鳴くな、ゴミ虫♂
13.鳴くな、ゴミ虫♂
今日は決戦の日である。剣術部部長と勝負をして勝てば入部を認めてもらえる。考えてみたら、認めてもらったところで続けられるか心配ではある。
とはいえまずは今この状況をどうにかしなければならない。
朝ハルに先に学校へ行ってもらい、母親を仕事へ送り出し、それからかれこれ二時間は経ったかというところ、そろそろ学校へ行かなくてはならない何度でも言うが今日は決戦の日だ。ハルにも後から学校に行くから心配するなと言ってある。もしかしたらハルはこう思っているかも知れない「きっと勝負に向けて特訓をしてるんだ」と。平常心で言えたからバレてはいないだろう。今まさに死闘をトイレでしとうとは・・・。
かれこれ二時間ほぼトイレで腹の調子と戦っている。このままでは逃げたと思われる、それだけは許されない。いや自分を許せない。
午後になり学校へと向かう。道中は何度後悔した事か、いやもう忘れよう。
学校に到着したときにはすでに最後の授業中であった。その間トイレに籠もる、精神統一は必要だ。(尊敬する風間さんだって勝負の前は・・・失礼しました)
放課後になり着替えをトイレで済ませ、いざ決戦の時。
稽古場へ向かう。
問題なく稽古場へ着くとまずメガネがこちらを見て驚いた顔をしている。
『本当に来たのか、本当にバカなのか?』真面目な顔で言われた。
『うるせ』心外だ、なぜ心配されなければならないのか?
稽古場への入り口を開いた。そこには昨日とは違い防具を着けた格好の部長がいる。そして変わらず綺麗なうなじを披露している。
それから、ハルもいた。何かを話していたみたいだ、こちらに気づいて駆け寄ってくる。
『来れたのね、良かったわ。でも授業サボって部活動だけ出るなんて本当に不良みたい』
『サボりたくてサボってんじゃないんだが』
『分かってる』すれ違いながらさらりと言われたので言い返せなかった。何が分かってるというんだ?
稽古場へ入っていく。
『私は部長のシノという名前だ、お手合わせをお願いする』
『俺はユウキよろしく』
『まずは、防具を着けろ、誤って殺してしまいかねない』
防具は胴体と肩、腕を守る最小限のものだった。本当に殺意無いっすよね?
『頭への打撃は原則禁止だ誤って殺してしまいかねない』
『同じ事繰り返すな!事が起こった時の為に自分の過失を意識付けしようとしてるんじゃない!』
ッチ
ん?なんか聞こえた?
『しかし良く来たな?体調が悪いんじゃないのか?その度胸だけは認めてやろう』
なんだよ!バレてるのか、強がって損したぜ!おい何で知ってる。
『まぁ、来なくても不戦勝だがな』
『ただの鬼畜アピール!?』
『鳴くな、ゴミ虫』
どんどん呼び方ひどくなってませんか?ちくしょう絶対鳴かせてやる。
ぎゅるるるるん。腹が愉快に鳴いた。
タイムを取りトイレ行き腹を落ち着かせる。戻ってくるときにハルに言われた。『やっぱり体調悪かったのね?無理しないでね』『分かってる』とすれ違いざまに言う。
『悪い、待たせてしまった』
『構えろ、騎士道の下に心拍数をカケラも残さず絶ってやる』
『お前それ殺してるからな?俺を殺してるからな!』
『問答無用!』
身体の中心に構えられた木剣から上段に鋭く振り下ろされる。
速い!
ギリギリの所を自分の木剣で受ける。しかし、少し遅れたためこちらの肘が曲がりすぎて力が入りづらい。上から押し込まれてこれ以上体制が悪くなったら次は受けれない。
思い切り足を踏ん張り一歩前へ踏み込む、伸びた腕の下に潜り込むように身体を入れて左へ回り込むように受け流した。
間髪入れずに横へ剣を薙ぎ払ってくる。
これを後ろに避けて距離を取る。
『虫のわりになかなかやるな』思わぬ避け方をされて次の攻撃が一瞬遅れてしまった。面白いなコイツ。
『ゴミじゃ無くなったな』最後の「な」と言うのと同時に今度はこちらから攻撃を仕掛ける。はっきり言って力では負けていない、むしろ力技で女性に勝とうとしている俺どうなの?っていう思いはあるが、時間が無い。次に腹の機嫌が悪くなったときが最後なのだ、早く決着を着けることが大切。
上段から振り下ろす。
しかし、相手も力技で来る事が分かっているので、剣で受けようとはしない。最小限の動きで攻撃をかわされている。
攻撃は最大の防御ということわざのとおりに攻め続ける。途切れたときはやられる時だという直感がある。
上中下段と左右の攻撃をフェイントを混ぜながら打ち出していくも華麗なステップで避けられる。焦る。このままでは体力が減り、いずれ打たれる。ならば。
攻撃を辞めて大きく距離を取る。これなら速攻のカウンターを喰らわない。
『どうした?疲れたか?バカみたいにブンブン振り回していたからなそれは疲れる』しかし、あの勢いをこれだけの間続ける事自体がすでにおかしい、恐ろしいほどの体力だ。こちらもいつまで避け続けられるか・・・。
『そうだな、さすがに疲れてきた、そろそろ決着をつけたいな。しかし避けてばかりいないで打ち込んで来いよ、自尊心を踏み潰すんだろ?騎士道の下に』
『挑発か、生意気な。いいぞ踏み潰してやる』
そう言うと徐々に間合いをつめ始める。
よし、乗ってきた。もうワンチャンスに賭けるしかない。剣術いや、戦いにおいて大切な事は先を読むという事だ。相手がどこを攻撃してくるか分かれば対処できる。先を読むというのは必ずしも勘が頼り、という訳ではなく、相手の体の動き、初動でどう動くかを感じる事の方が多い。
相手の動きに合わせるのだから、正確に読みやすい。反面、遅れを取るというのが難点だ。
先に攻撃をすると避けられてしまうので、相手に攻撃をさせてから反撃をする作戦を取る。この場合後の先というのだが、相手の攻撃を読んで防御するのと同時に反撃を開始する。要するに守りつつ攻める。言うは易し行うは難し。攻撃の予兆を察知してそれにタイミングを合わせる必要と、どんな攻撃をしてくるかの読みが噛み合わなければならない。しかも相手のスピードは並ではない。より難しくなっている。
間合いが詰まって来て、一瞬シノの動きが止まった。来る!と思ったときには目の前にいた。しかしまだ打ってくる気配は無い。予兆が無い。
木剣は振られない、その代わり持ち手の部分で胸を突かれた。
クソッ後の先を取ろうとした事が読まれた。待ちすぎて懐に入られすぎた。
突進してきている分相手の方が体重が乗っているため持ち手の部分で突かれただけで体制を崩してしまう。それだけではなく、同時に足を掛けられて重心は完全に後ろだ。
さらに一歩踏み込んでくる、ここでシノの両脇が閉まったこの時点で突きか振り下ろしの二択になる。
絡まった足を踏ん張り体を回転させようとする。そのまま繰り出される手に向かって横から木剣をなぎ払った。
しかし、ユウキの木剣は空を切る。
そして、倒れた。
シノは言葉どおりにユウキの手を踏んだ。
『参った、降参だ』剣を振らずに相手を制するなんて信じられないな。
『そうか、なかなか歯応えがあったぞ』うっすらと微笑む。
分かり合えないと思ったが、戦いを通じて何か通じ合う事ができた。と思い力を抜く。
シノは手を踏んだままどかそうとしない。
『おーい、部長?』
容赦なく腹に一発打ち込まれた。分かり合えたなんて幻想だ!ぶち壊してくれイマジンブレーカー!
『これで勘弁してやる、今後一切部長の私に逆らうなよ?』
『はい』・・・ってあれ認められた?
『さすが部長です。鮮やかでした。勉強になります。ユウキとか言ったか?お前もなかなかやるな正直驚いた』
『うるせ、まぁお前には負けないけどな、そういえばメガネはなんて名前なんだ?』
『リン』
『そうか、よろしくなリン』
『負けたお前は部活動は入れないけどな、よろしく』
『ユウキにも部に入部してもらう、二人とも研鑽し合い向上に励むように』
『そんな、部長。こんな奴いりません、俺だけで充分じゃないですか?』
『うるさい、決まったんだ』
『ユウキ勝負だ!俺が勝ったらお前をこの部から追い出してやる』
『嫌だよ、負ける気もないけど戦う気力が今はもう無い、空っぽだ』
ハルが近づいてきた。
『おやおや、盛大に負けたわね?まぁ部活に入れたみたいだし良かったじゃない』
『あー、負けたよこんな負け方するなんて思ってもいなかった』
『あそこで、お前が後の先を狙う事は予想できたからな結果的にはこうなったが、我慢できたからやられたのだ、普通なら手を出してしまうところを我慢してな。簡単に出来る事ではない、よくやったよ』ふふふふふふと笑っている。こんなにちゃんと笑うんだな。笑い方は不気味だけど、尖った目が少し柔らかくなる少しカワイイので見惚れてしまう。
『ユウキお腹大丈夫なの?朝から悪そうだったけど?』
『そういえば、治ったな、思いっきり木剣で打たれてから大丈夫になった気がする』
『部長に感謝しろ』
『何でリンが偉そうなんだ!』
何はともあれ、入部できた。元々チーリ先生の発案であったあの時気楽に答えてなければこんな大変な思いはしなかったと思うが。まぁ剣術部に入れてよかったように思う。
その日死んだように眠りについた。
夢を見た女の子が話しかけてくる、お母さんは元気かと、お母さんは元気かと。俺は答える、元気だ。と。
俺は訊ねる、親父は元気かと、親父は元気かと。彼女は答える、元気だ。と。
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