070 困ったちゃんはどこにでも。
庭の三人掛けのベンチに座って、すっかり真っ暗になっている空を見上げる。
もっとも、お祭りの夜だけあってまだ少し離れた所からはにぎやかな気配が伝わってくるし、細く開いた窓からはそれよりもはっきりと、ディノの家族達の声がもれていた。
あの後、夕方まで四人でお祭り見物をしてからディノの家に向かった。
そして店を閉める時間まで各自手伝いをするって言うんで、何かやろうかと言ったら、折角だからと演奏を頼まれて三時間ばかり演奏する羽目になったというわけ。
今はその後の大騒ぎな夕飯が終わって、子供はお風呂に入ったり寝る準備が始まり、大人はそのまま酒盛り兼近況報告に移り始めた感じだ。
もっとも、私は夕飯中に散々質問攻めにされたからもう話すねたは残ってないし、他の人の話を聞いていてもさっぱりわからないんで抜け出して来た所なんだ。
「寒くありませんか?」
不意に声をかけられて振り返ると、コートを羽織ったディノがいた。
片腕にもう一枚上着を掛けて、両手に湯気の立つマグカップを持っている。
「それ程は寒くないかな」
「長くなるとこたえますよ。
この時季、昼間は暖かくても朝夕はかなり冷えますからね」
一旦マグカップをベンチの空きスペースに置いてから、上着を広げて肩に着せかけられた。
おとなしく腕を通すと、だいぶ大きい。
一回立ち上がってみると、裾は膝下まで来るし、袖から手が出ない。
生地が厚いから折り返しにくくて戦っていると、ディノが手を伸ばしてきてやってくれた。
「ありがとう、厚い生地を片手だとやりにくいね」
「いえいえ。ちゃんと前をとめて下さいね。
しばらくは戻らないつもりなんでしょう?」
お見通しだとでも言いたげな口調に、苦笑いでうなずくとボタンを全部かける。
あぁ、やっぱり厚い上着着るとベンチの冷たさが全然違うなぁ。
「どうぞ。暖まりますよ」
差し出されたカップを受け取って一口すすると、どうやらホットワインらしかった。
「一応未成年なんだけど?」
「実年齢を考慮したつもりなんですが、ホットミルクの方が良かったですか?」
「いや、大丈夫だよ。お酒弱い訳じゃないし」
一口飲むと、だいぶ熱くしてあった。
赤ワイン――らしきもの――に果物の香りと蜂蜜の甘さだけのレシピだけど、とっても飲みやすい。
「おいしい」
「ありがとうございます。
これだけは両親の作ったものより母親のレシピの方が気に入ってるんで自分で作るんですよ」
「……ん?」
なんだか少し引っかかる言い回しだな。
「実の母親、です。
小さい頃熱を出すと良く作ってくれたのだけは覚えていて。
まぁ、あの頃はアルコールは飛ばしてあったんでしょうけどね」
「……あぁ、そういえばディノも引き取られたくちだっけ」
言われてみればそんな話を聞いた気がする。
「今の両親には良くしてもらっていますけど、やはり時折思い出しますね。
もっとも、もう顔も声も思い出せませんけど」
「そんなもんじゃない? 私もあんまり覚えてないな。
優しい人達だったのは覚えてるけど、顔は覚えてるっていうか、写真――肖像画で見たことがあるから知ってるって感じだね」
答えてから間に一人分の空間を空けて座っているディノの方を見る。
「で? そんな話をしに来た訳じゃないんでしょ?」
「そうですね。いつの間にかあなたが抜け出していたので、ひとまず風邪をひかないようにと思っただけですから」
「すっかりお兄ちゃんが板についてるねぇ」
「まぁ、二十年も弟妹がいる生活をしていれば嫌でも身につきますよ」
おかしそうに笑うディノの様子からは、あまり深刻な話がありそうな気配を感じない。
本当に様子を見に来ただけなのかな、とも思えるけど……。
まぁ少し付き合ってみるか。
「それにしても今日は驚きの連続だった。
……ディノが結構いいお兄ちゃんで、お兄さんに頭上がらないのには特に」
ディノの上にはお兄さんとお姉さんが一人ずついるんだけど、お兄さんにからかわれてかみついてるのにまるで相手にされてないとか、なんか意外で面白かった。
「あの人には本当、かないませんよ。
この家に来て最初に大げんかをしたのもあの人に散々からかわれてのことですからね」
「不器用なお兄さんだね」
端から見ていると、お兄さんがディノを可愛がっているのはよくわかるんだけど、いかんせん気に入った相手はからかって遊ぶタイプみたい。
ディノみたいに真面目なタイプは格好の餌食ってわけ。
「まぁ、あれがあの人の愛情表現ですからね。
しかたがないでしょう」
「ディノって結構誰が相手でもさらりと流してるイメージがあったんだけど、結構遊ばれるタイプだったりするの?」
「……ミュルカまで参戦するのはやめて下さいね?」
「ん~。どうしようかなぁ」
わざとらしく悩むそぶりをすると、ディノがため息をつく。
けれどその目がちらりと少し離れた窓をうかがった。
あそこは……、確か女の子達の部屋だったかな?
確かに人がいるらしい気配があるけど、誰かまではわからないな。
というか、こういう状況で釣るなら、定番のあれが一番。
ディノのコートの袖を軽く引いて、少し体を寄せる。
「……で、狙いは何?」
少し声を落として尋ねると、ディノは小さく笑って、間にあけていた一人分を詰めて弱い風から私を庇うように肩に腕を回した。
「昼間、エルとアイクが合流してから何か気にしていましたよね?」
こちらもいくぶん声を落としている。
たぶん、部屋から聞き耳を立てている相手には何を言っているかはわからないけど、話しているのはわかる程度に。
「関係あるのかないのか、はっきりしないけどちょっと気になってね。
なんか心当たりあるの?」
「あると言えばあるような、程度です。
エルのことなんですが……」
そこで言葉を選ぶように一旦声が途切れた。
「あの子が引き取られてきたのは二年程前なので、私もさほど一緒にいたわけではないので確かな話ではないんですが」
「いいよ。何?」
「たまになんですが、エルのまわりで変な声の様なものが聞こえるだとか、頭が痛くなると言い出す人がいるんです。
家族の間ではそういう事はないので偶然の可能性もありますが、もしかしてあなたも何か気付いたことがあったんではと思いまして」
時々ホットワインをなめながら、あくまで雑談の雰囲気を崩さないまま会話を進める。
やっぱ、結構狸かもしれない、こいつ。
「変な声?」
「はい。何を言っているのかまではわからないけれど、何か敵意を感じる声だった、と」
「……ふぅん?」
なんだかつながって来そうな話に薄く笑う。
「試しに釣ってみるなら協力するよ?
そういう工作ごとは苦手じゃない」
「つまり、あなたも何か心当たりがあるんですね?」
ふっと笑ったディノの問いに、私は軽く首を傾げてみせる。
「嫌な感じ、そこは私の場所なのにって。
考えてみれば、どっちも彼女の前だったね」
「私の場所……?」
「まぁ、ちょっと思い当たることがないでもないけど、それはディノもでしょう?
ふりくらいならいいよ?」
ホットワインをなめながら尋ねると、ディノがうなずく。
そして、カップを置くと私の頬に手をかけ、顔を寄せてくる。
……うん、仮にも妹相手にこういう罠張る辺りいい性格して……
――…………っ!
「ってぇ!」
思わず叫んで耳を押さえてしまった。
予想はしてたけど耳元に大音量で響く、凄まじくエコーのかかった声は破壊力がある。
「痛い痛い。本気で痛い」
これ、もはや音響兵器だ……。
耳を押さえたままうめいていると、ディノが私の体に両腕を回して何か呟く。
「ひとまず、これ以上の干渉は封じました。
耳、大丈夫ですか?」
「……痛い」
実はちょっと涙目です。
カップを持ったままじゃなかったら両手で耳ふさいでしまいたいくらい痛い。
「どうしましょうか。……治療魔術を使っても?」
耳を気遣ってか更にワントーン落とした声での問いにうなずくと、いつも通り状態を調べる術に続いて治療魔術が発動する。
痛む耳がじんわりと温かくなって、やがて痛みと共に熱が引く。
「治ったみたい。ありがと、今のは本気で痛かった」
「いえ、こちらの都合で巻き込んでしまって申し訳ありません。
……やっぱりエルですか?」
苦った表情のディノにうなずくと、大きなため息がこぼれ落ちた。
お読みいただきありがとうございます♪




