依頼
「その額ではまだ足りなかろう。ついてはお前に会わせたい方がいる」
クレメンスはそう言って、促すように、部屋の奥へと視線を動かした。
部屋の奥の 衝立の陰から白髪混じりの男が姿を現した。
金糸銀糸の刺繍が施された重厚な法衣をまとい、その胸には宮廷魔術師の証である徽章が燦然と輝いている。
彼の名はサーベルト・ザルリディア。魔術師の名門一族・ザルリディア家の本家当主クリスティーナの夫であり、筆頭宮廷魔術師だ。
「いよぉ、洟垂れ小僧」
大きな魔晶石のはめ込まれた指輪をした手を軽く挙げ、のんきな声をかけてくる。
その出で立ちとは不釣り合いな仕草に、カルロスは軽い脱力感を覚えた。
「……洟垂らしてる年齢じゃないっす。てか、なんでわざわざ隠れてたんすか? 魔力まで消して……」
どこまでも軽い雰囲気のサーベルトに、思わずツッコミを入れる。
「隠れたい気分だったからに決まっているじゃないか」
平然と答える姿に、カルロスは心の中で「はぁ」と大きくため息をついた。
「今、『このオヤジ、面倒くさい』って思っただろ?」
サーベルトは楽しそうにカルロスの瞳を覗き込む。
分かってるんなら、いちいち聞くなよ。
カルロスは心の中で毒づいたが、余計なことを言うとさらに面倒くさくなりそうだったので、黙って視線を逸らした。
「まあいい。とっておきの仕事を持ってきてやったぞ、洟垂れ」
サーベルトは「洟垂れ」の部分をわざと強調した。
妖しく光る翠玉色の瞳は、明らかにカルロスの反応を楽しんでいる。
「仕事とは?」
カルロスは努めて平静を装いながら尋ねた。
「お嬢様方の護衛だ」
「護衛?」
想定外の任務に、思わず首を傾げる。
「近々、側妃ヴィオレッタ様がトルキロケ大神殿に参拝なさる。あの方は派手好きでな、ご親戚のご令嬢方を引き連れての大移動だ。そこで見栄えのいいのを見繕ってくれと頼まれた」
「見栄え? 俺が?」
「そうだ」
「……先生……老眼進んでませんか?」
思わず本音が漏れた。
「魔力補正済みだ」
サーベルトはなぜか誇らしげだ。
いや、そういう話じゃない。
カルロスはツッコミかけたが、理性で押しとどめた。
「あのお方は見栄っ張りだからな。報酬は期待できるぞ。しかも、お前は師範魔術師だ。破格待遇間違いなし。どうだ、洟垂れ、鼻ではなくて涎が出るだろ」
そう言って、カルロスの顔を覗き込む。
「いや……。俺、お嬢様って生き物がよくわかんねぇし……。第一、俺の見栄えはよくないっすよ」
カルロスは自分が美形でないことを理解していた。不細工とまではいかないが、女性に好かれるような容姿ではないという自覚はある。
「安心しろ。お前のこの無駄に立派なガタイ、わりと需要がある」
サーベルトはそう言いながら、カルロスの厚い胸板を確かめるようにバシバシ叩いた。
「需要?」
「王宮は美形の優男を揃えているからな。それに、魔術師は頭脳派のイメージが強い。そこへお前だ。脳みそまで筋肉みたいなワイルドだ。お嬢様方、大喜び間違いなし」
サーベルトの言っている意味がよく飲み込めない。その上、褒められているのか貶されているのかもよく分からない。
カルロスは何も言えなかった。
「心配するな、うちの倅もつけてやるから」
サーベルトはカルロスの肩をポンと叩いた。
確かに、生粋のお坊ちゃまであるフランクがいれば、礼儀や作法で不都合が生じることはまずないだろう。
とはいえ、なんとなく釈然としない。
「カルロス。非常にいい話だ。サーベルト殿はお前が独立を控えているのをご存知だからこそ、直接依頼に来られたのだ」
横で聞いていたクレメンスが補足する。
「その通りだ。協会を通すと手数料を取られるからな。今回、マージンは取らん。交渉は任せろ」
サーベルトはドンと自分の胸を叩いてみせた。
「お引き受けしなさい」
師匠であるクレメンスの命令は絶対だ。
今までも、クレメンスが斡旋してきた依頼に間違いはなかった。今回もきっと大丈夫なはずだと思いたい。
「……承知いたしました」
カルロスは一抹の不安を抱えながらも、引き受けることにした。




