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独りきり残るのよ

「お早うさん、どうだい?」

「今年は雨が多かったからねぇ、良くないよ。そっちは?」

「うちもだよ、それより聞いたか?山向こうの話―。」

気持ちの良い朝。野菜が入った木箱を荷車から下ろす農家たちの姿。下ろされた木箱は別の男達によって次々と建物の中へと運び込まれていく。それを待ち構えていたかのように女達が木箱から野菜を取り出し、棚やテーブルの上へとてきぱき並べていく。

「あら?こいつはうちの畑で採れたにしては大振りだねぇ。形もきれいだよ。」

やっぱり褒められて悪い気はしない。

ここは地元の農家が自分の畑で採れた作物等を持ちよって、直接それを販売する場所のようだ。ようするに生産者直売所。道の駅と言った方が分かりやすいだろうか。

そこで俺は、

「じゃあこの子は少しだけ、いいお値段にしてあげようかね。」

陳列されていた。

今は開店前の準備をしているみたいだ。何人もの農家が泥の着いた長靴のまま、自分の畑の自慢の作物を持ち込んで来ている。

何故こんなことになっているかだって?成り行きですよ、な、り、ゆ、き!

あの家を出たあと、元の砂利道を再び歩いていた俺の目の前に現れたのは鉄の軌道、即ち線路だった。

これはひょっとして魔導列車的な何かが来るのか!とわくわくして待ち構えていたが、結局何も来ずに日が沈んでしまった。

流石に光合成の出来ない夜に歩き廻るのも疲れるのでその場でじっと朝を待つことにしたんだ。

あぁ、そういえばその時初めて魔物らしき奴と遭遇したね。何か変な形をした草の化け物が襲ってきたけど、動く植物なんて別に珍しくともなんともないから全然ビビらなかったな。相手も一匹だけだったから余裕だったね。格の違いって奴を教えてやった。数発喰らわしてやった所に止めのあの変な音。植物だから効くだろうとは思ったけど効果はてきめんだったね。でもあれがアレロパシーって絶対納得いかないんだよねー。まぁ物質その物よりも他の生物に働きかける性質の事をそう呼ぶのかもしれないな。

話がそれた。

軽く魔物をやっつけた後に緊急回復モードとやらでまた眠ってしまったんだけど、あれには気を付けないといけないね。線路の近くで眠るなんて本当に自殺行為だからね。

日が昇ってから何かが近付く音で目が覚めたんだけど、何が線路を走ってきたと思う?それが何と…馬車だぜ馬車!馬が列車を引っ張ってやんの。めちゃうける~。流石異世界!思わずテンションが上がって飛び乗っちゃったよね馬列車に。するとそこには野菜の入った木箱が満載。この世界で始めてみる仲間たち。新米ですが宜しくお願いしますってな感じで一緒に箱のなかでじっとしてたら…

こうなりました。

箱から出された時に値札を貼られた。恐れ多くも諸先輩方より良いお値段にしてもらった様だが。まぁ出来た後輩が先輩を追い抜いて行くってのは良く目にする話だからね。すみません、先輩方!僕多分先に売れちゃいます。あぁ開店が待ち遠しいなぁ。どんな人が買ってくれるかな。

人間の時には味わえなかった気分を満喫している俺の側で、おばちゃん達は作業を続けていた。会話が聞こえてくる。

「ちょっとあんた聞いた?あそこの娘さん。」

「聞いたわよー。駆け落ちしたんだってー?」

「相手知ってる?これが聞いてびっくり…」

「えー!随分年下じゃないの、あそこはご主人が持病もちで大変なのにねぇ。」

「どうするんだろうねぇ」

「それから…」

よー知っとるわ、他人ん家の事。

「シゲさんのところ。」

「あー、先月亡くなった…」

「それがどうも違うらしいのよ!あそこと契約してた魔導士さんがね、シゲさんが育ててたマンドラなんたら全部持ち逃げしちゃったって、今頃になって騒いでるらしいのよ!」

「えー!本当かい?そんな大胆な事する様な人には見えなかったけどねぇ。」

「奥さんも子供さんもいるってのに、何考えてるのかねぇ…」

うっわー、マジか。本当ならひどい話だ。

俺の世界にもいたなーそういう事する輩、売上金持って行方眩ましちゃう奴。たかだか年収に届くかどうか位の目先の金の為に、その先の人生全てを棒に振るなんて馬鹿げてるとは思わんのかね。またそういう奴に限って嫁さんと子供がいたりしてさぁ、残される方の身にもなれっつんだよな。

嫁さんと子供ねぇ。

……

俺にはどうにも出来ない話だな。

「売り場係は配置に着いてくださーい。」

お、いよいよ、開店する様だ。

開店と共に多数の来客で賑わう店内。各々が思い思いの野菜を手に取って行く。うんうん、皆買ってもらって良かったよ。短い間だったけどさようなら。

地元の特産品や弁当なども売りに出されていて、昼食時にはその弁当を求める客で更にごった返した。お、出口付近ではアイスクリームなんかも売ってるね。俺が見た限りではこの世界では電気はまだ実用化されてないみたいだから、これは何となく魔法を駆使したやつっぽいぞ。魔法のアイスクリーム、食べられないのが残念だ。

それから夕方にかけて段々と客足は落ちてゆき、やがて閉店を迎える。

見事に俺は売れ残った。

「あら?あんた残っちゃったわねぇ。」

ショックだ。自分の大根としての評価を知りたくて、戯れのつもりでやった試みでまさかここまで傷付くことになろうとは。

「お高くしたのが悪かったかねぇ、でも大きくて形も綺麗なんだよ。」

ありがとう、おばちゃん。その道のプロが言うんだから、きっとそうなんだろう。俺、くよくよするのは止めるよ。

周りには売れ残った商品を引き取りに来た農家の姿がちらほらと、その中に皮製のベストとキャップを着用した男達の一団がいる。猟師だろう。森で仕留めた獲物を食肉として出品している。ようするに巷で流行りのジビエだ。

聞こえてくる高笑いの声。ここは彼ら同業者達の談笑の場になっているみたいだ。

「みんな!」

突然、男が一人叫びながら駆け込んできた。店内がにわかに騒然となる。格好から見てこの男も猟師だろう。

「どうしたんだ?」

猟師仲間が心配そうに尋ねる。男は膝に手をつき肩で息をしながら、絞り出すように話した。

「山向こうに、入っていた連中が、降りて来ないんだ。」

「何だって?」

皆の表情が瞬時に険しくなる。

「ああ、モンスターを見たって噂もあったから、重々気を付けるようには言ってたんだけど…」

何やらただ事ではなさそうな雰囲気。おばちゃん達がそれに気を取られている隙に、するっと移動してテーブルの陰に隠れておく。

猟師達のやり取りは続く。

「モンスターにやられたのか。」

「分からんな。」

「警備隊への連絡は。」

「早くても明日の到着だそうだ。」

「間に合わんな。やむを得ん、俺達で山に入るぞ。他の連中にも知らせろ!」

「おう。」

話が纏まると直ぐに猟師達はぞろぞろと店を出て行った。

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