三
かれこれ五時間後、やっとのことで仕事が終了した。
「有難う御座いました」
「んんや。こちらこそだよ。これ、僅かばかりだが受け取ってくれ」
主人がマイクに手渡したのは、僅かとは言い難い現金の入った封筒だ。これを見たマイクは、ブンブンと首を振ってお金を突き返したものの、主人は、「駄目だ」と言ってマイクの手の内に収めた。
「少なくとも、今日お前は一生懸命頑張った。これは、そんなお前が受ける当然の結果なんだよ」
「おじさん……」
マイクは手の中にあった封筒をしっかりと掴み、「ぼ、僕こそ、今日は有難う!」と深く礼をした。これに、主人は優しい微笑みを浮かべて頷く。この様子、もしや今のマイクの状態を知っていたのでは……? なんて野暮な話は、この際口にしないでおこう。
… … …
今まで俯いてばかりいたマイクが、今回ばかりはお金を抱きしめて嬉しそうに笑っていた。出来ればこのまま城へ帰りたかったのだが、そんなところへやって来たのだ。アイツらは。
「アニキ、コイツだよ! コイツが俺にケンカ売りやがったんだ!!」
などと言ってやって来たのは、先程八百屋から逃げ去っていったガラの悪い男だ。今回は、下っ端Aと呼んでおこう。
下っ端Aがそこまで言うと、後ろにいたいかにもガタイの良いまんまるとした山賊のリーダーが、僕らの下へ歩み寄って来た。
「オイ。うちの若いのによくもちょっかい出してくれたなぁ」
「いえ、彼はむしろあのお方に意地悪を言われていただけです」
「眼鏡は黙ってろ!!」
何故だ。何故眼鏡だと黙らないといけないんだ……!! これは眼鏡をかける全ての人への冒涜だ! それを聞いていた、僕の二つ隣にいる姫はゲラゲラと腹を抱えて笑う。それが喧しかったからか、それとも美人だと思ったからなのか。リーダーは姫をひょいと抱えて部下に投げ渡した。姫を受け取った瞬間、部下達は姫を数人で持ち上げて走り去っていった。
「あ!」
驚いて口を開いたマイク。その隙に手に持っていた封筒を奪うと、リーダーはそれを下っ端Aに投げ渡す。
「慰謝料はコイツで勘弁してやるよ」
「そ、それは僕の」
「あん? コイツに誰のもクソもねーんだよ!!」
リーダーは拳裏をマイクの頬にぶつけた。マイクが倒れたので咄嗟に抱えていると、その間に山賊達は走り去っていった。チッ、足と悪知恵だけは速い奴等だ。
「……ごめんなさい。大切なお姫様を」
「いいえ、アレはどうでも良いんです」
「え、良いの……?!」
「絶対に返してもらいましょう。貴方が心をすり減らして貰った給料を」
僕が言うとしばし驚いたようにマイクは僕を見る。だが、すぐに頷くと、「絶対に返してもらう、僕のお金……!」と僕の肩を借りて立ち上がった。
… … …
一回目、姫を抱えて逃げ去った山賊達は確かこの奥を曲がっていったはずだ。身なりからして、確かにあれは山賊だった。となると、見えるのは、あの山の上の大人数でも住めそうな大きな家くらいか。少々距離があるな。これをショートカットするとなると……。
仕方ない。あまり人前で披露したいものじゃないが、今までだって散々披露して来たんだ。もう躊躇うことも無いだろう。
マイクを横抱きで抱えると、僕は一歩踏み込み、そこから高く跳躍する。これにはマイクも目を丸くして驚いていたが、やがて嬉しそうに僕の肩に手を回した。
「まるで物語みたいだ……!」
そんなことを、姫も考えながら過ごしてきたのだろうか。だとしたら、この先の物語の展開に彼女は納得しているのだろうか。いいや。もっと言えば、この先彼女は幸せになれるのだろうか。他人のつもりでいたのだが、少々長く付き合いすぎたか。やはり彼女の行く末が気になってしまう。
いやしかし、今はそんなことを考えている場合じゃない。そもそも、肝心の姫がさらわれているのだから。ラネット王子以前に、あの野蛮な奴等と結婚する道だって在り得るかもしれない。急がないとな。
切り立った崖の僅かなデコボコに足をかけ、僕は高き道のりを悠々と飛び上がっていった。
… … …
山賊の家らしき場所に着き、僕は目の前のドアノブに手をかける。
「たのもー!!」
なんて、姫がいたら言いそうだが、残念ながら此処に姫はいない。
マイクを後ろにやり、僕は無言で扉を開く。するとその瞬間――。
「いやぁっ!!」
あの下っ端Aが、下っ端Aが着替えをしていた上に、着替え途中で見られたことに驚き、女性のような叫び声を上げたのだ。……姫がいないんだから、こういう流れはカットして欲しい。
そこへ、リーダーが駆け寄ったかと思えば、男らしく下っ端Aの前に立つ。
「ど、どうしたマサ! ……ってお前等、俺のマサの裸見てんじゃねーよ!!」
衝撃の事実が分かってしまった。俺のマサと言うことはつまり……そういうことだよな?
「……あの人の名前、マサって言うんだ」
違う、違う、違う。そうじゃない。そうじゃないぞマイク。つまり、下っ端Aことマサは、リーダーと出来ていると言うことだ。
それはそうと面倒だな。姫がいないと言うのに、このカオス空間。僕はこれを意地でもツッコみたくないし、マイクはむしろボケだし、此処にどっちでも出来る姫がいないのはでかい……。
僕が困りてて気を抜いていたのが悪かった。隙をついてリーダーが僕の下へ駆け寄ってくると、僕の腹に重たい一発をぶち込んでくる。ついでに真後ろにいたマイクにもぶつかり、僕達は木製のドアを突き破って五メートル先の木にぶつかった。
「ま、マイク…無事か!」
僕はタフな方なので大丈夫だったが、マイクの方を見てみると、何とか呼吸をしているが、口からわずかに吐血していた。僕が気を抜いていたばかりに……。
もしや作戦だったのかとリーダー達の方を見てみれば、マサはもう着替えを終え、それを、「大丈夫だったぁ?」と言わんばかりに頭を撫でるリーダーが見えた。現実って、恐ろしい。
マイクをこのまま安静にしておきたいところだが、此処は山の上。山賊がどこにいるとも限らない。かと言って、敵を目の前にしてずっとこの状態か? その間に姫は? あそこの山賊が皆男好きとは限らないし、仮にそうだとしても、あのような美しい姫、売られる確率だってある。そんなことをさせるわけには……! 思わず頭を抱えながらも、僕が一時間近くをこの場所で過ごすこととなった。
… … …
あれから約一時間半。どうしようか未だ迷う僕。そこへ、扉の方へと商人らしき男が一人入って行った。もしや、あれは……!
少しの間なら、マイクを放っておいても大丈夫か? いや、でもこの間に彼の体調が悪くなってしまっては……今思えば、一旦彼だけ城に返してやれば良かった。しかし今から降りても、余計に時間を食うだけだ。だとすれば、商人達が外へ出てきた一瞬に狙うか。
「……モモロンさん、僕は、大丈夫」
ハッとしてマイクに目をやる。マイクは僕を見ると、こくんと頷いた。ある程度時間を置いたことで体力が戻って来たのか? しかし、彼一人にして大丈夫だろうか。不安げに僕が見ると、マイクはゆっくりと木にもたれかかり、再度頷く。
「行って来て。……心配なんでしょ? お姫様が」
「ええ。一応、我が国の姫ですから」
僕が答えると、マイクは笑顔で頷いた。そうだな、この短時間なら、僕がすぐに中の人間を倒せば、マイクが狙われることはあるまい。
僕はマイクに頭を下げ、山賊達の下へと急いだ。




