008 下宿先と同居人決定。
こいつの妹として寮に同居させてくれる、などという予想外に過ぎる発言に思わず固まった私を見て、ディノは小さく笑った。
まるで本当に弟妹の反応を微笑ましく思っているような表情で、そういえばこんなくつろいだ様子を見たのは初めてだな、と今更のように思う。
「ファータというのは私の姓です。
確かにあなたがこの国にいる間の後見役は私ということになっていますから同じ姓を名乗っても不思議ではないでしょう?
そして、同じ姓で年下の身内を預かるのなら大抵は妹ということにしますよ」
「……まぁ、理屈としてはそうなんだろうけど」
「そんなに気にしなくとも、あなたの素性を知っている人間はごく少数です。
それに、うちの両親は親戚筋から何人も養子をとっているので最近新しく養子に迎えたのだといえばお互いに詳しくなくとも皆気にしませんよ」
「そういうもの?」
「ええ。もちろん、あなたが形だけとはいえ私と同居するのがお嫌であればまた別の方法を考えますが」
こいつはこいつで食事を進めながらの提案に少し考える。
確かに、具体的にいくらになるにせよ、今の状態より宿代が安くなるのは間違いがないだろう。
そうすればこれから先野宿の心配やら、女とばれて何かあるんじゃないかと心配する必要もなくなる。
……確かにいい条件ではあるんだけど……。
「なんか、条件が良すぎてかえってうさんくさいんだけど?」
思った事を素直に口に出すと、目の前に座っている男が思わずなのか突っ伏しかける。
「――こちらとしては破格の条件、というよりも必要最低限の条件として提示したつもりなんですが……」
「確かに、見知らぬ男と二人で暮らすっていうのは普通ならそういい条件じゃないけどさ。
今までの扱いを考えるとどうにもねぇ。
なんか裏がありそうで怖い」
笑顔で言い切ると、ディノは驚いたようだけど、少し置いて苦笑いになる。
どうやら、あんまり腹芸は好きじゃないタイプだと思ったのは外れてなかったみたいだ。
「確かに今まであまりにも無責任な対応だったのは認めます。
ですから、今後にむけての改善案として、まずはあなたから要望のあった住環境の安定化にむけて一番早く打てる手段をと思ったまでですよ」
それに、と少しばかり人の悪い笑みを浮かべてディノは私を見る。
「私達はどうやらあなたの実力を見誤っていたようですから。
敵に回しては恐ろしい相手にはそれなりの待遇を与えるのが良策でしょう?」
「……どういうこと?」
私の実力を下方修正したというのならまだしも、一体どういう事だろう?
素で首を傾げると、これに関しては説明する気がないのかディノは何も言わずにただ笑みを浮かべるばかりだった。
「それで、名前の方はどうしますか?
気に入らないようであれば別のものを考えますが」
「ん? あぁ、そうか。
別にあの宿にいるわけじゃなければ無理に性別を隠す必要もないし問題ないよ。
考えてくれてありがとう」
「では、部屋の方も当面私の部屋でかまいませんか?」
「私が払いきれるくらいの家賃でいいなら」
「部屋に誰かを住まわせる場合、設備の利用料と食費込みで通常が月に百ルトほどですね」
「……はぃぃ?!」
予想外の安さに思わず声を上げる。
……いやまて。
一ルト三百円だとして月三万で賄い付き?
まぁ、社員寮と考えれば相場くらいなんだろうか……?
「まぁこれは自分の部屋として与えられた部屋の中に、誰かを同居させる場合の追加料金ですから。
私自身はもう少し出していますけど、それは今までも払っていた分なので折半しろなどと言うつもりはありませんからご安心を」
「……本当にいいの? というか、たぶん定住になると思うけど……」
一ヶ月が同じ三十日だとしたら、一日分の基本給で一ヶ月間宿の心配なしとはありがたい。
これはすごく助かる。
「かまいませんよ。
そうなる可能性も考慮した上での提案ですから。
その代わり、日常生活に必要な雑貨や部屋に置く家具の追加が必要になった場合、あなたの分は自分で購入していただく事になりますけどね。
……まぁ、当面はお貸ししますが」
「了解。ありがとう。本当に助かる」
本当にもう寝る場所やら食事の心配をしなくてすむようになるんだ、と思うと心底ほっとした。
つい脱力して椅子の背もたれにくったり寄りかかってしまう。
「まぁ、他にも細々経費はかかるので、食事に困らない程度と考えてひと月におおよそ二百~三百ルト程度を生活費として考えてもらえれば大丈夫だと思いますよ。
四百ルトあればそれなりに贅沢ができますね」
「……そう考えると結構高給な設定だった?」
「まぁ、安定した住居を持たないで宿を拠点に生活すると考えるとさほど余裕のある額ではないですけどね。
あまり余裕があって塔から品物やお金を得ようと考えてもらえなくても困りますから」
「あぁ、それは大丈夫。
あそこに通ってそれなりの成果を出すための投資と考えて割安の住居をもらえてるってのは忘れないよ」
裏にある意味をはき違える程馬鹿でもないつもりだったんで、苦笑いでの言葉をあっさりと流す。
元来、寮ってのは心置きなく仕事をさせるために生活面での心配事を減らすためのものだろう。
「生活の心配しなくてすむと塔の中でも色々頭を使ってられるから助かるよ」
これなら、当面好奇心を満足させつつ探検するのに重点を置いても問題なさそうだし、少し塔にこもるのが楽しくなりそうだ。
明日は何を検証しようかな、と考えを飛ばしていた私は、ディノが目をぱちくりさせた後、面白がるような笑みを浮かべたのに気付かなかった。
お読みいただきありがとうございます♪
生活費などの金額はあまり日本と変わらないように設定しているつもりです。
おおよそ、なので誤差はあると思いますがその辺は異世界補正ということであまり突っ込まない方向でおねがいします。
次話は8月28日17時投稿予定です。




