八十六話
翌日、三人は支度していた。
支度していないストリアは、ベッドに座ってじっとアルフィーの方を見ている。
「ジブ。準備は終わった?」
バックラーを左腕に付けた武刀は、横にいるジブに声をかける。
「うむ。終わったぞ」
人化状態で人の形となったドラゴンであったジブは、人状態になって鎧を着こんで頷いた。
「こっちはそろそろ行くが、そっちは何をするんだ?」
「一昨日の件もあるからな。辺りを虱潰しに探す」
アルフィーの言う一昨日の件とは、知らぬ間にこの町の近くにオーガというのになろうとしていたゴブリンのことだろう。
そのゴブリンは倒したが、情報は何一つなかった。
そのため、今回のことをやるらしい。
辺りは索敵し、成長した魔物を倒すことを。
アルフィーは冒険者の中では上位に入るほうらしく、彼女だけが呼ばれた。
武刀とジブは登録してまだ日が経っておらず、別行動をする。
そしてストリア。
彼女は今回だけアルフィーのほうについて行く。
危険度でいえば武刀とジブよりアルフィーのほうが高い。
そのため、アルフィーの方にストリアは行くのだ。
「ジブも準備完了したし、そろそろ行くか。アルフィーも早く行こう」
「その前にほれ!」
アルフィーは武刀にそれを投げ渡す。
飛んできたそれを武刀は受け取り、観察する。
それは麻袋だ。
一昨日、森に行ってゴブリンの耳を入れる作業をする際に使った袋だ。
同じ物を持っているため、武刀はアルフィーに返そうとすると断られた。
「それは私が昨日作った収納容量を増やした物だ。一個やるから使うといい」
「それはどうも」
そんな便利な物を返すことはできず、又貰った恩を相手に返すのは失礼でありここは受け取ることにした。
見た目が全く同じ物を持っているため、混乱しないようにズボンの別のポケットに入れた。
「こちらも準備が終わった。行くとしよう」
アルフィーは立ち上がって右手をストリアに差し出す。
ストリアは差し出されたアルフィーの右手を握り、纏わりついて服の中に侵入する。
「お、おおおお!」
その感覚が今まで味わったことのないもので、アルフィーは驚くような声を上げる。
「いつもこんな感覚なのか?」
ほぼ毎回ストリアと一緒にいた武刀に聞くと、彼は頷いた。
「そうだな。最初は変な感覚だが、直に慣れる。あと、多分だが下着の中までは侵入しないと思うから安心しろ」
「それはどういう意味で安心しろ、と言っている?」
身の危険を感じ始めたアルフィーは、武刀をジト目で睨む。
「さあね~」
ジト目で睨まれても、武刀は意に返さず受け流した。
「早く行こうよ」
武刀とアルフィーが雑談する中、蚊帳の外にいるジブが促した。
四人は冒険者ギルドに辿り着き、中に入った。
中は今までとは雰囲気が違った。
空気が張り詰められたような、緊張感を感じた。
アルフィーは緊張感で息がしにくかったが、武刀とジブは平気そうだった。
ストリアも何も言わないことから、平気だと思う。
冒険者ギルドの中には、大きく分けて二つの組み合わせが出来上がっていた。
一つは軽い食事をしたり仲間を募集したりとまだ働いていない者。
もう一つはこちらも待ち合わせをしている。
しかし、見てきた武具の中で一番強そうに見え、他の冒険者とは雰囲気が何か違う。
その結果、明らかに堂々としている。
強い、と自分で分かっているからだ。
「では行ってくる」
アルフィーはそう言って、後者の方に向かって歩いて行く。
「あ、やっぱりあっちなんだ。まあ当然だよね、あっちのほうが強そうだし」
武刀はアルフィーの方から正面に顔を戻し、先に歩いているジブの横に早足で急ぐ。
アルフィーが集合場所に辿り着いた。
すると、ガラの悪い男が絡んできた。
「おい嬢ちゃん。ここはおめえのような餓鬼が来るとこじゃねえ。とっとと帰りな」
それが優しさからの言葉であれば、口は悪いが良い人になる。
しかし、目の前の男は相手を小馬鹿にするような顔で笑っている。
悪人顔がさらに悪人顔に変わるが、小物臭もする。
顔や背丈からして年齢は三十台。
三十にもなると、体力が徐々に衰え始めて引退を考え始める時だ。
よくやっている。
装備は重武装ではなく、身軽に動けるように軽武装。
武器は腰に携えている長剣か。
アルフィーは目の前のいちゃもんをつける男を観察し、感心しているとまたいちゃもんをつけた。
「おい聞こえてんのか? もしかして、怖くて喋れなくなっちゃったのかな? ん?」
悪人顔の男のほうが背が高く見下ろすようにして喋っているせいか、こちらは見上げなければならない。
幼い顔のせいか、観察して何も喋っていないだけで怯えているように見られた。
悪人顔の男は、を小馬鹿にするような顔から完全に馬鹿にするような顔に変わった。
その時、悪人顔の男の右肩をうぢロから白い左小手が触った。
後ろから現れたのは、騎士然とした男だった。
「やめたまえ。彼女はまだ少女だ。苛めるのは良くない」
騎士然の男が悪人顔の男を止めると、悪人顔の男はめんどくさいといった顔をして舌打ちをした。
アルフィーは止めてくれたのは嬉しかった。
しかし、このままでは参加できるようには思えず、自分の全てを見せるために右手で青色の髪をかき上げて右耳を晒す。
「安心しろ。見た目は少女だが私はエルフ。お前達より年上だ」
アルフィーが訂正するように求めると、騎士然とした男は頭を下げた。
「これは申し訳ない。まさかエルフだったとは予想できなかったよ」
彼は謝った。
だが、悪人顔の男は何も喋らず去って行った。
振り向きざま、悪人顔の男は嫌らしい笑みをしていた。
そして、彼の向かう先にいる少女達は、夢も希望もない、という現実に打ちひしがれたような顔をしていた。
「うわ、なんかめんどくさそうなのに絡まれているよ」
受付からアルフィーの様子を眺めていた武刀は、一部始終を目撃しこの後が心配になった。
受付では今、ジブが一人で依頼を選んでいる所だ。
本当なら武刀がやる所だが、何事も経験、という武刀の思いからジブにやらせてみた。
「えっと、なら依頼は魔物の退治と薬草の採取で」
「はい。分かりました」
ジブと依頼の受付をしていた男性職員は奥に消えて行く。
「ちょっと待った!」
ジブの依頼を聞いて武刀は止めるが、受付の男性職員は既にいない。
「どうした?」
「どうした? じゃない! 魔物の退治はいい。だけど薬草の採取は無理だろ。俺たちじゃ無理だ」
「だからどうして?」
武刀は必死に説得しているが、ジブはそれが分からないらしい。
「だからって、難しいんだよ」
「全かいは簡単に集まったじゃないか」
「それはアルフィーがいたからであって」
正確にはアルフィーの精霊のおかげだ。
精霊が薬草の居場所を教えてくれたことで、簡単に採取することができた。
「今回はアルフィーがいないからやめとこう、な!」
「なあに、安心しろ。僕がバッチリ頑張るから」
そのあまり大きく育っていない胸を右手で握り拳を作って叩いて言う。
「もう嫌だ! 見つかんない!」
「泣き言言うの早いよ。まだ時間があまり経ってないよ」
薬草採取を初めて早々、少し涙目になって泣き言を言うジブであった。
これにて毎日投稿は終了し、いつも通り週一に戻ります。




