あなたの声で
え、魔物ってこいつ?
泡を吹いて倒れている猟師の傍らでカサカサいわせながら俺を威嚇している魔物。人の形に見えない事もない歪な形の根っこから幅広い葉が4~5枚生えている。
この姿には見覚えがあった。確か昨日線路で俺を襲ってきた奴だ。ものすごく弱かった。あの時のは俺の必殺技?で確実に枯れて死んだ筈だから、こいつは別の個体だろう。
こんな奴に大の大人が5人も倒されたとはちょっと信じがたいが、一人は倒れる瞬間を見てるからなぁ。一体どうやって…
こいつは人の形っぽい根っこがそのまま人間と同じ様な動きをするようだ。二股に分かれた根の先端を交互に動かしてこちらににじり寄ってくる。なんに使うのか分からない腕のような突起。その上の顔とみられる部分にはまるで口の様な小さな穴が空いていて、小刻みに何事か呟き続けている。
はっきり言って気持ち悪い。
このまま昨日と同じ様にやっつけてあげてもいいのだが。
「魔物め!どこに隠れてやがる!さっさと出てこい。」
今はやめておこう。
猟師は4人の側を動かずに、じっと銃を構えている。今ここで物音を立てれば確実に巻き添えを喰らうな。そこで倒れている一人だって危険にさらされる。詳しい事は知らないが散弾の威力は広範囲に及ぶのだ。
最悪の事態を想定して身動きが取れない俺にゆっくりと近付いてこようとする魔物。頭から伸びた葉っぱがうねうね動いて擦れあう。
カササ、カサササササ!
おおいっ!あんま物音たてんなよ!俺まで撃たれるだろうが馬鹿たれが。
カササ、カササササササ!
こいつ俺が動けないのをいいことに調子に乗ってるのだろうか…そう思った途端、急に怒りが込み上げてきた。
「黙ってろって…」
後ろに貯めた重心を瞬時に前方に移動させて、
「言ってんだろがっ!」
全力で体当たりをする。
どーん!
あれよあれよと魔物は飛んでいき、
ぽてん。
猟師が構える銃口の2~3m先に落下した。よし、ナイスアシスト!
だが、
「うわ、ま、ままま、魔物?」
事もあろうに猟師の方が驚いてしまった。その一瞬をついて魔物の口から何かが吹き出される。あれは、毒霧か何かか?
「何だ、くそ!」
寸でのところで身をかわす猟師。直撃は免れた様だが、その間に魔物が茂みの方へと隠れてしまった。
おそらく倒れている人達は今の毒攻撃にやられたのだろう。全員生きているところをみるに致命傷には至らない様だが。
「やぁりやがったなぁ!この野郎!」
パーーン!パーーン!
魔物が隠れている方へ向けて銃が放たれる。
パーーン!パーーン!
弾を込めつつ何度も何度も。
パーーン!パーーン!
おいおい何発撃つ気だよ。てか、あれ?そっちじゃなかったと思うんですけど…
「しぶてえな…何発当てたら死ぬんだよてめえは!」
パーーン!パーーン!
だからそっちじゃないって!まさか…
「うわ、く、来るな!」
パーーン!パーーン!
どうやらその猟師は幻覚症状を起こしているようだ。あの魔物が吐き出した霧は直撃すれば昏倒、カス当たりでも幻覚を起こさせると言うことか!
「な、なんだ?何も見えなくなったぞ!うわぁーーー!!!」
パーーン!パーーン!
見えないなら撃たないで!と言いたくなるが、パニックに陥ってしまったのだろう、辺り構わず乱射を続けている。このまま放っておけばいずれ弾が尽きるだろうが、腰帯にはまだ大量の残弾がストックされていた。俺は隠れていれば問題ないが、倒れている人達は無事では済まない。
「やめろ!落ち着け!」
と遠巻きに声をかけてみるが効果がない。銃声にかき消されて届かないみたいだ。
やむを得んな…
わさわさわさっ!
俺は猟師めがけて猛ダッシュした。
パーーン!パーーン!
連発できるのは2発までだ!替えの弾を取ろうと腰帯に手が伸びるその瞬間、
「フライングアタック!」
残ったもう片方の手、銃を持つその手に体当たりをする。錐揉み回転のおまけ付きで!
バシィッ!
よし、銃を落としてくれたぞ。
「どこだ、どこだ」
落とした銃をおろおろと探している猟師。まるで眼鏡を探す人みたいになっている。
「そっちじゃないよ、あっちあっち、そうそう、もっちょっと右!」
適当に教えて銃から遠ざけておこう。
ザッザッザッ…
あちこちから聞こえて来る足音、他の猟師達が近付いて来ているみたいだ。
「皆、それ以上近付くな!魔物は幻覚作用のある毒を使うぞ、下手に喰らえば同士討ちになる!」
周りからは、このおろおろしてる人が言ったように見えるよね。
「何、毒だと?」
「厄介な…」
「離れた場所から確実に狙うしか…」
周囲から聞こえる猟師達の声。かなりの数が集まってきている様だ。今どれだけの銃口がここに向けられているか分かったもんじゃない。
それにしても…
魔物が逃げ込んだ茂みの方へ意識を向ける。
カサカサカサカサ!
いた!相変わらずこちらを威嚇しているようだ。
俺が魔物の近くまでいけば倒すことは可能だろう。だが、この草の多い場所では移動するだけでもかなりの物音をたててしまう。それでは魔物のもとにたどり着く前に、周りを取り囲む猟師達に狙い撃ちされるのは確実だ。
昨日やっつけた時は取るに足らない相手だった。だが、出会うシチュエーションによってはそうではなくなるという事か。特に森の中で銃を扱う猟師なんかにとっては、こいつの攻撃は凶悪過ぎると言ってもいい。
「やってくれるじゃないか…」
状況は最悪だった。
現状打つ手が全く思い浮かばない。そんな重たい沈黙がまとわりつく中、その沈黙を破る者がいた。
ガサガサッ!
思いも寄らない方向から激しい物音がした、驚きながらそちらを見ると、
「ガウバウガウバウ、ガルルルル、」
低く唸るような咆哮を放ち続けながら、魔物へと突進する黒い影。
猟犬だ!
それを察知したのか、いったん茂みの奥へと入っていく魔物。そこに猟犬が突っ込んでいくが…
「ガウーッ!ガ……」
咆哮が途切れた。再び訪れる沈黙。
「どうだ、やったか?」
周りの猟師の誰かが呟くが、今の感じではおそらく駄目だったと思う。再び茂みから姿を現す魔物。葉のこすれる音が微かに聞こえて来る。
偉いぞ猟犬よ、君はよくやってくれた。ナイスアシストだ。
「ガウーッ!」
森に轟く咆哮。そう、俺の声だ。誤射されずに済む方法を猟犬が教えてくれた。
「わんわんわんわん―!」
犬の鳴き声を真似ながら魔物めがけてダッシュする。ふん、今更茂みに隠れても無駄だっ!
わさわさっ、ぴょーん!
茂みを飛び越えた瞬間、視界が霧に覆われる。しまった、毒か!
『……』
あれ、なんともないや。そうか!
「残念だったな。植物の俺には植物由来の毒は効かないみたいだぜ。」
驚き固まる魔物。まぁ、意味は分かってないよな。人間の言葉が通じる植物なんてそうはいない筈だ。
「ガルルー!」
犬の鳴き真似と共に体当たりを何発も喰らわしてやる。その度に周りの草が激しく揺れてガサガサ物音がする訳だが、端から見たら猟犬と魔物が揉み合っているようにしか見えないだろう。
「わん!(おらぁー)」
どごぉっ!
魔物の動きが止まった、今だ!
『アレロパシー放出―』
「まて、最小出力だ!」
意識の中の不思議な声がアレロパシーと言って譲らない変な音。植物に対して特効があるのはわかっているが、人間や他の動物にどんな影響があるか分からないからな。
ふらふらの魔物へそっと身体を密着させ、
「もわん…」
ごく小さな音波が俺の身体から魔物の身体へと直接伝わっていった。
しゅわ~
萎れるような音をたてながら、魔物の葉っぱが瞬時に茶色く変色する。そして全ての葉っぱが枯れて落ちると同時に、
ぱた―
人の形によく似た根っこがその場に力なく倒れた。