071 罠と危機管理能力テスト?
痛みの治まった耳を軽くもんでからホットワインを飲む。
全然冷めてこないけど、保温の魔術具でもしこんであるのかな、このカップ。
ひとまずカップを置いてからディノにぺふりと寄りかかる。
魔術を使う加減で腕に抱えられた状態だったんで、傍目には胸に顔を埋めたようにしか見えないだろうけど。
「でもさぁ、これ、下手したら本気で耳壊されるよ?」
「一体何が原因なのかわかれば対処法があるんですが……。
ところで、さっきはなんと?」
「やめてとか嫌だとか、そんな感じだったかな?
あんまり酷い事になってたんで音として聞き取れた訳じゃないみたい。
翻訳魔術の恩恵だね」
ディノが私の髪をいじるのに任せながら答える。
「酷い?」
「うん。なんていうのかな?
エコーかかってるわ音割れしてるわ、普通に聞き取れる状態じゃなかったからね。
たぶん、黒板に爪立てた時みたいな嫌な音になってたんじゃないかな?
その上すごい音量だったし」
「……それはなんとも強烈ですね」
「でも案外指向性高い魔術だよね。
これだけ側にいてディノにはまったく影響してないんでしょ?」
「わずかに魔術が発動した気配は拾えましたが、それだけですね。
ただ、既存の魔術に同じような効果のがあったかどうか……」
「オリジナルの魔術って事?」
「魔力の暴走と考えた方がいいかもしれませんね。
エルは生活魔術以外は使えないはずですし、魔力自体さほど多くなかったはずですから」
「推定情報ばっかりだねぇ。
……それで、どうする? もう一押し試す?」
体勢を変えない理由はそんな所だろうと思って尋ねると、ディノは小さくため息をついた。
「察しが良くて助かりますが、大丈夫ですか?
何かあるとしたら間違いなくあなたにですよ?」
「目の前で二度もやらかされる程、あんたの術は甘くないと思ったんだけど?」
さっきは無防備な状態だったけど、今回はディノの張った防御魔術がある。
私の耳を治療したことでどの程度の影響がある魔術攻撃が来るかは予想できているだろう。
その上でうかうかやられるかわいげはなさそうだと思ったんだけどな。
「まぁ、その覚悟がなければあなたを二回も囮に使ったりはしません。
……お願いできますか?」
「了解、お兄ちゃん」
わざと嫌がられる呼び方をすると、ディノは微苦笑になったけど何も言わなかった。
つまらないなぁ、と思ったけど、やることはやらないと。
私の方からもディノの体に腕を回して、甘えるようにしがみつく。
「うぅん、さすがにこのくらいじゃリアクションないかぁ」
「そのようですねぇ」
「じゃあもうちょっとサービス」
相手が動いてくれないんじゃこうやって張り付いててもどうしようもないからね。
「でもよかったの? 兄妹って事になってからだし色々まずいよね?」
「まぁ、色々まずいとは思いますけどね。
前もってわかっていたら手続きをしない方法を選べたでしょうから、残念です」
窓の陰から立ち聞きしているエルさんに聞こえるよう、声を大きくしての会話は二人とも主語を入れなかった。
これなら別の人に聞かれたとしても、いくらでも言い抜けが聞くって算段ですね。
「でも、これはこれで面白いと思うよ?」
「そうですか?」
「うん。……だって、一緒に暮らしてなければこんな風にはならなかったから。
だから、これで良かったんじゃないかな?」
折角だから、と思って台詞にあわせて砂糖てんこ盛りの笑みを浮かべてみせる。
「あなたの言うとおりかもしれないですね。
一緒に過ごす時間が少なければ気づけないことが沢山ありましたから」
こっちも蜂蜜たっぷりな表情と声音で応じたディノが私の髪をなでる。
この感触はちょっと好きかもしれないなぁ、などと思うのは何度もあの人と同じ事を言われたからだろうか。
そのままお互い顔を寄せる。
てか、本当巧妙だよなぁ。
この角度、絶対にあの窓から見てたらキスしてるようにしか見えないだろう。
……しかし。
「釣れないね?」
小声でささやくと、ディノも肩すかしだな、とでも言いたげな表情だ。
どうしようかと思いながら、ちょっと体勢が苦しかったんで、ディノの腕の下から背中に回していた右手を抜いて、肩の上から首に回す。
いや、少し後ろにのけぞる体勢なんでその方がつかまりやすいかなって思ったもんだから。
私の動きの意味に気付いたのか、ディノが片腕を脇の下から背中に通して私の後ろ頭を支えるようにしてくれた。
あ、こうすると楽なんだ。
思わぬ事実につい感心していると、唐突に耳鳴りが始まった。
また例の音波攻撃かな、と思った矢先、全身が総毛立つような感覚がした。
「ディノっ?!」
警告のつもりで口を開いたけど、実際声になったのは驚き半分の叫びだった。
突然、目の前でうめいた後気絶されたらそりゃ驚きます。
「やめなさいっ、殺す気?!」
ほとんど聴覚が聞かない状態で、しかたがないから目一杯の音量で叫ぶ。
私自身はディノが前もって張った結界に守られているから、酷い耳鳴り程度。
だけど、逆に言えばそれがあってすらきつい程の攻撃を無防備にくらったらどうなるかわかったもんじゃない。
アイテムボックスからお守り代わりと渡されていた、直接・魔術問わずあらゆる攻撃を防ぐ魔術符を引っ張り出すとディノを中心に発動させる。
うわ、なんか術符の効果範囲の半球体のへり部分で小さな放電が起きてるんですけど。
……ええと、この後どうしよう。
ヒスってる馬鹿を殴りに行ってやりたい気もするけど、その間ディノをほったらかすわけにもいかないし……。
まわりを見回すと、窓から顔を出した近所の人達が耳を押さえて引っ込んだり、やっぱり庭に出ようとしたディノのお兄さん達が耳を押さえてうずくまっちゃったりしてる。
まずいな、無差別攻撃になってるのか。
私はこういうのに対処する方法がないからなぁ……。
…………。
まぁ、気絶くらいはしかたなしって事にしよう。
地面に落ちてしまったカップを右手で拾い上げると、エレメントボムを起動する。
狙いは二階の半開きの窓からこっちを狙ってる犯人のみぞおち。
威力は気絶させられる程度。
割れると危ないから表面は高重力の被膜でコートして、と。
普段はほぼオートでやってる設定をカスタム変更して……。
――リンッ
準備完了のベルは音じゃないらしく、普通に聞こえた。
よし、ディノいい仕事してる。
一応の偽装工作で思いっきり投げつけるモーションにあわせて発動すると、カップは一直線に狙った窓に吸い込まれ、一拍おいて耳鳴りがやんだ。
……ったく、余計な手間取らせてくれてからに。
さて、次はディノだけど、どうしたもんか。
「……い、一体何が?」
庭に出てきた所でうずくまっていたお兄さん達の声に、小さく首をすくめる。
「とりあえず、あの窓の部屋で犯人が転がってると思うから取り押さえておいてもらえますか?
あと、手近に治療魔術を使える人のあてがあったら呼んでもらえると」
最初のお願いにはすぐに動いていくれた気配があったけど、二つ目には……。
「この時間で、しかも祭りの日だと……。
隣の地区の治療院まで行かないと」
案の定な返事に遠慮なく舌打ちをさせてもらう。
なんだってこう、治療魔術を使える人間は少ないんだ。
隣の地区の治療院って、確か神殿より遠いはず。
それなら、と思ってアイテムボックスから身分証を入れたカードケースを引っ張り出して投げる。
「この身分証を見せて緊急事態って言えば神殿に入れるから、神殿の治療院に行ってください。
今日の夜勤はザームさんだから、患者が途切れてればすぐに来てもらえるはず」
お祭りの夜に夜勤だなんてついてないよ、とぼやいていたザームさんには悪いけど、こうなってみたら好都合。
利用させてもらおう。
後、私にできることはなんだ?
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