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staff

 校舎内は持ち込んだ照明のおかげで煌々と照らされている。黒服の男達が手際よく死体を片付けていくのを眺めながら、小夜(サヨ)Lili(リリー)Berleand(ベルレアン)は野菜ジュースを啜っていた。

 せわしなく動いているのは『自分達』の下部組織の人間だ。後片付けは彼らに任せているので、小夜はその様子を見ているだけでいい。

 時刻はすでに午前四時を回っている。もし今日が仕事だったら悲惨な事になっていただろうが、幸いなことに今日はオフだ。無理をしてまでもぎ取った休日なので、ゆっくり昼過ぎまで寝てから映像の編集に取り掛かるとしよう。

 なんとか二日連続で休みを取れてよかったと、小夜はスケジュール調整に腐心した自分とマネージャーを心の中で褒め称えた。もちろんマネージャーは、小夜がこの休日を何に使うかなど知る由もないだろうが。


「葛原さんでしたっけ? 依頼者のあの人、私よりちょっと年上なだけ……“ブルーブラッド”様と同い年ぐらいでしたよねぇ。あんなに若いのに死にたがるなんてもったいない」


 そう言って小夜の隣に腰かけたのは信田(シノダ)咲楽(サクラ)だ。彼女も小夜と同じく徹夜で撮影に臨んでいたし、裏方に徹していた小夜と違って彼女は演者だ。暗い中でも迷わず歩けるよう何時間も校舎内を歩き回るなど、練習にもかなり力が入っていた。そんな悪霊役は大変だっただろうに、徹夜の疲れも演技の疲れも咲楽からは感じられない。むしろ、この短期間で十人を殺した高揚感からか瞳は生き生きと輝いていた。

 小夜が直々に施した、『幽霊っぽく見えるメイク』はすでに落とされている。裏ルートから調達したセーラー服もいつの間にか私服のジャージに着替えたようだし、腕につけていた小型カメラももう取り外しただろう。今、小夜の隣にいるのは廃校に巣食う悪霊ハギノではない。どこにでもいるようには思えない殺人鬼(ちゅうがくせい)だ。


「どの口が言ってんだか。殺したのは貴方でしょう? ねえ、“桜の木の下には(ry”」

「いや、それはそうなんですけどー」


 咲楽は口を尖らせながら、ゼリー飲料のふたを開けようとする。早めの朝食のつもりなのだろうか。しかし力が足りないのか、咲楽は涙目になりながらふたと格闘を始めた。平気で凶器を振り回す殺人鬼のくせに、人殺し以外の事になるとてんでだめらしい。

 小夜は苦笑しつつもパックを取り上げ、咲楽の代わりに開けてやる。咲楽は礼を言って、美味しそうにゼリー飲料を口に運んだ。チャット上では軽口を叩いたりけなしたりと好き勝手にやっているが、小夜にとって咲楽は妹のような存在だ。たとえ彼女が快楽殺人鬼であろうとなんだろうと、その一点は変わらなかった。

 そしてそれは自分に限った事ではない。『自分達』の中で最年少の“桜の木の下には(ry”はいじられ役として定着しているのでオンラインではみな彼女をいじるが、オフラインで会う時はそれなりに可愛がっていた。

 

「でもですね、死にたがってる人を殺してもあんまり楽しくないんですよ。そりゃあ人殺しはすっごく楽しいですけど、殺すならやっぱり活きのいい人がいいんですよね。自分から殺してくれって頼む人を殺すのは楽ですけど、なんか物足りないというか。……あっ、痛くて痛くてどうしようもないからもう解放(ころ)してほしいって言ってくるのは別ですよ?」


 どうやら咲楽には咲楽なりのこだわりがあるようだが、殺人衝動など欠片も持ち合わせていない小夜に彼女の言い分がわかるはずもない。はいはい、と適当に受け流し、小夜は野菜ジュースを飲み干した。 

 咲楽はまだ不満げにぶつぶつ呟いているが、すでに小夜は聞いていない。彼女の頭の中は、映像をどう編集するかで占められていた。

 なるべく世間から怪しまれないよう、長い時間をかけたうえに事件として立件されないような形で咲楽が殺していった二十人の若者の死は、特に触れないまま映画を作るつもりだ。そこまで入れると冗長になる。その命を『自分達』の別の活動に使わせてもらった者もいるので、そういった意味でも再利用は難しい。

 藤也を信用させるためのデモンストレーションとして作成した今野瑛士の拷問ショーを、導入として冒頭に持っていく事は決定している。問題は他の九人の画だ。定点カメラの映像をふんだんに使用し、群像劇風に仕上げてみようか。それとも一人を主人公に据え、残りの八人の様子はザッピングのような感覚で視聴者に提供する形のほうがいいだろうか。

 撮れた画をどう料理しようか考えるだけで小夜の気分は高揚してきた。小夜は咲楽のように人殺しに快感を覚える性質(たち)ではないが、そういう映像を観るのは決して嫌いではない。映画自体は学生時代から趣味でよく作っていたし、そういった意味では今回の『依頼』はとても楽しく進められた。

 小夜が『彼ら』の一員として活動しているのは、こういった事に関われるからだ。やってくる『依頼』が法に(そむ)いたものであればあるほど、彼女の心は躍った。

 モデルとして華々しく活躍している小夜だが、順風満帆な人生を送っている者ほど破滅願望や破壊願望といった後ろ暗い欲求を抱えている場合が多い。小夜の場合もその例に漏れなかった。

 いつか自分を極限まで追いつめ、破滅させてくれる者が現れてくれるのではないか。そんな歪んだ欲求のもと、彼女は『彼ら』の一員として犯罪に手を染める。そんな小夜の行動理由は、『彼ら』の中においてはもっとも異端といえた。

 もしも第三者に、表の顔であるリリーと裏の顔である“せれなーど”を結びつけられる日が来たら。その先にあるものこそが小夜の求めるものだ。いつか来るかもしれないその日に備え、小夜は『彼ら』の名のもとに嬉々として罪を重ね続けていた。どうせ堕ちるなら高いところから堕ちたほうが、快感に決まっているのだから。

 

「あ、また自分の世界に入ってますね。またいつものはた迷惑な妄想してるんですか?」

「いいじゃない。みんな『依頼』のたびに望みを叶えられるんだから。わたしなんて、下準備しかできないのよ?」


 小夜はそう言うが、その顔は恍惚としている。彼女は下準備すらも楽しんでいた。


「貴方のその破滅願望に、私達まで巻き込んでほしくないんですけどね――っと、こんな時間に誰でしょう」


 咲楽はため息をつくが、慌ててポケットに入れてあったスマートフォンを取りだした。咲楽はしばらく画面を凝視し、やがてにやりと笑う。


「――次の『依頼』が来たようですよ」

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