茂みを見つめる視線
本当にやばい状況だった。一歩間違えば大惨事になっていたかもしれない。
『緊急回復モードに移行――』
「断る!」
『緊急回復モード移行を中止――』
今は眠っている場合じゃないからな。しかし断る事も可能だとは。この技を使う事自体はエネルギーを消費しないということか、それとも出力を最小限に抑えたからか。どちらにせよ緊急回復モードはキャンセルも出来るということだな。憶えておこう。
魔物を倒した俺は地べたに横たわる根っこを見下ろしながら、少しだけ安堵していた。しっかし変な形の根っこだなぁ。
人間の四肢の様に分岐している根。顔の部分に空いた穴。人間を昏倒させ幻覚を引き起こす毒。
はて、どこかで聞いたことのあるような。
「――が、引き抜かれるときに叫ぶのは常識でしょ。」
あのお方から発せられた言葉が甦る。あぁ、ひーたんと同じで声も良いんだよなぁ。それは今はおいといて……
ひょっとしたらこの魔物は……
色々考えようとしたが途中で止めた。それよりも今は魔物が倒されたことを早く猟師達に周知した方がいい。お、丁度良い茂みがあるぞ、あそこに一旦隠れよう。
そして周囲に聞こえるように叫んだ。因みに俺の中では、たまたまここに隠れている猟師の一人という設定だ。
「皆っ!わんこがやってくれたみたいだ、魔物が死んでるぞ!」
「おお。」
「本当か。」
所々であがる歓声。危険が無くなったことで周囲に潜んでいた猟師達が集まってくる。20人はいる、左側に登ったほぼ全員ではないだろうか。彼らからは見えない位置に隠れたままで、俺は言葉を続けた。
「俺は近くで見てたんだが……、倒れている連中は毒にやられたみたいだけど息はあるようだ。すぐに山を下りて医者に看せた方が良いだろうな。それから――」
大事な事を伝えておかねばならない。
「そこでおろおろしてる奴は幻覚を起こしている。治るまで絶対に銃を持たせないでくれ。」
先程のパニック猟師は未だに落とした銃を探し続けていた。猟師仲間から肩を揺すられ「おい、しっかりしろ」とか言われている。
その時、
「――ピィー、ピィー、ピィー。」
かなり遠くの方に笛の音が聞こえた。3回、魔物との遭遇を知らせる合図だ。やはり、この根っこの魔物は一匹や二匹じゃないらしい。
「右に行った連中か!」
「まだ、魔物がいたのか。」
ざわつく猟師達。中には助けにいくか、みたいな事を言ってる人もいるがどうか止めて欲しい。あの魔物が相手では銃を持った人間が多ければ多いほど危険が増すのだ。
俺は茂みの奥から猟師達を宥めるべく言葉を発した。しつこいようだが、この茂みから訳あって動けない一人の猟師という設定だ。
「仲間の救出が最優先のはずだ、担いで降りる人間をここにいる皆で護衛しながら早く山を降りた方が良い。」
「確かにそうだな。」
納得が得られたようだ。猟師達は素早く下山の準備に取り掛かった。倒れている人を背負おうとしている人達を横目に、何人かが固まって話をしている。
「どうする?仲間も無事見つかったんだから、総員下山の合図をした方が良いんじゃないか?」
「あれはおやっさんの判断じゃないと駄目なんだ。」
「反対側だよな、誰かが伝えに行かないといけないのか。」
おやっさんってあのリーダーらしきおっさんの事かな。こっちの方には来ていないみたいだけど。リーダーの判断じゃないと総員下山とはならないのか。彼らの話は続く。
「怪我人を背負って山を降りるのは大変だぞ。護衛は一人でも多い方が良い。」
「だが、右側の連中を放っておく訳にはいかんだろ。」
「誰が行くかだよな。」
「うーん……」
なんだこの空気?誰も名乗りをあげようとしないぞ。怪我人を背負っている者も含めてその場にいる全員が、誰とも目が合わない様に斜め下を向いている。一体どうした事だろう。まさか魔物にビビってるとか?いや、それはないよなぁ。
怪我人で思い出した。
「ところで、魔物をやっつけた時に毒をくらった様だ。誰か頼む。」
俺じゃなくて猟犬の事ね。それを聞くなり我先にと猟犬の方へ駆け寄っていく猟師達。
「おぉ、本当によくやってくれたな……お前は俺が担いでやろう。」
「いや、それは大変だろう。俺がやるよ。」
「大丈夫。大丈夫だから。」
何なんだ一体?ああ、猟犬担いだら右側に行かなくて良いって事か。そこまでして行きたくないのだろうか。
「ところであんた。」
徐に、猟師の一人が話しかけてくる。俺の隠れている茂みに向かってだ。
「な、何だ?」
ぎくうっ、怪しまれたか。今回集まった猟師達全員が面識がある訳ではないから大丈夫だろうと思っていたけど、幾らなんでも隠れたまま出てこないってのはおかしいよな。
「ずっとそこから出てこないけど腹でも壊したのか、大丈夫か?」
うん良かった、心配されてるだけだった。気がつけば他の猟師達も心配そうにこっちを見ている。違うから!そんなんじゃないから!
「ああ、靴紐が何回もほどけるもんでな、二度とほどけないように何重にも結び直しているのさ。」
言った後でとてつもなく苦しい事に気付く。
「判ってるよ、気にすんな。」
かつて人間だった頃に向けられたどの顔よりも優しい笑顔で言われた。判ってないよね、絶対判ってないよね?
そこから、その猟師は神妙な面持ちになって言葉を続けた。
「ところであんたに頼みたい事があるんだ。俺達は今から直ぐに山を降りようと思う、怪我人が心配だからな。そこであんたに、おやっさんの所までこの事を伝えに行って貰いたいんだが、どうだい?」
そんな大事そうな任務を大根たる俺なんかが引き受けていいのか。そう一瞬戸惑いもしたが、俺自身右側へは行くつもりではいた。今の俺にとっては魔物がいるところは須らく、どんな事をしてでもでたどり着くべき目的地となるのだ。全ては、あのお方に再びあいまみえる為に。それに、仲間が無事に見つかった以上一刻も早く猟師達に山を降りて貰いたいという気持ちもあった。幻覚に陥るリスクを考えれば、残るのは一人でも少ない方が良いのだ。
断る理由はないな。
「良いだろう、俺が引き受けよう。」
俺がそう答えると皆の顔に一様に喜色が浮かんだ様に見えた。なーんかさっきから大げさなんだよな、反応が。気のせいかな。
「引き受けてくれるか!有難い。それじゃ俺達は今から出発するから、あんたはゆっくり用を済ませてから向かうといい。」
だから違うって!まぁいいか、都合のいい方に勘違いしてくれて逆に幸運だったと捉えるべきだろうな。納得はいかないけど。
「ああ、それから。」
既に去って行こうと背中を向けている猟師達を呼び止める。言うかどうか迷っていた事があったんだ。確証がある訳ではないが、ほぼ間違いないと思うからやはり伝えておくべきだと思った。
「魔物が放った毒なんだけど、恐らくマンドレイクの毒だと思う。医者にそう伝えてくれないか。」
「……分かった。」
一人の猟師が立ち止まって短く返事をする、それから半身になってこちらを振り返った。
「あんたには厄介事を押し付けてしまったな。」
「気にするなよ。皆も気を付けてな。」
下山の途中で魔物に遭遇しない事を祈るしかない。
「ああ、あんたも無事でな。頼んだぜ。」
それだけ言い残して、猟師達は皆足早に山を降りていった。




