終結
激しい戦闘が終わり、静けさを取り戻した甲板では、カルロスは負傷した者たちの傷手当てをしていた。
「先生。船の方は問題ありませんでした」
老水夫の報告にカルロスは笑顔で親指を立てる。
「こっちも軽症者だけだ。とっつぁんのお蔭だ」
「いやぁ、先生のお手柄でさ」
老水夫は照れたように薄くなった頭をかいた。
「カルロス先生、ヴィオレッタ様がお呼びです」
背後から声をかけられ、カルロスが振り向くと、侍女の顔が一瞬引きつった。
無理もない。カルロスの革鎧には血糊がこびりつき、袖口にも赤茶色に変色していた。
すぐ近くで手当てに当たっていたフランクが立ち上がった。
「カルロス、その姿では不敬となります。私が代わりに参りましょう」
「おう。助かる。悪ぃな」
カルロスはニヤリと片手を上げた。
重厚な扉を開け、フランクはヴィオレッタの部屋へと入った。
室内は高価な香油の甘い香りが微かに漂っている。長椅子に身を預けていたヴィオレッタは端正な眉を僅かにひそめた。
「フランクか……。カルロスを呼んだはずじゃが」
不満そうな声を上げる。しかしフランクは動じることなく、流れるような所作で一礼し、静かに告げた。
「カルロスは激しい戦闘を終えたばかり。とても側妃様にお目通りできる姿ではございません」
「妾はそのようなことは気にせぬ」
ヴィオレッタは手にした扇子を苛立たしげに弄び、冷ややかに言い放った。
しかし、フランクの翠玉色の瞳は静かなまなざしのまま口を開いた。
「側妃様、彼は護衛のために雇われただけの、いわば部外者にございます」
「カルロスは口の堅い男じゃろう?」
ヴィオレッタは探るようにフランクを見据えた。
今回の襲撃が、単なる海賊の略奪ではなく、王宮内の権力闘争に端を発するものであることは、この場にいる二人にとっては暗黙の了解だった。生け捕りにした刺客から何が漏れるか分からない。ヴィオレッタには信頼できる者が必要だった。
「おっしゃる通り、彼は誠実な男です。今回の一件について外部に漏らすことはないでしょう。ですが――」
フランクは言葉を切り、向けられた視線を真っ向から受け止めた。
「彼の師はクレメンスにございます」
「クレメンス……。あの魔術師協会の会長を務めおる男か」
ヴィオレッタの瞳に、明確な警戒の光が宿る。
フランクは静かに頷き、その沈黙に追い打ちをかけるように滑らかにつづけた。
「左様にございます。クレメンスはかなりの切れ者……その目を光らせ、どのように盤面を動かしてくるか分かったものではありません。万が一にも、こちらの弱みを協会に握られると厄介です」
「そちも協会の人間ではないか」
ヴィオレッタから鋭い指摘が飛んでくる。
しかし、フランクの口元に浮かんだのは、すべてを織り込み済みだと言わぬばかりの、優雅な笑みだった。
「はい。しかしながら、私は陛下より宮廷魔術師のご内示を賜っております」
自分はザルリディアの名において、すでに王家の側に身を置く人間であるという証明を提示した。
ヴィオレッタはフランクの顔をじっと見つめ、やがて小さく息を吐くと、扇子をパチンと閉じた。
自分の背後にある権力闘争の泥沼に、老獪な魔術師協会を介入させるリスクは計り知れない。
「……なるほど。よい、この件はそちに委ねるとしよう」
「寛大なるご英断、恐れ入ります。この件は、どうぞ私にお任せください」
フランクは再び深く頭を下げた。




