006 翻訳魔術のささやかな弊害?
「……その、…………落ち着きましたか?」
いつの間にかカオスになってる部屋を見回してきょとんとしていると、横から遠慮がちに声がかかる。
振り返ると諸悪の根源である男が乾いた笑みを顔に貼り付けて立っていた。
「腹は立ってるけど、状況説明が欲しい。
てか、この変態何?
なんでこんなのと鉢合わせさせられなきゃいけないの?」
「…………ええと、その……。
……すみません、武術の訓練をお願いしようかと私が呼んだんです」
「こんなのと同じ空間で息するくらいなら、一生貧乏にあえぐ方が千倍ましですからっ」
力一杯断言すると、なぜかどこからともなく握り拳大の石が飛んできて伸びてる男を直撃。
「がふっ」
ざまぁ。いい気味。
情けない悲鳴をきいてちょっと溜飲を下げていると、男はふぅ、とため息をついた。
「部屋も酷い状態ですし、この前のテラスで何か食べながら話をしませんか?」
部屋の惨状は放置でいいんだろうか、と思わないでもなかったけど、おっさんと同じ場所にいるのも嫌だったんでうなずいてドアに向かう。
続いて部屋を出てきた男と並んで廊下を歩きながらふと隣を見上げる。
「そういえばなんて呼べばいいの?」
流石に名前を覚えていないと言うのはどうかと思って、少しぼかした聞き方をする。
「ディノでいいですよ。本名では長すぎますし」
さらりとした返事に少しひっかかったけれど、触れることもないかと思ってうなずくにとどめた。
なんだか恐竜みたいな名前だ。
「あなたはなんと呼べばいいですか?」
「ん~? 好きに呼んでくれて構わないけど?」
名乗らされた記憶はあったし呼ばれ方にこだわりもなかったんで流すと、ディノは首を傾げた。
「あの名前はどこで区切れているのかわかりにくいのですが……」
「あぁ、そういうこと?
志築がファミリーネームで蓮が個人名」
たぶんこいつ、私の名前覚えてなかったんだな、と思ったけどお互い様なんでつっこみは入れずに説明がてら名乗っておく。
「前の時も思ったんですが、どうにも名前だけは聞き取りにくいですね」
「……ほぅ?」
どういう意味だ、と眉を上げると男は「変な意味ではなくて」と前置いてから首を傾げた。
「おそらく翻訳魔術の問題なのだとは思います。
あなたと話していると時々、聞こえているのに意味がわからなくて頭に入ってこない単語が混じるんですよ。
文脈からしておそらく物や人の名前なのだと判断はできますが」
「文章の中に外国語が混じる感じ?」
「……ガイコクゴ?」
質問に質問を返されて今度は私が首を傾げる。
「もしかして、この世界ってどこの国に行っても同じ言葉を話してるの?」
「そういうものでしょう?
違う言葉なんて使っていたら話ができないじゃないですか」
何を当たり前のことを、と言いたげな反応にまたもや首を傾げた。
「それならなんで翻訳魔術なんて概念があるの?」
「それは、過去に召喚した人物と言葉が通じなかったからですね。
異界の方は違う言葉を使うようなので、
離れた場所にいる相手に言葉を伝える魔術をベースに言葉ではなく、
伝えようとしている言葉の意味を直接相手の精神に伝える魔術を作ったのだと聞いていますが」
なるほど、こっちの世界って統一言語なんだ。
勉強しなくていい教科が一つ減るなんてそりゃうらやましい。
「つまり、私が所詮外国語だからで諦めてる違和感があんた達にはちょっときつく気になるってことか」
一人でうなずいていると不審げに眉を寄せられてしまった。
なんか説明しにくい概念なんだけどどうしようかなぁ。
「ええとね。
私の世界では言葉は結構色んな系統があって、
基本的に他の国に行ったら別の言葉なんだ」
「……それはなんとも不便ですね」
「不便だよ。
まぁ、だから逆に話の中で少々わからない言葉があってもカタカナ変換でしかたないって流す習慣があるからあんまり気にしてなかったけど、
そういう感覚がないとわかりにくいのかもね」
「……はぁ」
カタカナ変換が伝わっていなそうだけど、とりあえず曖昧な頷きが返された。
そんな話をしている間にこの前の売店の前にたどり着く。
そういえば、なんだかすごくお腹が空いてるなぁ、と思って売店の品揃えを眺めてしまう。
「ひとまず、食べ物を買ってから続きにしましょうか」
ディノのありがたい提案にもちろんうなずいた。
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次話は8月24日17時投稿予定です。




