第17話「英雄女傑と託されしもの」
第17話「英雄女傑と託されしもの」
【ランセル家、敷地内】
4歳位の少女が人間大の、藁を巻き付けた丸太の前に立ち、精神集中をしている。
「すぅ……やぁ!」
”ドカ!”
「いったぁ……でも、ちょっとは動いたぞ!」
自分よりも二回りは大きな丸太が、正拳突きで僅かに動いたことに一喜一憂する少女。
「精が出るな、ジーナ」
銀髪の凛々しい女性が、少女が落ち着くのを待ってから声をかける。
「母様!? 見てくれましたか! ボクの一撃で大木が動いたんですよ!」
活発そうな少女は、母親に抱き着き目を輝かせている。
「ほう、だが、私にはジーナの手の方が、ダメージを受けているように見えるな?」
丸太の様子を見て、微笑みながら娘の手を取る母親。
「痛くない! 全然痛くないよ!」
一瞬目が泳ぎ、平気なところをアピールする少女。
「そうかい? なら……」
「いだぁ! いだだだ! 痛い! 痛い!」
母親が少女の手首を強く握ったらしい、痛みで涙目になる少女。
「いいかい? ジーナ、どんなに強い剣だって、力任せに振り回せばすぐに折れてしまう。
ジーナの、この拳はいわば一振りしかない聖剣だ、ジーナはそれを鈍にして折ってしまうつもりかい?」
少女の手を放し、優しい顔で少女を諭す母親。
「いえ、そんなことは……ありません」
罰が悪そうに、目を逸らす少女。
………
……
…
「奥様、お体に障りますそろそろ……」
母様の背後に、メイド長が立っていた。
「あはは、見つかっちゃったか、流石はメイド長だな!」
「ふふん、私から逃げおおせるとでも思いましたか?」
二人は、別々の笑みを浮かべている。
メイド長は、母様と昔からの付き合いで冒険でも一緒だったと聞く。
「今は”メロディア”でいいよ、ニナ」
「仕方ありませんね。 メロディア、お腹の赤ちゃんが不良になってしまいそうで心配ですよ」
「ニナがいるし、問題ないだろう?」
「まったく、変わりませんね3人の子の母になろうという方が……」
この信頼しあった仲間の様なやり取り、ボクは嫌いだ!
母様はボクの母様だ! メイド長なんかに、取られてたまるか! ボクはメイド長を睨みつけていた。
「如何なされました? ジーナお嬢様」
余裕の笑顔で見降ろされた、今に見てろよ、ボクが大きくなったら、母様に近づけさせてやらないからな!
「で、アレを持ってきてくれたんだろう? 早く出してくれ、もう待ちきれないんだ」
「はぁ、そこまでお見通しですか。 隠し概がないったらありゃしない」
”アレ”って何だろう? メイド長が、後ろ手に隠していたバスケットを見せる。
更に、てきぱきとシートを敷き、あっという間に”お茶する”準備が出来上がっていた。
「見事な手際、腕は鈍っていないようだな? ニナ!」
「散々、誰かさんがダンジョンだろうと、どこだろうと、お茶したがるので鍛えられましたから」
やれやれといった感じだが、メイド長は笑顔だった。くそう。
「ジーナも、怖い顔をニナに向けてないで、座りなさい」
「え! いや、別に睨んでなど?」
「じゃぁ、私が愛しいジーナに、嘘をついてしまったのか……母親失格だな」
「ち、違います! 睨んでました! すっごい睨んでました!」
「ぷ! あはははは! 聞いたかニナ! お前、ジーナに何か恨みでも買ったのか?」
「ふふ、メロディアは沢山の人から愛されてますからね、嫉妬されても仕方ありませんよ?」
母様でなくメイド長にも笑われた、恥ずかしさと悔しさで涙が出てくる。
「ほら……」
「あ……」
隙を突かれ、母様の懐に抱かれる。
何時ぶりだろう、母様のこの場所を独占できてたのは……。
「すっかり大きくなったな、ジーナ」
「はい……んむ?」
嬉しくてもじもじしていたら、口に何かを入れられた?
甘い? いや、酸っぱい? プルプルしてて口の中でとろける?
「お、美味しい!母様! これなに?これなに?」
母様が、硝子の器に入れられた不思議な食感を持つ”ぷるるん”としたものを次々とボクの口に運んでいく……。
「あっははは、私のプディングが全部食べられてしまったな」
「あ……ごめんなさい、母様! あまりにも美味しくって、ぷるぷるしてて」
「お二人とも、こちらをどうぞ」
「ああ、ありがとう」
「え?」
メイド長がお代わりを取り出し、渡してくれた。 き、気が利くじゃないか!褒めてやる!
「メロディアが”いつもの倍頼む!”と書置きしたのは、この事だったんですね?」
「ああ、それと……」
プディングという食べ物に夢中になっていると、母様が大きな声で言った。
「あー困ったなー、とても美味しいお菓子があるんだが、食べきれないぞー!
何処かに助けてくれる、勇者はいないかなー!」
母様は何を言っているんだろう?と思っていたら、木の陰からヒトミお姉が現れた。
「た、たまたま、お散歩をしていたら、お母様の助けを求める声が聞こえました。
嘘じゃないですわ、ここは私のお散歩コースなんですから!」
ボクの2つ上の、ヒトミお姉だ、目を逸らして何か言っているが、嘘を言っている。
今までここで、ヒトミお姉を見かけたことはないからだ。
「おお、それは助かった、どうか助けてくれ、勇者ヒトミ・ランセルよ!」
母様が芝居がかった感じでヒトミお姉を手招きする。
「し、仕方ありませんわね。 勇者たるもの困った者を捨て置けませんから!」
シートの上にちょこんと正座して、メイド長からプディングを受け取るヒトミお姉。
「こんなお菓子なんて、私の口には……はむ!」
ヒトミお姉の、動きが止まった?
「な、な、なんですの? この甘さと、酸味の絶妙な融合! それにこの食感、どうやって?
それにこれは……野苺! そう、野苺の酸味ですわ! それが乳と砂糖と混ざり合い……」
始まった、ヒトミお姉は味にうるさい。 よくメイドが作ったものにダメ出しするが、
料理長が作ったであろう物は、このように解説を始めるんだ。
「あはは、二人とも気に入ったようだな? これは、私の大好物なんだよ」
「おおー! 母様お墨付きの?」
「お母様、一体、何処の貴族のお抱えパティシエが作ったモノなんですの?こんなの初めての衝撃ですわ!」
ボク達の追及に母様は、くすくす笑いながらメイド長を見る。
「「ええええええ!!!???」」
「ニナ特製、”野苺のプディング”だ、美味かったろう?」
ボクは、ヒトミお姉とコクコク頷くしかなかった。
………
……
…
「すぅ……やぁ!」
”ズガン!! ズズ……”
「よし!記録更新だ、手首も痛くないぞ!」
冒険者用の篭手を軽量化し、拳と手首を護る防具を武器とした。
「励んでいるね、ジーナ」
母様は暇さえあれば、いや、暇でなくともこうして抜け出してボクの特訓を見に来てくれる。
メイド長も一緒に来ているのは、もうお約束だ、お腹が”くぅ”と鳴っている。
「ははは、ジーナもすっかりアレの虜だな、それに……。」
母様の視線の先にある、樹の陰からヒトミお姉の長い髪が見て取れる。
「食べきれなかったら、勇者様がいつでも助けに来てくれるしな」
「ですね! にししし……」
最近は、辛かった特訓も楽しくなっていた。
「ところでジーナ、なんで”魔闘家”なんだ? 適性はヒトミと同じ”魔法剣士”だったのだろう?」
母様は確信を突いてきた。 そう、ボクの特性は”魔闘家”ではない。
ヒトミお姉は才能がある。 同じクラスだと追い抜くのは無理だと思った。
母様は冒険家の頃、魔闘家だったこともあると聞いた。
それならばボクだって1番になれると思ったんだ。
「それは、ごにょごにょ……」
「やはり、私の娘だな! 私のちっちゃい頃そっくりだ!」
「え? 母様の子供の頃、ですか?」
「ああ、私は末っ子でな、兄上や姉上が得意なクラスを避けて”魔闘家”になった」
「母様も? あ!」
「隠さなくていい、ジーナの気持ちはすごくよくわかる」
母様は、ぽんとボクの頭に手を置いた。マントの下から出てきたその手には銀色の篭手が装備されていた。
「母様、その篭手は?」
「私の相棒だ、色々あって剣や杖を使うようになったが、こっちが私の性分だ」
「こんな体じゃなきゃ、目指すにしろ何にしろ、基礎から教えてやりたいんだけどね?」
母様のお腹は大分大きくなっている。ボクの弟か妹が入っているんだ。
そのお腹を見ていると、胸の辺りがもやもやする。
「だから、1度だけ、ジーナが今、目指す先を見せてあげよう……」
「メロディア……やっぱり、止めた方が……」
メイド長が、母様を心配そうに止めようとする。
「ニナ、わかるだろ? 私は欲張りなんだよ、やりたいと思ったことは全部やってしまう性質なんだ」
「そう、ですよね、メロディアはそういう人ですよね」
メイド長が左肩を押さえながら下がった。 二人の間にはボクの知らない”何か”があるように感じた。
母様が、ボクの特訓用の丸太の前に立つ。
「すぅ……ふっ!」
”パカァァァァァァァァァァァァン!!!!!”
母様が軽く拳で突きをした瞬間、丸太は粉々に砕け散った。
「う……そ……」
ボクは信じられないものを見て、固まってしまった。
「どうだ? ジーナ、これがお前の目指す先だ!……うぅ!!」
”ドサ……”
母様が膝をつき、倒れ込んだ? メイド長が駆け寄り、楽な姿勢を取らせる。
「だから無茶だと……そんな、破水して……」
母様の息が荒い、ボクの所為?
「ジーナお嬢様! 早く屋敷へ応援を! ヒトミお嬢様は、助産婦さんを早く!」
「え? あ……」
ヒトミお姉は既に走り出していた、ボクも後を追うように屋敷へ走った!
………
……
…
母様は無理をした所為か、この場で産気付いてしまったようだ。
使用人の応援によりテントが張られる。 ここで赤ん坊を取り上げる様だ。
「うぁぁぁぁぁぁ!!!」
母様の苦しそうな悲鳴がテントの中から聞こえる。ボクが?ボクの所為で母様は無茶をして?
「ボクが……え?」
ヒトミお姉が険しい表情でテントを視つつ、ボクの手を握ってくれていた。
「ジーナ、お前の所為じゃない、そんなことを言ってみろ、私は怒るし、お母様は悲しむぞ?」
そうだ、母様は……ボクはただ、母様が無事に帰ってくることを祈った。
………
……
…
かなりの難産だったらしく、ボクとお姉がテント内に入れてもらえたのは、朝になってからだった。
一晩中戦い続けた母様は、笑顔でボク達を迎え入れてくれた。
「心配かけたね? お前たちの妹が無事生まれたよ……」
側ではぐったりして眠っている父様がいる。
「奥様……」
「メイド長が、産着に包まれた赤ん坊を手渡す」
母様が愛おしそうに赤ん坊を抱き。 頬ずりをしている。
暫くして、ヒトミお姉が赤ん坊を抱かせてもらっている。
「よく生まれてくれた、歓迎するぞ我が妹よ!」
ヒトミお姉が赤ん坊の左右のほっぺたにキスをする。
次はボクの番だ。 あ、軽い? 力を入れたら簡単に壊れてしまいそうだ。
ボクの妹……おかしいな? あんなに生まれてきてほしくなかったのに、何でボクは泣いているんだ?
そうか、ボクは……お母様を取られたくなかったんだ、嫉妬していたんだ。
お母様の懐を奪われると思ったんだ、バカだよね? ヒトミお姉だってボクの事をそう思っていたのかもしれないと思うと、涙が止まらなかった。
「ボクはジーナだ! お前の姉ちゃんだ、よろしくな!」
ボクは、初めてできた自分の妹のおでこにキスをした。
母様はそんなボクを優しい顔で見つめていた。
「ヒトミ、ジーナ、この子を護ってあげてくれ、その力がお前たちにはあるんだから」
「はい、お母様、ランセル家長女として必ず!」
「ボクもだ! ボクも、妹を泣かせる奴がいたら、この手でぶっとばす!」
あれ? なんでだ? みんなに笑われたぞ? でも不快じゃない。
………
……
…
妹の名前は”ミーナ”に決まった。
ボクは暇さえあればミーナの顔を見に行った。 あんなに嫉妬していたのに、今ではとても愛おしい。
ヒトミ姉ともミーナの為に”誇れる姉でいよう”と誓いを立てた!
そして、ボクは魔闘家を目指し続けることにした。
母様の体調が良くなったら、基礎から教えてもらうんだと期待していた……。
数日後の雨の夜、母様は体調が戻っていないのに、鎧を纏っていた。
たくさんの魔物が現れ、領民が襲われているという事だった。
ボクとヒトミ姉も一緒に行くといったが、認めてもらえなかった。
「ミーナを、妹を護るんだ!お前たちはお姉ちゃんなんだからな!」
母様は、銀の鎧と銀の篭手と銀の剣を身に着け、ニナと共に屋敷に背を向ける。
「いくぞ!”赤の魔女”の加護ぞあらん!」
母様の声を聴いたのは、それが最後だった……。
………
……
…
”ミーナが死んだ”と護衛の冒険者は言った。 ぶん殴ってやった。
ミーナの捜索の為、学院を仲間と共に飛び出した。
………
……
…
ランセル家の紋章の入ったひしゃげたナイフを見つけた。
膝の力が抜けていく、ミーナは? ミーナは?
死ぬわけがない、ボクの妹なんだぞ? 護ると誓ったんだぞ!
………
……
…
赤い……敵? お前がミーナを? どうでもいい! ぶっ飛ばして聞き出す!
………
……
…
負けた、手も足も出なかった……母様……ミーナ……ごめん……。
………
……
…
やめろ! 母様の篭手を返せ! ミーナだけじゃなく、それまで奪うな!
………
……
…
ボクは弱い……独学で学んだ事は、あの赤い奴にまるで歯が立たなかった。
母様、ボクは魔闘家になること間違っていたのかな?
応えてよ母様!
………
……
…
ボクは……なにも護れなかった、誇りも、そしてミーナも……。
ボクには、もう何も残っていない。
忘れかけていた次女




