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不思議な塔にまつわるあれこれ。  作者: ちびやな@やなぎ
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032 緊急離脱した後のこと。

 目の前が真っ暗になったかと思うと、次に急降下中のジェットコースターを彷彿とさせる浮遊感。

 数秒それに耐えていると、唐突に視界が明るくなって浮遊感も消えた。


「……到着……?」


 見覚えのある荒れ果てた室内と、やっぱり見覚えのある顔二つを確認して気が抜けたのか、膝が砕けた。


「……びっくりしたぁ」


 へなへなと座り込んでから、安堵のため息がもれた。


 うん、流石にさっきのは怖かった……。


「……どうしたんです、その格好は?!」


「……って、一体何があったんだいっ?」


 きょとんとしていた二人――ディノとザームさんが我に返ったのか同時に声を上げた。


 そしてそろって椅子を蹴倒す勢いで立ち上がるとこっちに駆け寄ってくる。


「……あぁ、ごめん。別に、痛くはないから怪我はないと思う」


 二人が取り乱した理由に気付いてひとまずそれだけ言う。


「怪我はないって……。その惨状で、ですか?」


 私の言葉にディノが眉を寄せる。


 確かに、左袖が肘の少し上まで炭化してるし、ズボンの裾も左右とも膝下までこっげこげ。

 靴も真っ黒で、シャツも左袖以外にもあちこち焦げ目がついてるとなれば、怪我がない方がおかしい。


「でも、ちょっと熱くてびっくりしただけだから。本当に今はどこも……」


「怪我をした直後はあまり痛みを感じないこともありますよ。

 ともかくシャツと靴を脱いで下さい」


「そうそう、おとなしく服を脱いで。

 何もここで裸になれって言ってるわけでもないんだから。

 ほらほら、早くしないと脱がして欲しいって意思表示だと受け取るよ?」


 ……なんか言う通りにしないと本気でひんむかれそうな勢いなんですが……?


 ちょっと怖くなったんでおとなしくシャツを脱ぐ。


 いや、まだ膝砕けちゃってるみたいで足に力が入らなかったんで。


「別に怪我してないでしょ?」


 言って、左腕を差し出す。


 もちろん、こっちの腕には例の手甲がはまっているわけですから。

 焦げどころか煤一つついてないつやっつやでいつも通りの表面があるだけ。


「……こういう事があると、マーシェル・ウィードの下が無事かどうか確かめようがないのが困りますね」


「だねぇ。……でもまぁ、肘から上も火傷の形跡は……。

 ん? 少し赤くなってるのかな?」


 二人して腕を眺めながら首を傾げている。


 本当、そんな大事じゃないと思うんだけど。

 というか、そうやって騒がれるとすごい目にあった気がしてきて怖くなってくるからやめて欲しい。


「ええと……。とりあえず、なんか飲み物が欲しいなぁ、とか言ったら怒る?」


 ひとまず喉がからからなんでそう言うと、ザームさんが小さく笑った。


「すぐにってことなら僕達の飲みかけくらいしかないよ?」


「苦くなければ何でも。ちょっと、すごく喉渇いちゃってて」


 言葉の間にも喉がひりついて咳が混じる。


「あぁ、熱に喉をやられたのかも知れないね。冷やした方がいいかもしれない」


 ザームさんがそう言って、立ち上がるとさっきまで座っていた椅子の方に動く。

 たぶん、飲み物を取りに行ってくれたんだろう。


「喉の様子を調べてもいいですか?」


 こっちは治療を優先することにしたらしいディノに聞かれてうなずく。


 例によって触れるか触れないか当たりにディノが手をかざして目を伏せた。


 ……あれ? この怪我の状態を調べる魔術を使えば直接見えなくても怪我してるかどうかわかるんだよね……?


 手甲の下もこれで確かめられるんじゃないのかな?


「喉の奥に軽くですけど火傷ができていますね。痛むでしょうし、治しましょうね」


 結果を言うだけ言って、私の返事を待たずにディノが治療魔術を使い始める。


 いつも通り傷のある場所が少し熱く感じる。


 相変わらずあったかくて気持ちがいいなぁ、と思っていたら、不意に喉の奥に嫌なにおいと刺すような痛みを感じて、反射的にディノの手を振り払う。


「……、いったっ?!」


 それまでの比じゃない激しい痛みに思わず声を上げる。

 続いて叫んだせいか咳き込んだ。


 喉を押さえて咳き込んでいると、いくらかためらいがちな手が背中をさすってくれた。


「二人とも大丈夫かい?」


 私の咳が収まってきた頃、ザームさんが心配げに尋ねてくる。


 複数形で訊かれたことに少しばかり首を傾げながらも顔を上げると、いつの間にか隣に移動していたディノが背中から手を引いた。


「私は何とか……」


 咳のせいかかすれてしまった声で答えると、ディノに視線を向ける。


 思いっきり手を振り払っちゃったし、どこかぶつけたりしたんだろうか?


「……って、真っ青だよ?」


 そう。ディノの顔から完全に血の気がひいて、唇が紫になってる、というか顔が白っぽく見える。


「大丈夫とか見るからに強がりな返事はいらないからね。

 ――ほら、ちょっとこっちに手を貸しなさい」


 ザームさんも、私の前にコップを置いてディノの前にしゃがみ込む。


 そして、私からは体の陰になっていた――たぶんそうやって隠しているんだろう右手をつかんで引き寄せる。


「あぁ、これまた見事に……。良くまぁ声を上げなかったもんだね」


 ため息をついたザームさんが引き寄せているディノの手をのぞき込むと、手のひらに酷い火傷のような傷がある。

 その上、何カ所かがざっくり切れて血が出ていた。

 ……ええと。なんか切り傷って言うよりも骨に包丁が引っかかってさばくのあきらめたお魚さんちっくなんですが……?


「……痛そう」


 脳みそが麻痺したのか、他に言葉が出てこなかった。


「うん、痛そうだねぇ」


「見た目程痛みませんよ」


 正反対の返事が同時に返ってきた。


 でも、ディノってば脂汗かいてるんですけど……?


「はいはい、とりあえず問答は後にして手当てをしないとね」


 のんびりとした声とは裏腹に、ザームさんは有無を言わせず魔術を使い始める。


 何となく眺めていると、ディノの手の上にかざされたザームさんの手から光の粒がこぼれ落ちはじめた。


 そして、その粒がディノの手に触れると、一瞬強くまたたいて消える。

 それを何度も何度も繰り返していくうちに少しずつ傷が治っていくのだ。


 何でそんなことが起こるのかは魔術だからで納得するしかないんだろうけど……。

 面白いな。


 ザームさんの全身からうっすらと光る何かが、一度心臓の辺り?に集まっていく。

 そこでしばらく対流している間に光が濃く――強くというよりは濃くなると表現するしかない感覚だった――なっていった。

 濃くなった光はやがて少しずつ右手に向かって流れていって、手のひらから光の粒に代わってディノの傷に舞い落ちていく。


 柔らかくて暖かそうな光に包まれたとても不思議で、綺麗な光景だった。


 つい見とれていたけど、傷が全部治りきるより早く術が途切れた。


 何でだろうと思ってザームさんを見ると、視線に気付いていたのか苦笑いで肩をすくめられてしまった。


「僕の治療魔術ではこの辺が限界なんだよ。後は医務室で普通の手当をしよう」


「ディノが自分でやるわけにはいかないの?」


「残念ながら、治療魔術は自分でかけてもほとんど効果がないんだよ。

 だから、治療魔術が得意な人が怪我をすると、ちょっとやっかいでね」


「そっか。普段、みんなその人に頼りきりだから他の上手な人が育ってなかったりするんだね」


 ありがちだな、と思いつつコメントすると、ザームさんはもう一度肩をすくめた。


「魔術は努力よりも才能、産まれ持った魔力の総量に左右されるからね。

 努力で底上げできる分なんて、才能の差の前には雀の涙なんだよ」


 初めて聞いた少しばかり自嘲めいた言葉に目をぱちくりする。


 この人もそんな風に思ってたんだ、と思うと少し意外だった。

お読みいただきありがとうございます♪

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