040 引き続き雑談中です。
スープを飲み終わって、ついでにお茶も飲んでひと心地つくとまた眠くなってきてしまった。
ついあくびをすると、ザームさんが小さく笑う。
「まだ体が疲れてるんだね。もう少し眠るかい?」
「うぅん……。眠いには眠いんだけど、すぐに寝られる程でもない感じなんだよねぇ」
なんだか半端な眠気具合に首をひねってしまう。
あとちょっと眠ければなぁ……。
「じゃあ横になってたらいいんじゃないかな。
話をしていて眠くなったらそのまま寝てかまわないし」
笑顔のザームさんに言われ、それもそうかともう一度横になる。
うん。かったるいだけあって、横になるとほっとするなぁ。
手慣れた様子で布団を掛けてくれたザームさんが、布団の上からぽんぽんと体を叩く。
「さて、寝物語は何がいいかな?」
子供に絵本を選ばせるような口調にちょっと笑ってしまう。
「うぅん……。何か面白い話ってある?」
「そうだねぇ。あちこちの偉い人達の弱みでも教えてあげようか?」
……冗談なのか本気なのかわかりません。
「まぁ、むさ苦しいおじさん達のお馬鹿な失敗談なんてそう面白くもないか。
魔術の講義と、神殿のうわさ話と、ディノ君のお茶目な失敗談、どれがいい?」
ザームさんらしいけど、二つ目の提案もなんだか微妙な選択肢ばっかりだなぁ。
首を傾げていると、知りたいことがあれば何でもどうぞ、と笑みが返ってくる。
……最初からそれ聞いてくれればいいのに、とか思ったり思わなかったり……。
「そういえば、この前のお使いってどういう趣旨だったの?
今更感はあるけどようやく本格的な研究が始まることになったとか?」
「そうだね。これまではどうしても宝物庫にたどり着くのが最優先で、内部の研究をしようって意見はあんまり通らなかったんだよ。
だから、あれこれ調べてみたいっていう意見はあったんだけど、資料が集められなくてすすめようがなかったっていうのもあるね。
この前の採集もディノ君と僕の独断でお願いしたわけだし」
「独断? って事はもらった帰還符とかは二人の自腹?」
「まぁね。でも、符は材料費だけだからたいした額じゃないかな。
市販のものより発動が簡単で速くなるように調整したディノ君お手製だよ」
「ディノって結構すごいんだ?」
予想外の返事に思わず口をついた言葉を聞いて、ザームさんが吹き出した。
「いや、それは僕達以外の人がいる所で言わない方がいいよ?」
「そうなの?」
笑いの残る声で言われて首を傾げてしまう。
「ま、この前も少し話題にしたけど、ディノ君は魔術陣の研究に関してはこの国でもトップクラスだね。
こと、実用的な魔術に関しての強化や必要魔力を削ったりとかいう改良に関しては大陸でも五指に入るんじゃないかって話だよ」
「……本格的にすごい人なんだ」
「だねぇ」
「そんなすごいなら、私の相手とかさせてちゃ駄目なんじゃないの?」
この世界で大陸といったら、主要国全てのことだというのは私も知っている。
つまり、世界一クラスのすごい人、な訳で……。
そんな人材を私みたいなののお守りにするってどれだけ無駄遣いなんだろう。
そう思っての事だったんだけど、ザームさんは一瞬の沈黙の後、盛大に笑い転げた。
笑い終わるのにたっぷり五分は待たされた気がするんですけども……?
「いやいや、ミュルカちゃんだってかなりの重要人物だからね?
過去の記録を見る限り、マーシェル・ウィードの主人に選ばれた人はどんな階級の生まれでも貴族として爵位と年給をもらっているからね。
どの程度の位をもらえるかは働きとその時の王室の意向にも左右されるみたいだけど、最低でも伯爵、一番上で公爵までかな」
ザームさんの説明に記憶をほじくり返す。
たしか、爵位って九段階くらいだっけ?
公爵が上から五番目、伯爵が七番目だったか。
でも、確か上三つは王族のみの爵位だったはずだから、結構いい地位をもらってたことになるな。
「でも私は一般人以下の扱いだよね?」
「いやぁ、それを言われると耳が痛いねぇ。
でも、公式に発表されていないだけで、ミュルカちゃんには子爵に準じた年給が設定されているんだよ。
君に払っている日給とかはそこから支払われているわけだしね」
「……初耳だよ」
「そりゃ、説明してなかったからね。
年給自体は神殿の財務部で管理していて、ディノ君が必要に応じて申請して受け取っている形になっているんだよ。
だから、この世界に残ることになったら最低でも今もらってる子爵の年給が、もしくは功績に応じて引き上げられた爵位に準じた年給が支払われることになるね。
公的な身分の方は君が貴族として暮らすことを望むかどうかにもよるだろうけど、一応子爵相当の身分保障があるから、正式な裁判やらになったらそれが適応されるはずだよ」
ザームさんの説明を聞いて、前にディノが失言爺に話していたことの意味がやっとわかった気がする。
非公式の貴族待遇ってそういう事だったのね。
「ちなみに、ディノ君も身分的には男爵相当だからあれこれ無理が通せたりするわけだねぇ」
「……はぃ?」
「あれ? 聞いてなかったのかい?」
「聞いてない」
「ありゃぁ……。話したとばっかり思ってたよ。ちょっと失敗だったかな?」
私のきょとんとした聞き返しに、ザームさんは苦笑いになる。
「……ディノは実家が食べ物屋さんで家にいると手伝いにかり出されて忙しいとか、妹さんがお菓子屋さんで働いてるとか、言ってたけど……。
この世界の貴族って家族経営の飲食店とかやってるわけ?」
「いやいや、そういう訳じゃないよ。
まぁ中には商売熱心な貴族様もいるけどね。
……うぅん。どうしようかな、話してしまっていいのかちょっと悩ましいね」
なんだかずいぶん困った様子で悩み始めてしまったザームさん。
「ま、聞かない方がいいなら聞かなかったことにしておくよ?」
「そうしてくれると助かるけど、気にならないのかい?」
「気にはなるけど、誰にだって好奇心でずかずか踏み込まれたくない場所ってあるでしょ」
私だって、聞かれたくなくて隠してることはある。
だからそういう部分は多かれ少なかれ誰にでもあると思うし、土足で踏み荒らす気もない。
「君は本当にそういう所、男前というかなんというか。面白いねぇ」
「男前って……。褒め言葉じゃないし……」
「そうかい? こういう話題って、女性の方があれこれ聞きたがるんじゃないかな?」
「まぁ、どこの世界も女性はゴシップ好きなのかも知れないけど……。
私は別に悪意で隠してること以外は別に無理して話してくれなくていいと思うだけ」
「それは相手に興味がないのと懐が深いのと、どっちなんだろうね?」
ザームさんのからかいを含んだ言葉に、少し首を傾げる。
「君はまわりと親しくなるのを避けているような所があるみたいだから。
本当に何の関心もないのか、敢えて素知らぬふりをしてるのか、過去はどうあれ受け入れているのか、どれなのかなぁ、と興味のある所なんだよね」
「そういうザームさんは、興味を持った相手はからかってかまかけて反応を見ずにいられないタイプ?」
「ご名答」
ちょっと面倒になりそうな気配を感じて、切り返すと満面笑顔でうなずかれてしまった。
……本当、くえない人だなぁ。
「まぁ、別に困らせたい訳じゃないから本当に嫌ならそう言ってくれてかまわないよ。
ただ僕は君にとても興味があるし、もっと仲良くなりたいなぁと思ってる。
ディノ君は同僚だし、小さい頃から知っている愛弟子でもある。
二人とも幸せになって欲しいと願ってるよ?」
そんな優しい言葉をすげなくあしらうのも気が引けて、しばらく考えてからようやく口を開いた。
「こっちに来てから、必要以上に親しくならないようにしてたのは認める。
帰るにせよ帰らないにせよ、私はここからいなくなる人間だからね。
余計なしがらみはない方がいい」
「僕やディノ君とのつながりは余計なしがらみかい?」
責める色のない柔らかな声に少し考えてしまう。
要不要で言えば二人と関わるのは必要なことだけど……。
わかった上で思う。
深くは関わりたくない、踏み込むことも踏み込ませることもして欲しくない、と。
「それに、この世界に残るのならどうしたってこれから先関わることはあると思うよ?
……まぁ、ミュルカちゃんのことだからそのくらいはわかった上でのことなんだろうけどね」
相変わらず柔らかな言葉に、苦笑するしかない。
確かに私は元の世界に帰ることにあまり積極的じゃない。
だから、その後を考えるならこちらでの知り合いには愛想良くして親しくなった方がいいのはわかってる。
本当は、そろそろ一人で抱えてるのも嫌になってきて、誰かに話してしまいたくなっていたのも確か。
だけど話して踏み込ませてしまったら、……口に出してしまったら全てが壊れてしまうような気もする。
「……たとえば、さ」
迷った挙げ句、結局は誘惑に負けて言葉が滑りでる。
「うん?」
「成功率四パーセントって酷い確率だよね?」
「正直に言えば、もはやほぼ不可能じゃないかな?」
「私もそう思うよ。……だから、もういいの。あそこに帰る意味は多分、もうないから」
それだけしか言わず、口をつぐむ。
ザームさんは少しの間考え混むように黙っていたけど、何かに気付いたのか何とも言えない微妙な笑みを浮かべる。
「なるほど、ね。
これを君に言うのは酷かも知れないけど……。
――それでも、僕達はミュルカちゃんが無事に帰ってきてくれることを願っているよ」
言葉と共に優しい仕草で髪が撫でられる。
返事をしないまま壁に向かって寝返りをうったけど、ザームさんはそのまま私の髪を撫でてくれていた。
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