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八十五話

 ストリアからお礼を言われた直後だった。

 ガチャリ、と扉が開いた。

 慌てて扉の方を振り向く。

 考えてみれば、自分はやましい事は何一つしていない。

 

 ただプレゼントを渡しただけだ。

 そして気づく。

 それは武刀の経験した事があることだ。

 プレゼントを渡す、のはいい。

 しかし、一人渡すとまた一人、また一人とどんどん増えていくことを。

 

 

 金欠の今、ここはばれないように動くしかなかった。

 

「どうした?」


 扉を開けたアルフィーは、こちらをギョッとして見ている武刀に尋ねた。

 ストリアの方はいつもと同じ表情、何も感じてない思ってないように見えた。

 

「いや、何にも」


 武刀の声が少し上がっていた。

 いつもと声が違い、その変化にアルフィーは少し不審に思う。

 変化を探るべく、武刀を上から下に目線を下して探す。

 

「な、何?」


 ジロジロアルフィーに見られ、武刀は少し頬を引き攣りながら言う。

 そして、目線がストリアの方に動く。

 それをアルフィーは見逃さなかった。

 

 次にストリアを見た。

 彼女は何も変わってていなかった。

 ただ一点を除いて。

 

「ストリア。その胸元のネックレスはどうした?」


 アルフィーがストリアに質問した瞬間、武刀は心臓が跳ね上がったように感じた。

 そんな武刀の思いを露知らず、ストリアは普通に答えた。

 

「武刀から貰った」


「へ~」


 ストリアがプレゼントを武刀から貰ったことを知ったアルフィーは、今までプレゼントをしなかった武刀に笑顔で見つめる。

 その笑顔は黒いものではない。

 

 母親が子供に対して見せる笑みだ。

 ただし、それは温かいような微笑みでなく、にやつくような感じであった。

 そんなアルフィーの笑顔を見た武刀は、少し恥ずかしくなる。

 

「なんだよ」

 

 そのため、恥ずかしくていつもとは声色が違う。

 

「いや、なんにも~。ただ珍しいな~と思って」


「珍しくなんかないよ。俺だってプレゼントはするさ。今回は今までのお礼も兼ねてだし」


 今では恥ずかしさもなくなり、いつも通りに装うことが出来た。

 しかし、武刀は一つのミスを犯していた。

 

「お礼も兼ねて、ね~」


 アルフィーの笑顔がさらに強烈になる。

 その顔とアルフィーの言葉で自分の失敗に気づいた時には遅かった。

 

「なら私にもお礼があってもいいんじゃないかな~と思うんだけど、どう?」


「はい、そうですね」


 武刀は俯いて返答がロボットのような口調で回答する。

 俯きながらこの場を乗り切る方法を思考する。

 

 このままいけば、アルフィーにも渡すことになる。

 そして次はジブに。

 現状じゃ何もできない。

 どう、する……。

 

 考えが何も浮かばず、崩れ落ちて膝が床に着く。

 顔は俯いて目元は見えず、両手で目を覆う。

 

「お金が、ないんです」


 それは全ての真実を含めた、悲痛を絞り出すような声だった。

 それを聞いたアルフィーも、笑顔から心配するような悲しい顔をした。

 

「そう、だな。集ってすまんかったな」


「いやいいんだ。金稼いで買ってやるよ!」


 武刀は目先の目標を見つけ、やる気が湧いて立ち上がって宣言する。

 右手を握りしめ、右肘を曲げてグッと右腕を上から下へ僅かに下げる。

 

「そうか、それは楽しみだ。しかし、買えるのか? ストリアのネックレスは十分高そうだぞ」


 アルフィーはストリアが首から下げている宝石のような石のネックレスを見て、次に床に置かれたバックラーを見て言う。

 盾はそんなに高くはないだろうが、ネックレスは高そうに見えた。

 

 あれだけの物を買ったのだ。

 きっと金がないだろう。

 そう考えたアルフィーは、買うと言った武刀に心配した。

 

「ああ、その変は大丈夫。問題ない」


 自信満々で言う武刀は床に転がったバックラーを左手で持ち上げ、右手は懐に潜り込んで変化の短剣を取り出す。

 右手で持った変化の短剣を左腕に浅く刺し、内側に引く。

 

 短剣で付けた傷からは血が僅かに流れ、短剣に血が付着する。

 

 いきなり短剣で自分の腕を切り裂いた武刀に、アルフィーは慌てて止めようとする。

 

「おい何を!」


「まあ見てろって」


 それとは反対に武刀は自信満々に答える。

 アルフィーからすると、どうしてそう自信満々なのか分からない。

 

 血が付着した変化の短剣をバックラーに突く。

 突いた部分から血は意思があるかのように進み、一つの線になる。

 複数の線と線が交じり合い、魔術回路となる。

 

「ほら出来た」


 得意気な顔をして武刀はアルフィーに自慢する。

 そのアルフィーは一瞬にしてバックラーに模様が出来上がったのを見て、驚いて口が開いたまま固まっている。

 

「今、何をした?」


「魔術回路を作ったんだよ」


 武刀は平然と、何事もなかったように言う。

 それがアルフィーには信じられなかった。

 

 魔術について詳しく聞いていた。

 魔術回路もだ。

 しかし、ああも簡単に作ることが出来るとは思えなかった。

 

 武刀は魔術回路を作るのに半日以上時間を掛けていた。

 それに対し、変化の短剣を使えば一瞬で出来上がってしまった。

 

 一瞬という短い時間で強力な魔術が使える。

 それと比べて、魔法は魔術よりも時間が掛かってしまう。

 

 圧倒的なまでに、アルフィーは技術の差を感じた。

 

「ムトウ、一つ聞きたい。もし、魔術回路を作るのがその短剣ではないやり方をする場合、どれほどになる?」


 その質問には、アルフィーの幾つものの思いが込められていた。

 魔法に秀でるアルフィーにとって、魔法よりも優れたものがでれば彼女のアイデンティティーが崩れてしまう。

 

 エルフであるアルフィーはまだ未熟だが魔法が優秀だったからこそ、人間の国に一人で働くことが出来た。

 それが崩れてしまえば、アルフィーはただの少女に戻る。

 だから彼女は武刀に否定して欲しかった。

 

「今の工程だと難しい魔術はないから三十分ぐらい?」


「そんなに、か……」


 アルフィーは魔術回路の作成の早さに気分が落ち込む。

 魔法は魔術の何倍も、何十倍も作るのに時間が掛かる。

 

 魔術が人によって形が違うように、魔法も人によって違う。

 魔術回路があれば魔術が発動し、魔法は魔術回路似た設計図があれば発動する。

 ただし、この設計図は魔術回路のように身体へ刻むものではなく、理論が頭の中にあればいい。

 

 その設計図があれば誰でも魔法が使えるようになる。

 そのため、この世界において設計図は金よりも貴重なものであり、作るのには失敗が付き物で何度も失敗して完成に至る。

 

 そのため、自分でオリジナルの魔法を作ることは時間がかかる。

 

 落ち込んでいるアルフィーを見て、武刀はフォローを入れる。

 

「これに入れた魔術は簡単な物だ。基礎の基礎。強化と障壁。だから速く終わったんだ」


「本当か? なら、新しい魔術を作る場合はどれくらいかかる?」


 今までのアルフィーは立派に見えたが、今は甘えようとする歳相応に見えた。

 

「新しいのか。時間として一週間以上は掛かると思う」


「そう、か」


 武刀の言葉を聞いて、アルフィーはホッとし安堵していた。

 安堵したためか、ふと思いついた。

 

「その短剣があれば身体の枷は解けるんじゃないの?」


「接触した時点で枷が発動して回路を焼き切るからな。無理なんだよね」


 残念といった顔をし武刀は答えた。

 

「なら一度壊して修復するのは?」


「それもね、無理なんだよ。他の人なら出来るかもしれないけど、俺の場合は多いから完全に治すにはかなりの時間が掛かる」


 これまた残念といった顔をして武刀は言う。

 

「だから、枷を外すにはキーワードを言わないといけないけど、それが、ね」


 察してくれ、と言わんばかりに武刀はアルフィーに圧をかけるが彼女は屈しなかった。

 

「どうした?」


「……ここに来てるんだ」


 枷を解いてくれる者が来ていると分かれば、嬉しい筈。

 しかし、武刀は明らかに嬉しそうに言っていない。

 気分が落ち込んでいる。

 その気持ちがアルフィーは分かっていない。

 

「良かったじゃないか」


「良くない! 奴ら、絶対に妨害するために来たんだ!」


 武刀は憤るように言う。

 

「俺に増やしてはいけないと思って来たに違いない」


 アルフィーは武刀の言っていることは分かったが、主語が入っていないため何を? と疑問に思い聞いた。

 

「何を妨害するんだ?」


「勿論、俺が女の子を増やさないかと思ってだな」


「ああ、なるほど」


 武刀の言葉を聞いてアルフィーは完全に理解した。

 そのためか、表情は達観していた。

 

「なるほど、分かった。ムトウは女を作る屑野郎ということか」


「なんでそうなる!」


「普通に考えてみるといい」


「いや、それでも!」


 二人が言い合いをしていると扉が開いた。

 

「ん?」


 開けたのはジブだった。

 彼女は武刀とアルフィーの言い合いを聞いて首を傾げていた。

 

「何してるの?」


「人としてどうかという話をだな」


 アルフィーがジブと話をしている時、武刀は考えて言う。

 

「人として考えると、確かに浮気野郎だな」


 しかし、この考えは変えることは無理だ。

 何故ならこれは愛だから。

 この愛を抑えることはできない。

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