表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

【第2話】New daily life

第2話 New daily life

玲奈がれおの探偵事務所で働くと決めてから、二週間が過ぎた。

この二週間で、分かったことがいくつかある。


まず、この探偵事務所は古い建物の二階にあり、その一階には『喫茶残灯ざんとう』という店がひっそりと構えていること。

建物自体が入り組んだ細い路地裏の奥深くに隠れており、そこを抜けると目の前には多くの人々が行き交う大通りが広がっている。大通りのすぐ近くに、こんな喫茶店があるなんて、玲奈も自分の目で見るまでは絶対に信じなかっただろう。


その喫茶店は、今時の「映え文化」とは一切無縁のシンプルな内装だ。

ドアをくぐると、右手側には使い込まれた木製のカウンター席が六つ。左手側には四人掛けのテーブル席が二つ。全体が落ち着いた深い木目調のインテリアで統一され、照明もあえて薄暗く落とされている。そこだけ時間の流れが止まったかのような、静かな空間だ。


カウンターの奥では、五十代半ばの店主・日下部くさかべが、いつも穏やかな手つきでグラスを磨いたり食事の仕込みをしたりしている。

立地が立地なだけに客はほとんど来ないが、本人は「趣味でやってる店だから」と特に気にしていない様子。

なんでも、過去に巻き込まれた「幻素事件」でれおに命を救われたらしく、その恩返しとして二階のスペースを無料で貸し出しているのだという。


店のカウンターの奥には、上へと続く木製の階段がある。

そこを上ると一本の廊下が伸びており、左右に合計八つの部屋が並んでいた。事務所として使っている部屋のほか、れおを含めたメンバー五人部屋がある。全員ここで生活している。


そして玲奈も例に漏れず、一人暮らしをしていたあの味気ないワンルームを引き払い、事務所の空き部屋へと引っ越していた。学校には籍を残したまま、休学届を出してある。

現在の玲奈の主な仕事は、散らかりがちな書類の整理と事務所の掃除、依頼を解決した際の報告書作成である。


玲奈が巻き込まれたあの地下鉄の惨劇はというと、スマホのニュースを見る限り『違法薬物使用者による暴徒化・殺傷事件』として処理されていた。

あの恐ろしい異形の姿は、「極限状態の恐怖とその場の集団心理が見せた一時的な幻覚」ということで強引に片付けられたのだと、れおが鼻で笑いながら教えてくれた。


「はぁ...」


事務所のソファに深く背を預け、玲奈はスマホで地下鉄の事件をまとめたネット記事を眺めていた。

視線を上げると、奥の社長席でれおがデスクの上に両足を放り出し、つまらなさそうに雑誌をパラパラと捲っている。


「れお。それ、Diディーさんに見つかったらまた怒られますよ。」


玲奈はれおの行儀の悪い足を指差し、呆れた顔でため息をついた。

『Di』はこの事務所のメンバーの一人。

深い青色のショートヘアが印象的な女性で、いつも白いワイシャツに黒いスーツジャケットを着こなしている。この事務所における、優秀な執事であり公私にわたる管理者だ。

クールに見えるが実はとても面倒見がよく、玲奈の幻素操作の特訓にも、毎日付き合ってくれている。

メンバーの中で最もれおとの付き合いが長いらしく、この二週間で嫌というほどだらしないれおに雷を落とす光景を見た。


「へーへー。今はいないからいいんだよ。」


「...私がどうかいたしましたか?」


言い終わるのと同時だった。音もなくドアが開き、Diが滑り込むように入ってきた。

その姿を視界に捉えた瞬間、れおは弾かれたようにデスクから足を下ろした。勢いが良すぎて、危うく椅子ごと床に転げ落ちそうになっている。


Diはれおの醜態を無視し、綺麗な所作で一礼した。

「お客様をお連れいたしました。ご依頼だそうです。」


彼女がドアの手前で「どうぞ」と静かに促す。

部屋に入ってきたのは、神経質そうに肩をすくめた二十代半ばの青年だった。


「清水です...よろしくお願いします。」


Diが清水を玲奈の向かい側のソファへと案内し、手際よく温かい茶を淹れる。


れおはコホンとわざとらしい咳払いをしながら社長席から立ち上がり、玲奈の隣へと移動して腰を下ろした。


「じゃあ、まずは内容を聞かせてもらおうか。玲奈、メモを取ってくれ。」


「はい。分かりました。」


Diが清水の前にそっと紅茶のカップを置き、れおが座るソファの後ろへと控える。


一通りの経緯を清水が話し終える。れおは組んだ膝に肘を置き、内容を簡潔にまとめた。


「つまり、お前の弟が行方不明になったから探してほしい、と。」


依頼人の名前は清水聡しみず さとし。高校生である彼の弟・たかしが、二週間前に「友達と心霊スポットに行ってくる」と言い残したきり、完全に音信不通になってしまったのだという。


「なら、探偵じゃなくてまずは警察じゃないのか?」


れおの冷ややかな指摘に、清水は今にも泣き出しそうな顔で身を乗り出した。


「もちろん、警察にも行きました!でも、全然見つからなくて...調べてみたらあの心霊スポット、神隠しに遭うって有名らしくて、何人も行方不明になっているっていう噂が...神隠しなんて、おかしいこと言っている自覚してます。でも、もしかしたらってどうしても可能性を捨てきれなくて...それで、ネットでそういうオカルト事件を調査してくれるところを探してたら、ここのホームページを見つけたんです!」


藁にもすがりたいという男の悲痛な思いが、言葉の端々から伝わってくる。


「...ちなみに、その心霊スポットとやらははどこなんだ?」


「近くの商店街にある廃ビルなんですけど...そこの地下一階です。」


その場所に、玲奈は聞き覚えがあった。

「あ...そこ、知ってます。学校でも噂になってました。確か大昔の戦争の時で、戦死者をまとめて埋めた場所だとか...」


「そうです!」清水が激しく同意する。「肝試しに行った連中が、何人も神隠しに遭って帰ってきてない噂で...」


「初耳だな。Di、聞いたことあるか?」


れおはその商店街の存在自体は知っていたが、足を運んだことはほとんどなかった。よく買い物でその周辺を訪れているはずのDiへと視線を向ける。


「いえ。申し訳ありません、私も初耳です。」


Diは申し訳なさそうに、軽く頭を横に振った。


「もしかすると、ここ最近になって急速に広まった噂かもしれません。」


「受けて...もらえますよね?」


断られるのを恐れたのか、清水の声に焦りが混じる。


「お金なら、いくらでも出します!だから...お願いします、弟を...隆を助けてください!」


れおはふっと息を吐き、ソファの背もたれに体を預けた。


「断るつもりはないさ。一度こっちで調べてみよう。だが、ただの家出や普通の失踪だと分かった時点で、俺たちの仕事は終わりだ。いいな?」


清水の顔に、一気に救われたような光景が広がる。


「本当ですか!?ありがとうございます!よろしくお願いします!」


男は何度も、何度も頭を下げた。


清水の連絡先と住所を控え、「進展があり次第連絡する」と伝え、一度彼を帰らせた。

ドアが閉まるのを見届けてから、れおはソファから立ち上がり、大きく背中を伸ばした。


「よしっ。玲奈、初現場と行こうか。Diと一緒にこの事件に当たってくれ。」


「...え?」


唐突すぎる命令に、玲奈は開いた口が塞がらない。

ただ、立ち上がったれおの顔を、呆然と見上げるだけだった。


「報告書作りと書類整理だけで給料を払うつもりはないよ。それに幻素の操作も現場で実践した方が成長も早いだろ。」


「でも...そんないきなり...」


玲奈の心は、まだ「現場」に出る準備なんてできていなかった。

あの日、駅のホームで繰り広げられた血生臭い光景がまた脳裏をよぎる。二週間という時間は、当時のパニックを薄れさせてはくれた。けれど、体に刻み込まれたあの圧倒的な絶望と死の恐怖は、そう簡単に消えてはくれなかった。

またあのような化け物と対峙するかもしれない。玲奈は恐怖で足がすくみ、返答を躊躇った。


そんな彼女の隣にDiが静かに寄り添う。玲奈の肩にそっと掌を置いた。

「大丈夫ですよ。危険だと判断した場合は、すぐに撤退します。何があっても、私がお守りします。」


掌から伝わってくる温かい温度が、玲奈の恐怖を少しだけ和らげてくれた。


「...分かりました。Diさんを信じます。」


「おいおい。」


隣でれおが、不満そうに眉をひそめた。


「俺は?俺のことは信じてくれないわけ?」


玲奈はれおの方をキッと睨み、力強く言い放った。


「れおより、Diさんの方が信用できますから。」


「傷つくなあ、おい。」


れおはわざとらしく胸を押さえてみせたが、すぐにいつもの不敵な表情に戻った。


「まあいい。幽霊絡みの幻素災害なら、Diがいればよっぽど問題ないだろう。だが、油断は禁物だ。しっかり下調べをしてから向かえよ。Di、頼んだぞ。」


「はい。お任せください。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ