森の奥が緊急事態
軋むような音をたてながら馬車鉄道が進んで行く。客車の座席で揺られているのは全て猟師達だ。膝の間の銃身が窓から射し込む夕陽にチラチラと照らされている。
急がなければならない事態だが、鉄道の速度はゆっくりとしたものだった。だが、それがかえって彼らの緊張を高めている様に見える。
進行方向は朝方俺が乗った時とは逆。つまり俺が生えていた畑の方へと引き返している事になる。
列車は客車と貨車の二両編成。それを縦に連結された二匹の馬が引っ張る。進行方向を逆向きにする時は馬を繋ぎ換えるだけみたいだ、今は貨車が前方に位置している。
客車はマイクロバス位の大きさで木造、窓は硝子張りだ。貨車の方はいたってシンプルな造り。車軸の上に四角い板が乗せてあるだけで、一応簡単な柵と屋根が付いている。俺はその貨車の隅に隠れていた。
野次馬根性で付いてきているのではない。モンスターという言葉に反応しただけだ。
あのお方は、ヒカエル様は魔王のモンスターと戦う旅を続けていると言っていた。野良の魔物との区別がどうかは知らないが、モンスターの被害がある所に行けばまたお会いできるかも知れない。そう思っての事である。
しかしモンスターとはね。
ふと、アイドル天使に会うためのイベントに参加した時の事を思い出す。寒さの厳しい季節に子供を気遣いながら長時間並んだりしたなぁ。彼女達に会うまでには様々な困難を乗り越える必要があった。勿論全てが楽しい思い出なんだけどね。
あの大変さに比べたらモンスターなんてへっちゃらかも、などと思っている自分が少し頼もしい。しかし油断は禁物だ。何かあったら全力で逃げよう。ヒカエル様に食して頂くその日を迎えるまでは、この身を無駄に散らすことは許されない。
そんな事よりも、列車を牽く馬がこっちをチラチラ振り返るのがさっきから気になって仕方がない。お前らの好物は人参だろ!俺は大根だよ?全然違うからね。頼むからちゃんと前を見て走れっての。
昨日立ち寄った家を通り過ぎて行くのが遠目に見えた。
一瞬あの親子の顔が浮かぶ。
マンドレイクを引き抜く際の事故で死んだ事になってる父親。
何かが引っ掛かるな。自分が生まれた畑の持ち主かも知れないからか。生みの親とも言えないでもない相手に一応の恩義を感じてはいる。俺に何か出来ることがあれば良いが、今は目の前の事に集中しよう。
行方の知れない猟師達の仲間に迫っているであろう危機。その原因と思われるモンスターとやらのもとまで辿り着くのだ。きっと彼らに付いて行けば……
ギギィー、ガチャン。
駅でも何でもない線路の途中で、列車は止まった。猟師達が降りて行く。
そこには別の一団が既に到着して待機していた。降りてきた猟師達と合流するなり簡単な打ち合わせが始まった。聞こえる所まで近づいてささっと物陰に隠れる。
待機していた面々から口々に状況説明がなされている様だ。ほうほう、行方不明になっているのは4人と2匹か。2匹?あ、猟犬の事だね。
馬車鉄道で駆けつけた猟師のうちの一人がこの場を仕切っている。帽子からのぞく髪に白髪が目立つ、初老のちょっと取っ付きにくそうな雰囲気の男だ。この人が猟師連中のリーダ的存在なんだろう。
背後では御者が馬と列車を繋ぐハーネスを取り外している。進行方向を変える為だ。反対側へと引っ張られていく馬達。
だからこっちを見るな!寒気がするわ!
油断も隙もあったもんじゃないな。
猟師達の打ち合わせはまだ続いている。想定される各ケース毎にどう対応するかの取り決めを行っているようだ。ふんふん。なるほど。次に連絡用の呼び笛についての説明。これは俺もちゃんと聞いておいた方がいいかもな。
二回で仲間発見、三回でモンスターと遭遇、4回は総員下山の後、馬車まで退避。あとは細々したパターンがあるようだが、この三つだけ憶えておけばいいだろう。
最後に隊の編成が行われた。全部で40人程集まった猟師達を二つに分ける。山を正面に見て右に展開するグループと左に展開するグループだ。
どちらに着いていこうかな。
よし、左にしよう。俺は人間だった時は左利きだったからな。
因みに今どっち利きかと聞かれても返答に困るからね。この身体ではどっちが前でどっちが後ろかすらの区別もないんだから。その時々で俺が前と思った方が前!そういう事にしておいて貰いたい。
打ち合わせが終わったようだ。リーダが出発前の檄をいれる。
「じゃあ行くか。くれぐれも言っておくが仲間の安否確認と救出が最優先だ。だが、モンスターを見かけたら遠慮はいらん、脳天めがけてぶっ放してやれ!」
おお、勇壮だ。やはり普段から命のやり取りをしてる分心強いな。モンスターがどんな奴かは知らないが銃で武装した人間がこれだけいれば、案外ちょろいのかも知れないね。
「甘いのね。」
ん?
辺りを見回す。誰もいない、気のせいか。
猟師達が2列になって山の方へと進んで行く。おっと遅れないようにしないとな。慌てて俺もそれに着いていく。
わさわさわさっ
猟犬が数匹、列に混じって歩いていた。こいつらは俺の存在に気付いてはいる様だが、先程の馬と違って興味をもつ素振りは見せない。ま、大根だからね。人間の時に無害だと思っていた草食動物の方が今では脅威に感じる。
山の麓まで来ると、そこからは森が広がっていて、進んで来た道が細い登山道に変わる。猟師達は登山道は進まずに、先程決めた通り左右に別れて森へと入っていった。麓に沿うようにお互いの距離を20m位空けて散開する。そしてそこから一斉に頂上へ向け山を登って行くようだ。
なるほど、これなら山の中を全て網羅できる。山狩りって奴だな。
俺も後を追って左側の森へと入って行った。少し早足で気付かれないように猟師を何人か追い抜いていく、そろそろ隊列の真ん中位まで来ただろうか。
「ピィーーーー!」
長めの笛の音が遠くに聞こえた。それを合図に、猟師達は森の中を山頂目指して昇り始めた。




