一
翌日、僕達は今度こそ真っ直ぐに城へと帰って行った。
城に着いた際に思ったのは、やはりこの国の人々は姫にさほど興味が無いと言うこと。
と言うのも、国の入り口はおろか、城門の前ですら人がいなかったのだ。いや、正確には一人いたな。カレブと言う、一人だけまともな青年が。
「お帰りなさいませ! 我らが姫、そして若大臣!!」
「その言い方はやめろ、カレブ」
「ははは! 良いではないか。若大臣、良い言葉じゃよ」
姫は終始笑っていた。それはもちろん、今回の旅を振り返っての話である。恐らく、彼女の頭のネジは数本緩んでいるのでは無いだろうか。
「こんなところで立ち話もなんですから、どうぞ城内へ」
笑う姫にはにかんでいたカレブだが、その表情をキリッと整えると、城内へと手を差し伸べる。姫が、「うむ」と頷くと、僕達は城内へと歩き出した。
… … …
カレブに今までの話をしつつ、向かっていたのは王の間だ。少々顔を合わすのが億劫だな。エロス様は、ご自身の大嫌いな公務を予定にない二日もさせられたんだから。嫌味の一つや二つは言われるに違いない。
姫がスッと片手を上げると、門番が扉を押し開く。すると、そこにはしかめっ面のエロス様が――。
「イリスー!!」
エロス様が……いなかった。その代わりに、可愛い妹にダッシュで抱き着きに来ようとしたエロス様はいた。いたのだが、エロス様が両手を広げて飛び込んできた所を姫は即座に体を屈めて避け、エロス様は姫の真後ろで転げ倒れる。それにしても今の姫の動作、素人とは思えない程機敏だったな。
「姫、お兄様がビー玉の如く転げていますが?」
「大丈夫じゃ。今日の兄はビー玉なのだから」
成程な。僕達は頷くと、それぞれ自分の行きたい場所へと散らばることになった。姫はエロス様が座っていた王座に座り、アズキとアランは一旦宿舎で休もうと移動し、そして僕は……。
「モモロン、今日の僕はビー玉だったのかい!?」
僕も兵士達の下で腕を鍛えようと思っていたのだが、一階へと降りようとする僕を、エロス様が必死に引き止める。それも、笑顔だ。何時になく笑顔だ。その笑顔が怖いので、仕方なく僕は振り返る。
「君、僕が笑顔だから仕方なく振り返ったようだけど、僕が本当に怒る時はクスリとも笑わんからね。笑ってるだけマシだからね」
「そうですか。では、ちょっと兵士達の下へ」
「ストップ! そうじゃないだろう君!! ちょっと来なさい」
エロス様は僕の手を引き、裏庭の方へと歩き出した。
… … …
何をされるか大体お気づきだとは思うが、一応説明しておこう。エロス様は、僕に数日影武者をやらされた時の愚痴を話しだしたのだ。
「本当に辛かったんだから! 幾ら女装して声を機械で変えたからと言って、僕はイリスの言動を完璧には知らない!! 語尾に”~じゃ”って付けるの大変だったし、何より聞いてくれ!!!」
エロス様は僕の肩を掴み、鬼気迫る表情で言った。
「コイオス王が! コイオス王がとてつもなく卑猥な妄想をしていたんだ!!」
え、それならエロス様と一緒な気が……。
「今君、何時もの僕と一緒だと思っただろ!? 違うぞ、僕はあんな如何わしい妄想など……」
「エロス様って、人の心読めるんですか?」
「読めないと前にも言ったはずだ!」
いやしかし、僕の思いを普通に読んでいたと思うのだが。第一、エロス様の考えてることこそ、コイオス王が考えてそうなことで。
「だから考えてないって言っているじゃないか!!」
やはり読んでいるじゃないか。
「……うっ」
僕の心理攻撃を受けたエロス様は、困ったように目を瞑って頭を掻いた。しかしすぐに気を持ち直すと、僕に目を向ける。
「本当なんだ、信じてくれ。コイオス王が、あのコイオス王があんなことやそんなことを考えていたんだ。擬音で言うならば、アッハーン、うっふーん、イエースアイアーム」
と言うことは、アズキの名前は如何わしい擬音と言うことになってしまうな。可哀想に。
なんてことを考えていると、どこかで華奢なくしゃみが聞こえてきた。ああ、可哀想。
「君、話を聞いているのか?」
「聞いてないです」
「聞けよ! 仮にもここの国の王の兄だし、別の国の息子でもあるんだぞ!?」
すまん、要素がありすぎて良く分からない。
「とにかく、仮にもイリス姫に扮した僕、つまりイリス姫の前でそんなことを普通考えるか!? R-18だぞ! チョメチョメピーピーだぞ!!」
「しかし、人の妄想をとやかく言うのも……」
「君は優しいのか冷たいのかはっきりしろ」
的を得たツッコミにぐうの音も出ない。強いて言うならば、僕は冷たいか優しいかは分からないが、人に興味が無いと断言出来る。
「……そんな冷たいことを言うなよ」
「エロス様、顔に書いてあるのは分かりましたが、心の声に返事しないで頂けませんか」
「あ、はい」
その後も、エロス様の長ったらしい愚痴は続いたのだが、それが一瞬にして晴れたのだ。理由は当然、コイオス王と同じように、目の前に美しい女性が現れたから。それに、可愛い女の子もついているな。
「あの……」
紫色の髪を、包帯のような白く長い布で二つに結った女性が僕達に声をかけてきた。その途端、エロス様は僕から手を放し、さわやかに髪をかき上げる。
「何だい子猫ちゃん。僕と夜の帳を散歩したいの?」
先程までの態度はどうした。とつっこんでやりたい。
「いえあの、今日挨拶したいのは此方の方で」
と言って女性が指さしたのは僕だった。僕が、「はい?」と首を傾げて前へ出ると。隣から如何にも悔しそうなオーラが伝わってくる。彼の言う、顔に書いてあるを言葉にするならば、「何で君なんだよ」かな。
女性は太ももに手を当て、深々と頭を下げた。
「モモロンさん、うちの旦那を長旅に誘って頂いた上に、旦那が負った怪我まで負って頂き、有難うの一言では言い表せませんが……本当に、本当に」
「もしや、アランの奥さんですか?」
僕と言うか、姫が長旅に誘い、妻のいる人と言えばその人くらいになる。僕が尋ねると女性は深く頷く。そうか、彼女がマリアさんさんで、彼女の足元でもじもじしている女の子がマツリちゃんか。
「どうか、お手を貸しては頂けませんか?」
「はい。こんなんで良ければ」
僕の了承を得ると、女性は僕の手を持ち上げ、そっと服の袖を捲り上げる。そこには、多少血に染まった包帯が巻かれている。これでも、何度か姫やアズキに巻きなおしてもらっているのだが、やはり傷は深いようだな。女性は少しだけ包帯を解くと、悲しそうに眉を下げた。
「ごめんなさい、あんな宿六の傷を負ってもらうなんて」
「良いんですよ。アランは僕をかばって傷を負ったんですから」
「でもよ!」
え、でも? 僕は首を傾げる。
「でも、宿六の言う攻撃では、確かここがこうであそこがこうなったそうじゃないですか。その攻撃を、直に食らうだなんて! たるんでいると思いません?」
「ええっと……」
確かに、僕が気をしっかりと持っていればそこは剣で太刀打ちして避けることも出来なくは無かったが、そもそも僕が気を抜いていたからああなってしまったわけだし、アランを否定するわけにはいかないような……。
「ですが奥さん、アランは必死に戦いました。戦うことを知らない人が、そう言うことを言うのは」
「モモロン」
エロス様が僕に声をかけた後、首を横に振る。まだいたんだ、ってツッコミはしないでおこう。
「彼女は結構強いぞ。な? 子猫ちゃん」
「え?」
僕とエロス様が見ると、マリアさんは困ったように微笑んだ。
「以前は、この城の女兵士を率いていたこともありましたけど……今は全然」
「女兵士を……」
「それも率いてるんだぞ? つまりは、団長ってことさ。アランが惚れてこの国のスパイになったきっかけになったのだって、この子猫ちゃんの戦いっぷりを見てからなんだ」
「そもそも、アランをご存じだったんですか?」
「うん! だって、アズキちゃんやアランを採用したの、僕だからね!!」
エロス様は簡単に言ってのけた。色々ツッコミたいところは多いが、敢えてここで言えることは、そりゃあ姫も覚えてないよな。ってことである。




