第41話 結婚式前夜
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それからもエマは、週末にはテイラー伯爵家へと赴きカレンらとの時間を過ごした。
また、同日程でバルト公爵家も訪ね結婚式や今後の打ち合わせをし、加えて夫人教育を受け日々を過ごした。夫人教育に関しては、結婚後も引き続き行う予定である。
そのような日々を送り、あっという間に季節は移り変わって、春が訪れた。
王都の冬は、他国と比べても比較的に温暖な気候であるのだが、今年も例年通り多少の積雪はあった。
その雪も完全に溶け、新しい命が芽吹く素晴らしい季節となりエマとロベールの結婚式は、いよいよ明日執り行われる予定である。
ただ、エマは今日も変わらず王宮へと出仕をしている。
というのも、結婚式の準備は一通り全て行ってあるし、女官としての仕事もこの時期は比較的に落ち着いているので、出仕しても問題ないとエマが判断をしたからだ。
加えて、普段通り過ごしていた方が落ち着いて過ごせるだろうと思ったのもある。
そして、夕刻となり他の女官らは勤務時間が終わり皆帰宅したが、エマのみ王太子妃であるケイトに執務室まで来るようにと指示を受けたので、エマは執務室へと赴いていた。
「王太子妃殿下、お呼びでしょうか」
「はい。呼び立てに応じていただき、ありがとうございます」
ケイトが王太子妃になり一年ほどが経つが、彼女はその地位に胡座をかくことはなく、身辺の侍女や女官らに対して常に誠実で丁寧な対応をしているが、決して謙遜をしているということはなかった。
絶妙な加減で人と接することのできるケイトに対して、エマは尊敬の念が絶えない。
「エマさんにこちらまで来ていただいたのは、あなたにあるものを受け取って欲しいからなのです」
ケイトは自身の執務机の引き出しから小箱を取り出して、その蓋を開けた。
それには、指輪が収められている。
「あなたに是非、この指輪を受け取って欲しいのです」
その指輪の台座には、サファイアが乗っていた。
エマはあまりのことに言葉をなくして、返答をすることができずにいる。
「これは、わたくしのお祖母様が身につけていた指輪で、お母様から譲り受けたものです。大恩のあるあなたに、是非持っていてもらいたいのです」
「そ、そのような大切なお品物、受け取れません!」
「……これは、王太子妃のわたくしとしてではなく、一人のあなたの友人として、ただ持ってもらいたいのです。そして、もしよろしければ、明日の結婚式の際に身につけて欲しいと願います」
「結婚式……」
ケイトは、指輪の箱をエマの手の上に乗せてそっと自身に両手で包んで握らせる。
様々な感情がみ上げてきて、収拾がつかないとエマは思った。
「……承知いたしました。丁重に扱わせていただきます」
「受け取っていただけるのですね。ありがとう」
もったいない言葉だと思ったが、まるで晴れ渡る青空を彷彿とさせる笑顔を向けるケイトに思わず魅せられ、エマは言葉を呑み込んだのだった。
「実は以前に、わたくしの義母からもお祖母様が使っていた大切なブローチをいただいたのです」
「左様ですか。……結婚式の際には、大切な家族や友人から借り受けたり贈ったりすると聞いております。義母上もきっとあなたに幸せになってもらいたいのですね」
「妃殿下……」
思わず涙が込み上げそうになるが、ケイトの前なので必死に堪えた。
「実は、今日はもう一人、ある方を呼び出しているのです」
「どなたでしょうか」
「あなたのよく知る方ですよ」
(私のよく知る人……)
それは、きっとあの人ではないかと思いを巡らせると、丁度扉からノックの音が響き渡った。




