け物が次から次へ現れるわけでもなし、アリエルにはアウルが好んでいた光属性の魔術を重点的に教えて行くとしよう。きっと一番アリエルに馴染む魔術属性だろうし、幸いにも光属性に関してはここにスペシャリストがいる」
そう言って指先に作り出した光弾を、照に向けて軽く放つキョウ。
すると照は無防備のままそれを止めず、光弾は彼女の頭に当たる寸前に溶けるように消失した。
アリエルはその光景に驚きつつ、照の顔を見やる。
「スペシャリスト……?」
「あの、キョウ様。そう言っていただけるのは嬉しいのですが、私は魔術には疎いのであまり大した助言は出来ませんよ?」
「別に魔術を教えろとは言わないさ。ただ、“光”に関しては俺達が捉えていない感覚を照は持っているだろう。それを根拠に、アリエルに何かしらアドバイスをしてやってくれれば良い」
「成程……承知致しました」
「魔術の方は俺とアサヒ、それにフェイトと読で受け持つとして。将来的に特務への所属を考えると、多少は戦闘経験も積ませておかないとな。そちらは謙信に関わってもらうが、構わないな?」
「はい。兄様」
「うむ。こちらも承知した」
歯車が噛み合い始めたように、彼らの中で次々に話が進んでいく。
アリエルは当事者でありながらすっかり置いてきぼりになってしまっていたが、みんなが自分のために力を貸そうとしてくれているのはとても嬉しかった。
「ねー、キョウ君。私は何をすればいいかな?」
「ん? 桜は……そうだな」
一人だけ何も役割を与えられていないことに思うところがあったのか、桜が青年へ不安げに訊ねる。
彼もそんな彼女の気持ちは察しているのだろう。考え込むようにしばらく黙ると、やがて何か妙案を思い付いたのかおもむろに笑みを見せた。
「桜はアリエルに魔術以外のことを教えてやって欲しい。言葉でも遊びでも勉強でも……取り敢えず何でも良い。桜が日々感じている色鮮やかな日常を、妹分に教えてやってくれ。それは俺達には出来ない、同じ年頃の桜にしか伝えられないことだ」
「──うん、解りました! 私、お姉ちゃんとしてがんばりますっ」
自分にだけ与えられた役割の内容に満足して、桜はまばゆい笑顔を浮かべる。
──本当に、まるで満開の花のような笑顔だ。
あれほど幸せそうな笑顔を、自分は作ることが出来るだろうか。今はまだ出来なくとも、いつか自分もあんな風に笑うことが出来たら。
アリエルはつい、そんな希望を心に思い描く。
これまで決して幸福とは言えない人生を過ごしてきた少女が、桜の笑顔に対して抱いたのはそんな小さな憧れだった。
「基本的な方針は固まったから、あと考えておきたいのは……儀装か。念の為に儀装は何か持たせておきたいな」
「ぎそう?」
キョウの口から出た聞き慣れない単語に、桜が反応する。
「ああ、魔術儀装。魔術道具の中で、魔法使いが自身の補助のために携帯する自分専用の装備と言ったところかな。桜に解りやすく言うなら、自分用にカスタマイズした杖とかホウキとか、そういうのだよ」
「あー、そういうのですかぁ」
イメージが掴めた桜は嬉々と頷く。しかしアリエルにはまだ想像が付かないらしく、彼女は小首を傾げていた。
そんな弟子を見て、キョウは少し専門知識を交えながら説明を続ける。
「儀装──補助のために携帯する自分専用の装備と言った通り、これには主に二つの用途がある。術の構築を簡易化したり、魔力や術の規模を増幅したりするなどの、あくまでも自身の補助用装備として使うもの。もう一つは更なる奥の手として、儀装自体に一つの奇蹟を宿したもの。個々人によって儀装の好みは分かれるが、大体は補助として使う者が多いかな」
「……師匠があの日、使っていた……のは?」
キョウの説明からアリエルが思い浮かべたのは、自分が救われたあの日、彼の手に握られていた黒い銃だ。
あの魔弾の一撃が自分を窮地から救い出してくれたこともあって、黒い銃身の姿がアリエルの記憶に強く残っていた。
「アレは……どちらかと言えば補助がメインだが、一応後者としても使える代物だ。俺が持っている儀装の中では、アレが一番の愛用品かな」
「……」
「……どうしたよ、アリエル?」
自分の儀装について語ったキョウは、弟子がおもむろにじっと自分の顔を見つめ始めたのが気になった。
その視線には既視感がある。
桜と買い物に出掛けた先で彼女が気に入った物を見つけると、ああいった視線を自分に送って来ることが多い。
要するにそれは、何かを強請る時に使う物欲し気な視線だ。
「私も……師匠と、同じ物を……使ってみたい、です……」
「銃をか?」
キョウがそう確認すると、アリエルはこくこくと頷いた。
少女に銃を持たせることには少し抵抗がある。扱えるかどうかの話ではなく、銃とはそもそも命を奪うためのモノだからだ。
彼も最初に、その覚悟を背負うために敢えて銃を儀装に選んだ。その覚悟を十二歳の少女に背負わせるのは──
「鉄砲か。ああ、一先ず魔弾の射手を目指すのであれば、それが彼女に似合いではないか」
「謙信……?」
「所詮は道具だ。それをどう使うかは担い手が決めるものだろう。違うか、主?」
謙信の意見に、彼は言葉をすぐには返せなかった。
魔術師として育てると決めた以上は、綺麗事ばかりは言っていられない。かつての弟子達とは時代が違うとは言え、魔術師の本質は今も昔も変わっていないのだから。
(……隠居して、少し平和に呆けていたか)
そう心の中で自嘲してから、キョウは謙信の意見に頷いた。
「……解った。ある程度修業が進んだら、先ずは適当に練習用の魔銃でも見繕うとしよう。早く使ってみたいなら、その分修業に励むことだな」
師匠のその回答に、アリエルは喜びの笑みを浮かべた。
それはアリエルにとって初めて持てた最初の目標であり、そして初めての努力したい理由にもなった。
静かに意気込む弟子の姿を微笑ましく見つつ、キョウは言葉を続ける。
「じゃあ今後の予定が大方決まったところで、今日から早速魔術の教練を始めたいんだが。これまでの話で何か聞きたいことはあるか、アリエル?」
師匠がそう問い掛けると、小さな弟子に一同の視線が集まる。
思わず緊張してしまうが、アリエルはしっかりと首を横に振るい、そしてぎこちなくも丁寧に師匠へ向けて頭を下げた。
「……こ、これからよろしくお願いしますっ、師匠」
「──ああ。こちらこそ、三年間よろしくな」
弟子の健気な挨拶を受けて、彼や周囲の女性達は微笑んだ。
新たな同居人が加わったことで始まる新たな日々。これから変わり始めるだろう生活に、全員の胸の中に不思議と昂揚感が湧き上がっていた。
それを弾みにして、キョウは意気揚々と口を開く。
「よし、では早速──」
「おは……」
「ふわぁ……ん、みんな揃って何してるわけ?」
と、皆が一丸となって動き始めようとした瞬間、今になって居間に顔を出した二人の小さな同居人によって流れがぴたりと止まる。
誰もが今にも立ち上がろうとしていた雰囲気だっただけに、二人の纏う弛緩し切った空気はまるで冷や水のようだった。
彼女達と自分達の微妙な温度差に溜め息を吐いたキョウは、のんびりと自分の席へ歩いてくる少女達から視線を切ってアリエルを見やった。
「すまん、アリエル。修業は二人に今までの話を説明し終わってからで良いか?」
「は、はい……」
そうしてアリエル・アイン・ウィスタリアの新しい日々は始まった。
聖女と約束した修業の期間は三年。
絶望の淵から救い出された少女は、遠く離れた異界の地で、自分に手を差し伸べてくれた青年の下で魔術の修業に励むことになる。
穏やかな生活を送りながら魔術を学ぶという、少女にとっては何とも奇妙な環境の中ではあるが──それはとても、光に満ち溢れた日々になりそうだった。
そして、時は流れた──




