桜木ファミリーのその後
グラニエ城祭が行われた十年後、桜木家の人たちはというと、なんと住居をアトラスに移していた。
現在、レヴァント財閥のリーベンス社の社長を務めるエンリー・レヴァントが妻の栞と住居に構えたのは、ビンセント館の隣の別館だった。
エンリーは京都大学を首席で卒業した年の夏にアトラス国の名門大学のオークラス大学大学院に進学し、経営学をさらに学んだ後、リーベンス社に入社と同時に、栞と結婚をした。栞は大学を卒業と同時にエンリーと共にアトラスに渡り、リリーの個人秘書になり、リリーが管理しているレヴァント家の資産や土地の管理などを一から教えてもらうべく、毎日、リリーと共に、様々な場所に顔をだし、グラニエ城の資産管理全てを担うようになっていった。
本来ならライフの許婚である優が担うべきことなのだが、当の優はというと、なぜかシャリーと共に、世界中の場所に写真撮影旅行に同行するようになり、大学を卒業と同時に優もアトラスにきたが、優はディオレス・ルイ社に入社し、今では編集部長となったティムの代わりにシャリーの相棒となり編集部には欠かせない人材へと成長していた。
そして優がアトラスにきてから一年後、栄治が60歳で会社を退職し、碧華とヒロと共にアトラスにやってきた。ヒロは当初、日本に残ることを希望していたが、ヴィクトリアの強い希望により、グラニエ城で共に生活することになったのだ。そして、碧華はアトラスに来たその年、ヴィクトリの正式な娘としてヴィクトリアと養子縁組をし、正式にレヴァント家の一員になり、アトラス人となったのだ。栄治と碧華がアトラスに永住することが決まった年、エンリーは栞と二人で住んでいたマンションから栄治と碧華とも一緒に住めるような家を捜し始めた。
そのことを知って提案してきたのは意外な人物だった。長い間空き家になっていたビンセント家の別館に住んだらどうかと、ジャンニがエンリー名義に変更し住むように提案したのだ。
最初は渋っていたエンリーだったが、後押ししたのが栞だった。
「エンリーいいじゃない。ママもあそこからだったら、シャリーママと一緒に仕事行けるから安心だし、あなたの会社へもリリーママの家にも近いから私も子どもが生まれてからも仕事を続けられるし」
と、大きくなり始めたお腹をさすりながらいう栞の提案でエンリーは了承した。そしてその家のリフォームを完了させ、栄治と碧華を迎えた。
しかし三年後、その別館と背中合わせに建てられていた館をライフが買い取って住み始めた。
実はライフは優が大学を卒業した年、エンリーと栞の結婚式と自分たちの結婚式をグラニエ城で合同で同時に結婚式をあげていたのだ。結婚して大学時代から住んでいたマンションに二人で住んでいたが、第一子が誕生すると知ったライフが新しい新居を探し始めた。当初はリリーが同居を提案してきたが、嫌だと突っぱね。ちょうどその時、売りに出されていたその館を買い取って住み始めたのだ。しかも、改装に伴い、エンリー館とライフ館の両方の壁をぶち破り、通路をつなげてしまい、いつの間にか、食事をエンリー館でとるようになってしまったのだ。
当初はライフに抗議して館を繋げる工事に反対したエンリーだったが、家族全員から説得され、今では当たり前のように大人数で食事を囲む生活になり、レヴァント家ファミリーらしいなと思い始めているエンリーがいた。
というのも、ライフが館に引っ越してくるとすぐに、リリーとビルの二人は自分たちが住んでいた館は人に貸し、使用人たちは全員新しい仕事を紹介し、ライフ館に引っ越してきたのだ。当然同居には反対したライフだったが、優に説得され、今ではライフ館にはライフと優、それに一人息子のファン、それにビルとリリーの五人家族になっていた。
にぎやかになったレヴァント家、実はそう、肝心のテマソンはというと、ここに住み始めて四年後、エンリーの息子のテリーの呟きにより同居人となったのだ。
「ねえパパ、どうしてテマおじちゃまは一緒に住まないの?」
久しぶりの休日を息子とのんびり過ごしていたエンリーに横で本をで読んでいた息子のテリーがたずねてきた。
「テマおじちゃまには自分のお家があるからだよ」
「ム~、でも、碧ちゃんのお家はここでしょ。なのに昨日もテマおじちゃまの所に泊まって今日も帰ってきてないよ」
少し怒った口調でいうテリーにエンリーはやさしく答えた。
「碧華おばあちゃんは今お仕事が忙しいんだよ」
「でも~この頃お仕事ばかりで全然あってないんだもん。僕つまんない」
「テリーは碧華おばあちゃん大好きだもんね」
「うん僕碧ちゃん大好き、でも本当はテマおじちゃまも好きなんだ。いろんな国の言葉を知ってるでしょ。ねえ、パパ、ママ、お部屋余ってるんだから、テマおじちゃまのお部屋作ってよ。そしたら、お仕事がない日は泊まってくれるでしょ?」
「あらいいアイデアね。ねえエンリー、テマソン先生に頼んでみない」
「うーん、確かにテマソンさんが家に住んでくれたら、碧華ママも母さんもテマソンさん家に泊まり込んで仕事をしなくてすむしね。だけど、会社の最上階に住む家があるのに、わざわざ遠くに住んでくれるかな」
「あらエンリー、遠くっていったって車で三十分じゃない、ママも今はバスで帰ってきたりシャリーママの車で一緒に帰ってきたりしてるけど、日本にいた時みたいに車に乗りたいっていいだしてるのよ。バスまで歩くの面倒だって、運転手を雇ってあげるって言ってももったいないって嫌がるし」
「ここは日本じゃないんだから運転は危険だよ」
「でしょ、だから、テマソン先生が家に同居してくれると安心じゃない。夜遅くなってバスと歩きで帰ってくるの結構心配だったし、帰りはテマソン先生の運転する車で帰ってこられるし、なんだったら運転手を強引に雇えばいいじゃない。テマソン先生と碧華ママの二人の送迎専用に雇ってもいいじゃない」
「そうだね、じゃあテリー、一緒にテマおじちゃまに頼んでみるか」
「うん!」
そう、テリーの可愛いお願いはテマソンのハートを一瞬で射抜いたのは言うまでもない。半月後には既にテマソンはエンリー館で同居することが決まったのだ。一番ご機嫌なのはテリーかと思いきや実はテマソン自身だったということは本人が一番実感していることだった。
「私は幸せね。一人で孤独に死んでいくのかと思ったけど、こんなにぎやかな家庭で過ごせるなんて」
テマソンの朝はテリーのダイビングではじまる。
「テマおじちゃまおはよう~」
テマソンは飛び込んできたテリーを軽々と受け止めるとおはようのはぐをした。
「おはようテリー、今夜はドイツ語のテストをするわよ、ちゃんと覚えておくのよ」
「は~い、そうだママが朝食の用意できてるって」
「そう、じゃあ一緒に行きましょうか」
テマソンはテリーを軽々と抱き上げると温かい台所へと歩いていく。
碧華はというと、アトラスにきてからも碧華は相変わらず詩人とバッグデザイナーの掛け持ちをしつつ、出す本全てミリオンヒットを連発していた。
栄治はというと、アトラスに来てからはずっと念願だった隠居生活を満喫していた。現在のもっぱらの遊び相手は昨年会長職に就任し、仕事をセーブし始めたジャンニだった。
二人は時には一日中部屋にこもりゲームをし続けてみたり、釣にでかけてみたり、ゴルフにはまってみたりと、隠居生活を二人で満喫していた。
その後のエンリー館の朝は相変わらずにぎやかな声が次々に聞こえてくるようになっていた。
「チィア、今日はビルパパとエンリー以外は朝食を食べるって言っていたから準備お願いね」
栞は住み込みの料理人のチャイに話しかけた。彼女は調理師免許も持つ料理人で、庭師の旦那と二人でエンリー館に住む込みで働いていた。
「はい奥様」
「おはよう栞ちゃん、何か食べさせてよ」
「あらライフ、あなたまだいたの?優は?」
「今ファンに先に朝ごはんあげてるよ。僕のを用意しだしたら怒りだすんだよ。だから優が僕の朝食を準備する間、僕が変わりに食べさせようとしたらスプーンを放り出して睨んでウソ泣き始めるんだよ。まったくあのわがまま息子、いったい誰に似たんだか」
「ファンは優ママが大好きだもんね。あなたのこと僕のママをとる悪い奴なんて認識なんじゃないの?」
「あ~そんな感じっぽいなあショックだよなあ。こんなに愛してるのになあ。次の子はパパラブに仕込まなきゃなあ~」
「頑張りなさいな。でもね。子どもはみんなママが一番なのよ。でも…そうね、リンはパパ大好きっこね、私がエンリーと二人でいるのを見つけると、必ず真ん中に割って入って、エンリーにまとわりついてくるもの」
「そんな感じだね。よ~し、今度はそれでいこう。早く家に帰れるようにしなきゃな~」
だされた朝食をのんきに食べ始めたライフに栞があきれ顔でたずねた。
「そういえばテマソン先生もママもとっくに会社に行ったわよ。あなたは急がなくてもいいの?」
「ああ、いいんだ。今日は僕は縫製工場に直で行く用事があるからね」
「あらそうだったんだ。どうなのよ、最近慣れてきたの?」
「ああ、順調だよ」
「そう?でも最近仕事の帰り遅いそうじゃない」
「そうなんだよね。家でファンと遊んでいたいんだけどね。新作まかされてるからね」
「あら順調に出世してるじゃない」
「当然だよ。なんたってもうすぐ二人の父親になるんだからね」
「この家もにぎやかになるわね」
「ふぁあ~おはよう。栞ちゃん水くれないかしら」
「あらリリーママ、昨夜はずいぶんお飲みになったの?」
「そうなのよ、カリーナったらずっと愚痴りっぱなしなんだから」
「あらカリーナおば様と飲んでいらしたの?」
「そうよ、明け方帰ったけど、一時頃まで碧ちゃんも一緒だったんだけど、碧ちゃん飲めないでしょ、途中で寝ちゃったのよ」
「あらカリーナおば様でもご不満なことがあるんですね」
「あらあるわよ、ほら、家みたいな家族珍しいでしょ。うらやましい~って、カリーナの所は息子さん夫婦は今アメリカらしいし、毎晩さみしい~って」
「そうねえ、家が変わってるのかもしれないわね。こんなににぎやかで」
「ママ、もう歳なんだから飲み過ぎると体に悪いよ」
「あらライフじゃない、あんたまだいたの早く仕事に行きなさいよ」
「ビルとエンリーなんて六時に出て行ったわよ」
「なに言ってるんだか・・・あの二人はその分早く帰ってくるじゃないか。僕は遅くまで残業してるんだから、朝ぐらいゆっくり家族サービスしなきゃ。父親は僕だって忘れられちゃうだろ」
「そうね。なんだかんだいってファンも一番大好きなのはママで一番のお気に入りはテマソンみたいだもんね。毎晩テマソンが帰ってくるとテリーと取り合いしてるものね」
リリーはそういうと、渡された水を一気に流し込みながら言った。
「そうなんですよね。家のテリーなんかも毎晩毎晩、まだ帰ってこないのかって父親の心配しないでテマおじちゃまのことばかりなんですよ。でもリンは栄治じいじとジャンニじいじが大好きみたいで、家にいる時はずっと二人から離れないし、この間なんかも誕生日プレゼントを買ってもらうんだって二人を引き連れてお人形買うんだって買い物に行ってたくさん抱えてニコニコで帰ってきたんですよ。二人には甘やかさないでって言ってあるんだけど、どうもあの子の笑顔には弱いらしくて」
「あらわかる気がするわ、孫は可愛いもの。でもね、あれを聞いてビルが最近すねちゃってるのよ。早く仕事辞めたいっていいだしちゃって。エンリーが大変みたいね。まったく実の息子が後を継がないから、エンリーは優秀だけど、気を使ってすっぱり辞めるに辞めれないって」
ちらりと息子のライフに視線を向けながらいうリリーにライフは平気な顔をして反論した。
「何いってるんだよ、僕があの会社を継いでいたら、それこそ今頃大変な事態になってたかもしれないよ、あいつが次期社長だから父さんだって最近休めてるんじゃないか。僕だって毎日叔父さんと碧ちゃんの喧嘩を仲裁するの大変なんだから」
「あらあの二人でも喧嘩するの?家じゃすごく仲いいじゃない」
「仕事は別だよ、二人とも頑固なんだもん。まいっちゃうよ。毎回もめるだけもめて、毎日就業時間の終了になったら全部僕に丸投げして二人で家に帰っちゃうんだから、おかげで僕は週に何度もみじめに最上階でお泊りだよ」
「あら、あなたが要領が悪いだけなんじゃないの」
「よくいうよ。まったく。さてそろそろ仕事に行くかな」
そう言ってライフは伸びをして立ち上がった。
ありふれた日常、家族が集い、喧嘩したり愚痴をいいあったり、笑い合ったりして平凡な毎日が過ぎてゆく、碧華おばさんの宝物は益々増殖中、碧華はオフィスの窓から流れる雲に視線を向けながら過ぎ去りし日々を懐かしく思い返していた。
私は幸せ者だ。優しい旦那様がいて、好きな仕事を思う存分させてくれる頼りになる相棒がいて、ママたちが心配だからと同居してくれている優しい義理の息子が二人もできて、その上可愛い孫まで一緒に生活できている生活。
人間不信の時期もあった。だけどそれは昔のこと、私は私の居場所を見つけた。言いたいことを言い合いながらも互いを尊敬し合える相棒にもめぐりあえたのだから。旦那様も今では隠居ライフを満喫中だ、長い間旦那様には仕事仕事で家族を養ってもらって私は専業主婦を堪能したできた時期がある。だから子育ても終わった今、今度は私が外で働いて旦那様に小遣いを渡す生活の逆転生活を送っている。
五十代後半になってもまだバリバリ仕事ができるなんて私はなんて幸せ者なんだろう。働くってことは大変だがやりがいもある。何より人と接することで図太さも身につけ、人生を堪能できている。
苦手な人や嫌いな人もたくさんいる。だけどそれが人間というものだ。完璧な人間なんて一人もいない、大切なのは互いを認めあうことだ。自分の考えとは違うという理由で軽蔑なんかしてはいけない。少しは丸くおおらかになったと思える今日この頃。だけど相棒はいう。年を重ねるたびにわがままになってきていると・・・
そう、人生は短いのである。好きに生きて何が悪い、人生は一度、楽しまなきゃ損だ。
嫌いな人は嫌い、好きになんかなれっこない。
【自分のやりたいことを我慢したりしない】
ー完ー




