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モモロン  作者: 素元安積
十五・寄道
35/66

 少年曰く、リュウタと言うのは、先程アズキに話しかけていたミヨさんの息子のことらしい。ちなみに、ミヨさんが抱いていた赤子のことではなく、その兄に当たる。年は五歳だそうだ。黒髪で、日に焼けた小麦色の肌をしており、甚平と呼ばれる着物を着ているそう。


「で、ひゅどらって言うのは何じゃ?」

「あ! 泥棒!!」


 少年が姫を指差して言う。その瞬間全員の視線が姫に集中したが、姫は謝る様子は無い。それどころか、少年の着物の中へ手を突っ込んでまさぐる。少年が顔を真っ赤にして慌てている。何か理由があってやっていると思うが、もしおふざけで手を突っ込んだのならば、僕もこの手を握りしめなければなるまい。


 用心して姫を見つめていると、少年の着物の中から一枚の銀貨を取り出した。


「お金はちゃーんと、払っておるぞ?」

「なっ……! そ、そんなの言い訳だ! その金がお前のだって証拠は無いぞ!!」

「それより(ぎん)、竜太がさらわれたってどう言うことなの?」


 アズキに話を促され、ギンと呼ばれる丸っこい目をした少年は、今の状況を思い出す。


「そうそう! こんな泥棒に構ってる暇は無かった!!」

「モモロン、こいつしつこいな。泥棒じゃないって分からせる証拠は無いのか?」

「姫、お金を払うなら面と向かって直接手渡せば良いんです。次回から実践してみて下さい」


 アズキに事情を話すギンの下に姫が向かうと、ギンとアズキの間に入り、ギンの胸元に再度手を突っ込む。二度目ながらも、顔を赤くして慌てるギンだったが、姫は気にせず懐の銀貨を取り出す。そしてそれをどこぞのお付きの者の如くギンへと突きつける。


「しかとご覧あれ!!」


姫はギンとアズキの視線を集めると、ゆっくりとギンに銀貨を手渡す。


「見たな。お金はキッチリと払ったぞ」


ギンとアズキは五秒後程固まっていたが、「分かった。分かったから退けろ」と姫を押し退けると、ギンはアズキへと事情を話し続ける。彼、扱いを良く分かってるな。


「……ってことなんだ」

「そう。それは大変ね」


 ギンにスルーされた姫は、僕へとやりきったと言わんばかりの得意げな顔を見せて戻ってくる。


「分かってもらえたぞ!」

「良かったですね。で、アラン。二人の話聞いてたか?」

「バッチリだぜ」


 アランの話を聞いたところ、ヒュドラと言うのは、この森を東に行った、ヒュドラの祠と呼ばれる場所に住むドラゴンなのだと言う。ヒュドラは九つの首を持った、恐ろしい見た目のドラゴン。今まで祠に封印されていたと言うのだが、さらわれる辺り、誰かが封印でも解いたのだろうか。


「首が九つ? その場合、どの首に挨拶すれば良いんじゃろ?」

「姫、ヒュドラに挨拶は無用ですよ」

「いやしかし、話し合いで解決する場合だってあるじゃろう」

「言われてみればそうですね」


 アランは成程と納得する。此処の二人は、馬鹿と言うところで通ずるらしい。人をさらうようなドラゴンと、話し合いで解決出来るわけが無いだろう。


「本物の首を見分ける方法はあるかのう」

「……姫、多分首は全部本物ですよ」

「何!? じゃあ、九体分のご機嫌を窺わねばならんのか! 困ったのう」

「そうですねぇ。とりあえず、ドラゴンが喜びそうな手土産でも持ってきますか」

「ドラゴンが喜びそうな手土産ってなんじゃ? 地層か?」


地層をどうやって持ってく気だ、地層を。


「そりゃあ無理ですって姫様。世界への悪影響が大きすぎる。もっと現実的に持ってけそうなものは無いですかね?」


 あのアランがつっこむくらいだ。姫の発言がどれほどオカシイのかお分かりいただけたであろう。にしても、アランのつっこみもちょっと的がずれている気がするけどな。そもそも地層と言うチョイスがオカシイとは思わんのか。


「じゃああれか、よく原始人が作る骨付きの肉」


それじゃあ共食いになりますよ姫。


 二人はその後も中身のない会話をし続ける。退屈に感じた僕はアズキの方を見ると、アズキはギンと共に長老宅を飛び出していった。幾らアズキが強いと言っても、相手は九つも首のあるドラゴン。僕もついていった方が良さそうだな。僕はアズキを追いかけた。


「あ! 待つのだ!! アラン、頼む」

「がってんでい!」


 やかましい声がするので振り返ると、アランが姫を抱えて僕の隣へとやって来た。


「置いてくなんて冷たい男だねぇ、モモロン」

「知らなかったか? 僕が冷たい男だってこと」

「何言っておるのだ。そういう事は、冷え性になってから言えい!」

「そうだそうだ!!」


……この二人、アズキがいないと本当にやかましい。


 … … …


 耳にタコが出来そうな程構ってくる姫&アランのお喋り攻撃からも耐え、僕達は祠へと着く。その祠は石造りの、とても大きな祠だ。大きさや奥行きからいけば、一種の建物とも言える。


 地上に着地し、僕はアズキの隣へ移動する。理由は単純に、アズキが一番この中でまともそうだからだ。


「吟、貴方はここで、姫と一緒に待ってなさい」

「いやだ! オラも行く!!」

「そうじゃそうじゃ! オラオラだって行くぞ!!」

「馬鹿野郎! アホ、オラの真似すんなボケッ!!」

「あのなぁ。馬鹿なのか野郎なのか。アホなのかボケなのか。しっかり私に対する悪口を決めてから罵倒するのだ」


 姫の切り返しに、ギンは、「そ、そうか……」と納得する。時間が無い中、ギンは急いで結果を決める。


「とにかくオラの真似すんな! この、オタンコナス!!」


最終的に違うものになってるが、それで良いのか? ギン。


「でも……幾ら強い人間が二人いるって言っても、戦えない人間を三人も守りながらって言うのはきついわ」

「アネゴ。まさかその二人はアネゴとモモロンのことじゃないですよね」

「相手は首が九つもあるドラゴンよ? 姫、吟、アランを守りながらどう戦うべきだと思う?」

「うわっ! 名前言った!! 俺そんなに使えないですか!?」

「まぁ、それは行った時に考えよう。人質もいるんだから、四人になるだろう? どっちにしたって守る人間は多い」

「おーっとおっと。まさか親友にこんな簡単に裏切られるとは」


 真後ろのアランがやかましいが、僕はアランと親友になった覚えはない。冷たいことを言うようだが、僕は親友と言う存在を作る気は無いのでね。


「マリア、俺はお前の所に帰りたくなったよ」

「ナウオンセールしてそうなセリフじゃな?」

「いや、オラに聞かないでよ……」


その後ろもやかましいな。本当はお喋り度で行けば三人とも外で待っていて欲しいのだが、此処でそれを言うと、アランが傷心して本当に実家へ帰ってしまいそうな気がする。僕とアズキは頷きあって前へ進みだした。


 … … …


 進めば進む程、ドラゴンの呼吸、呻き声が大きくなっていく。近づいているようだ。


「あの扉の奥にいるわね。みんな、心の準備は良い?」

「ちょっと待った!!」


 アズキの一声に、待ったをかける姫。あまり期待はしないが、一応視線を向ける。姫は掌に”嫌悪”の字を書いて飲み込んだ。せめて人を飲み込んでくれ。


「何で嫌悪を飲み込むんだよ」

「世の中、良い感情を持った人間ばかりがいるわけじゃない。相手の嫌悪の感情を飲み込めてこそ、人は立派になれると言うものなのだ」

「お前、すげぇな……」


……ギンは幼さゆえに、まだ気づいていないらしい。これが、今の状況に何も関係が無いことを。


「アズキ、行こう」

「そうね」


 僕とアズキは扉へと駆け寄り、二人でその扉を押し開いた。


 すると、目の前には赤黒い肌に、九つの首が動くヒュドラがいた。その奥には、小麦肌の少年が横たわって眠っていた。


「竜太! 今助けるわ!!」


 僕とアズキは武器を構える。その隣で、アランが前に出るべきか迷っていたが、姫とギンに背中を押されると、アランもクナイを構えて一歩前に出た。

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