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不思議な塔にまつわるあれこれ。  作者: ちびやな@やなぎ
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42 ――Side B―― からかわれ役は固定です。

「なんにしても、ミュルカちゃんの言動には注意しながら、こっちから何か気晴らしを提供してあげるのが一番かな。

 放っておくとあの子は塔にばかりこもって他の事は何もしないから」


 どこか楽しげに響く言葉に、ディノも小さく笑う。


「そうですね。

 前回ももう二度と行きたくない、と言うような態度だった割には結局今日は塔に行ってますし」


 言葉につられて、前回彼女が戻ってきた時のことを思い出したディノはおかしいやら気恥ずかしいやら、微妙な気分になった。


 それを誤魔化すようにお茶に口をつけたが、微妙な違和感を感じ取ったのか、ザームが軽く首を傾げた。


「何かあったのかい?

 まぁ、あれだけ酷いにおいのものをかけられたら嫌がりもするだろうけど」


「もう嫌だぁ、行きたくないぃ、って随分愚痴ってましたよ。

 まぁ、半分くらいは買ったばかりの服が駄目になったことに対してのようでしたけど」


「あの服は買ったばかりだったからねぇ。

 それに、この前の火傷といい、最近ろくなことがないから少しモチベーションの維持が難しくなってきたのかも知れないね。

 買い物と訓練で二日ばかりあけたのもよかったのかな?」


「かもしれませんね」


 無難な会話で終わりそうな気配にディノが胸をなで下ろしたところで、ザームが満面の笑みを浮かべた。


「で? 何があったんだい?」


「はい?」


「何かあったんだろう? 顔に書いてあるよ。

 つつかれずにすみそうでほっとしたってね」


 にこにこと言われ、ディノが言葉につまると、ザームはいっそう楽しげになる。


「ほらほら、さっさと白状してごらん。

 言わないと、ミュルカちゃんに聞くことになるけどいいのかな?」


「ちょっ、それは……っ」


 この前のアクシデントをミュルカの口から伝えられるのは避けたい。


 そう思って慌てた声を出してから、策にはまったことに気付く。

 ザームとてあまりミュルカの機嫌を損ねるのはまずいと思っているはずだ。

 知らん顔をしてしまえば、本当に彼女を問いただす可能性はさほど高くはなかっただろう。


「で、何があったのかな?

 今更誤魔化せるとは思ってないだろう?」


 おかしそうに先をうながされ、ため息をつく。


 確かに今更誤魔化そうとしたところでこの男が逃がしてくれるはずもない。


「……その、部屋に忘れ物をしたのに気付いて、早くに戻ったら丁度ミュルカが戻った後だったんですよ」


「部屋で予想外に出くわすくらいたいしたことでもないよねぇ。

 その後、何が起きたんだい?」


「…………その、つまり……。

 あのにおいは酷いでしょう?」


「酷かったねぇ。頭が痛くなるというか、目に刺さるというか、ともかく酷い」


 なかなか先に進まない話をせかすでもなくのんびりと応じたザームは、なんとも歯切れの悪いディノの様子を見るともなく眺める。

 普段であればあまりこういった歯切れの悪さを見せない彼だけに、何か言い辛いことがあったのは確かだろう。


「だから、落とそうとしたらしくて」


「あぁ、そういえば何度か洗ったみたいだって言ってたね。

 ……って、ん?」


 あれだけ酷いにおいだ。誰だってすぐに洗おうとするだろう。

 現に渡された服は濡れていたし、石鹸も少し残っていた。


 そこまで考えてから、気付く。

 帰ってすぐに服を洗い始めたミュルカと、彼女が戻ってからさほど間を置かずに部屋に入ったディノ。

 実際に訪ねたことはないが、ディノの暮らす寮の造りはだいたい把握している。

 室内で服を洗おうと思ったら、簡易の台所を兼ねた流し台で洗うしかないだろう。

 そして、彼がいいあぐねるようなアクシデントが起きるとしたら、だ。


「ディノ君、君、いい目の保養をさせてもらったね?」


「そういう問題じゃないでしょう?!」


 ついからかう調子で言うと、瞬時にかみつかれてしまった。


 どうやら大当たりだったらしい。


「あははははは! いいじゃないか、頼んで見せてもらえるものでもなし、得したと思っておけば」


 ディノの慌てぶりがおかしくて笑いながらそう返すと、言われた方は苦った様子で髪の毛をかき混ぜる。


「わざとならともかく、偶然のことにそれ程目くじらを立てるような子じゃあるまいし。

 適当な落としどころで許してもらえたんだろう?」


 この手の事件はどちらに非があったとしても、謝るのは男の方だ。

 原因がどこにあったとしても、女性の無防備な姿を見てしまった以上、男が謝るのが筋というものだ。

 見られた方は嫌だと思うだろうが、見た方にとってはある意味役得の部分がある以上、これは仕方がない。


「……えぇ、まぁ。

 洗いかけの服を投げつけられた他は、ケーキ三切れとクッキー一袋で」


「高くも安くもなし、なところだね。

 ――それで、どうだった?」


「どうって……。なにがです?」


「ディノ君の気付いた範囲で、怪我の痕跡があったかどうか、あとは体型かな。

 もともとどの程度の体格だったのかわからないからなんだけど、しばらく結構無茶な生活をしていたみたいだし、少し心配でね」


 軽く眉を寄せたザームの言葉に、ディノもいくらか眉を寄せる。


 確かに、召還後なかば軟禁状態で押し問答をしていた半月ほどをのぞけば、彼女の食生活は随分酷いものだっただろう。

 その後、体重が戻ったかどうかは体力的な面でも健康の面でも重要になってくる。


「……別に、極端に痩せていたような印象はありませんでしたけど」


「本当に?」


「ひとまず、痩せすぎで骨が浮くようなことにはなってなかったと思いますよ。

 まぁ、細いとは思いましたけどね」


 今まで敢えて思い出そうとはしなかった――どちらかと言えば、意識の片隅に押しやって思い出さないようにしていた――光景を追いながら返事をする。


 身長は彼女の年の女性にすればそこそこ高いだろう。

 むしろ、長身の部類に入る彼と並んであまり身長差がないのだから、随分背が高い。


 本人は微妙な女装、などと言うが、普段のような体型を曖昧にする、サイズの大きい男物の服を着たりしなければ性別を間違える方が難しい。

 本人が男装を意識していなければどう見ても微妙な女装だと思うのは難しかった。 その意味では、ザームの言う、女性としてみられたくないと思っている、という指摘は正しいに違いない。


 確かに、いかにも女性的な曲線という意味では劣るのだろうが、全体として線の細い印象があるミュルカの雰囲気にはあのくらいの方が似合っている様にも思える。


 背中の半ばを覆うようにうっすらと皮膚の色が違ったのは古傷でもあるせいか。

 思い返せば、胸元にも皮膚の色が変わっている部分があった。

 かなり広範囲にわたるそれがなんなのか、確かめてみたくも――。


 そこで我に返ったディノが、それまでの思考を振り払うように頭を振る。


 なんだか、非常にまずい方向に向かっていた気がするのは……、おそらく気のせいではないだろう。


「ディノ君、君は何を考えてたのかな?」


 からかいを含んだザームの声に、黙って頭を振るが、それはおかしそうな笑い声であっさりと流されてしまった。


「君、自覚してないのかい? 顔、結構赤いよ?」


「…………わかっていてからかうのはやめてください」


 なんとかそれだけを返すと、予想に反してごく柔らかな笑みが返される。


「いや、君がいつ自覚するかと思っていたんだけどね。

 少しは気付いたかな?」


「自覚、ですか?」


「ミュルカちゃんが女の子じゃなくて、女性だってことさ」


「別に彼女が……」


「あの子が望みさえすれば子供を産める年だってこと、それを望まれることも、誰かに望むことも、その意味もきちんと理解していることも、きちんとわかっていたかな?」


 反駁しかけた言葉を遮っての指摘に、ディノは口をつぐむ。


 そこまで言われると、確かにしっかり認識していたとも言い難い。

 言うなれば、ミュルカが自分と違う性別なのは知っていたが、その意味までは深く考えていなかった。

 ――いや、考えないようにしていた、と言うべきだろうか。


「不思議だと思ってたんだよね。

 あの子は、自分の性別がどんな危険をもたらすのか正しく把握していたのに、時々酷く無防備なんだよ。

 野宿に関してはまぁ、不可避の情況だったから仕方がないとしても、でも、危険を冒す以上は性別は隠すべきだと理解していたし、それをきちんと実行していたよね。

 それにしては君との同居にあっさりとうなずいたもんだと思っていたんだけど、案外、君があの子をそういう目で見てないのを知っていたからだったのかな、とも思えるし」


「……まぁ、今にして思えば確かにそうですよね」


「でなければ彼女が安全だと判断する基準の問題なのか、だね。

 ミュルカちゃんの意思を無視してことに及ぼうとする連中は危険、そうじゃない相手はとりあえず安全、なんて分類の可能性もあるし」


「それは安全ではないと思いますけど……」


「なんだよねぇ。

 だから、本当はディノ君が彼女をうちに引き取ってくれないかって言い出した時、ミュルカちゃんはうなずくと思ったんだよ。

 君と二人暮らしよりも、奥さんがいる分うちの方がその意味では安全だろうから。

 だけど、彼女は嫌がった。

 ディノ君を信用してのことか、他に何か思惑があったのか、本人の言う危険上等の中にそれも織り込み済みだったのか、さて、どうなんだろうね?」


 次々と提起される問題にディノはため息をつく。


 確かに、振り返ってみれば彼女の行動は一貫しているようでいてあちこちに穴がある。

 それを単純に彼女の個性としてしまっていいのか、何か考えがあっての行動だと判断するべきなのかがわからないのだ。


「一番ありそうなのは、投げやりになっている時期にはそういった気を回してない、というだけのことの場合ですけど……」


 言いながら、ディノは自分で違和感を感じて首を傾げる。


「むしろ、そうやってこちらの反応をうかがっている、と言われた方がしっくり来るような気がしますね」


「つまり、表面はどうであれまだ信用はしてくれてないってことかな。

 まぁ、仕方がないとは思うけど」


 愛弟子の言葉にザームは苦笑いで応じるしかない。


 一度、彼女の機嫌を手酷く損ねたのは記憶に新しい。

 もっとも、それより以前から彼女はこちらを警戒した様子を崩していないのだから、それだけが原因ではないのだろうが。


「とりあえず、君が自分の気持ちを自覚したところでよしとしておくしかないかな」


「……ザーム先生……?」


「いやぁ、いつ気付くか楽しみに見守るっていうのも面白くはあったんだけど、色々気になることが出てきちゃったからね」


「なにかあったんですか?」


「ヘルベルト君がね、ちょっと面倒事を起こしてくれそうな気配、かな。

 暴走してるのはハーフベック伯爵の方なんだけど、ちょっと君とミュルカちゃんの周りがうるさくなりそうな様子でね」


 どういった情報網を持っているか、あまり関わりがないはずの貴族達の動向にも詳しいザームが少しばかり困ったように言うのを聞いて、ディノはため息をこぼす。


「またあの人ですか……」


 苦り切った声をもらす相手を見て、ザームは小さく笑う。


 ディノは昔から実の父親が自分の生活に関わってくるのを極端に嫌う。

 仕方のないことなのだろうが、無視することもきっぱりと引導を渡すこともできずにいるのでは余計複雑なのだろう。


 ま、本人が解決することなんだけどね、と胸中で呟いたザームは黙ってお茶をすする。

お読みいただきありがとうございます♪


狙った訳じゃないのに、今回も2話セットとなりました。

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