3-6 女性騎士様は生真面目すぎる(3/4)
「…………私……、彼にひどいことをしてしまったと思っていて……いつか、ちゃんと謝りたいんです。その……かなり昔の、私たちがまだ幼い頃の話なんですが、私とゼノンの婚約話が持ち上がったことがあったんですよ。でも私、どうしても彼を夫にというのは想像できなくて……」
ああ~……。そういう関係の話ね……。確かにゼノン様にとっては、婚約は一番≪地雷≫な話題だ。
「とても心優しい彼を、従兄としては慕っていたというか……いえ、年が同じで生まれは彼の方が数か月早いので従兄ではありますが、どちらかというと兄というより弟のように思っていましたね。でも、だからこそ自分たちが夫婦になるというのはどうしても想像できなくて……」
…………まあ、そうだよねえ……。実際貴族社会においては、親族との縁組なんてままあることだからさ、近しい親族で兄妹のように育ったけど、その相手と婚約して夫婦になる……なんて話も全然よく聞くけど。私にとって、お兄様がいきなりある日から夫になる、みたいなもんかな? いや、私とお兄様は血が繋がってるしお兄様にはお義姉様もいるわけだしかなり状況は違うだろうけど、敢えてすごく極端な話にすれば大体そんな感じになるんじゃない?
……はぁ、そういう時って、みんなどうやって気持ちを切り替えてるんだろうねえ……。正直、私ももしその立場になったら無理ってなるかもしれないわ。
「それに私は、その頃にはもうクラリス様に生涯お仕えする気でいましたから……。正直、ゼノンはあの性格からして夫人の支えがかなり必要な気質かと思いますが、ゼノンのサポートをしながらクラリス様にお仕えするというのは実質不可能ですよね」
うん、まあ、それはそう。ゼノン様のあの性格だと、社交がすっごく得意で彼の分までそこに力を全振りしつつも、同時に彼をちゃんと立てられるような人でないと無理な気がするな。結構負担は大きいと思うけど、それを苦でなくしかも器用にこなせる人じゃないと厳しいかもなあ。
まあ少なくとも他にやりたいことのしっかり決まってるフェリシア様とは噛み合わないし、彼の見た目のよさだけに引き寄せられて近付いてくるようなそこらの令嬢じゃあ力不足だと思うよ。
「きっと、私とちゃんと婚約がまとまっていればよかったんです。そもそも、親たちの世代にはイヴァンと歳の近いお兄はイヴァンに付き従うように、ゼノンと同じ年に生まれた私はゼノンの妻となって支えるように……という目算があったんだと思うんですけどね。結局私との婚約がまとまらなかったゼノンは、その後婚約関係で随分と嫌な思いをしたようですから」
いや、まあ、それはそうだよ。フェリシア様がしっかりゼノン様の婚約者の座に落ち着いていれば、ゼノン様が婚約をめぐるいざこざに悩まされなかったかっていえば、それは確かにそうかもしれない。……でもそれってフェリシア様が自分の気持ちに背いてクラリス様をお慕いする気持ちを諦めて、自分を犠牲にしてでもゼノン様と結婚しなきゃいけなかったってこと? いやまあ……ゼノン様と結婚するのがそんなに嫌かって話になったらゼノン様がかわいそうだけどさあ。じゃあ私が結婚しろって言われたらまあ、実際、ちょっと嫌です……。
…………あ~……そういえばナタリア先輩も、そんな感じで似たようなこと言ってたのを思い出しちゃったな……。顔だけで寄ってきて中身に幻滅したってわけでなくて、中身を知った上で結婚相手には無理……って、フェリシア様にもナタリア先輩にも私にも思われてるわけか、ゼノン様って。そう考えると、なんとも不憫すぎる。
なんか……なんか、ごめんね。エングリーンで役者として強く生きてね……。ほんと、なんか……ごめん。
でもね、やっぱりゼノン様のことについてはフェリシア様だけのせいじゃないよ……というかそもそも、全然フェリシア様のせいじゃないよ?
「あの……フェリシア様。お気持ちお察ししますが……ゼノン様の婚約関係のトラブルに関していえば、フェリシア様は何ひとつ責任を感じることはないと思いますよ」
だって一番の原因はゼノン様の性格でしょ。それと、貴族社会との不適合が起こってただけだもん。
少なくともフェリシア様個人がなんとかできた問題じゃないよね……?
「そうでしょうか……?」
そう! そうだよ~!!
「どうしても、自分の責任を感じてしまうんです……私がもっとうまく立ち回れたらよかったのに、と……。今回のことだって、もっと早く商会担当者の企みに気づいて、奥様をお諫めすることができたらよかったのになんて考えてしまって……」
あーあーあ~……。フェリシア様、やっぱり真面目すぎるんだよなー! それこそ、企みに気づけなかっただとか奥様をお諫めできなかった……だなんて、そんなのフェリシア様個人だけの手に負える話じゃないもんね絶対。
「その件に関しては、悪いのは小賢しいことを考えてた例の商会担当者だけですよ! フェリシア様も、クラリス様も、シュトルヒの皆さんもみんなみんな悪くないです、被害者なんですよ!!」
私の言葉を受けて、フェリシア様はなんだかちょっとぽかんとしている。あ、ちょっと語気が強かったかな……? でもねえ、これはどうしても言っておきたかったんだもん。
「……そんな風に言ってくださった方は初めてです……」
「えっ、そうですか? じゃあ皆さん、フェリシア様を責めてましたか?」
「まさか、そんな! でも……確かにそう言われてみれば、クラリス様やゼノン本人ももちろん、周囲の誰かから具体的に責めるような言葉を言われたりなんてことは一度もないですね……?」
「……あの、ですね。もちろん、フェリシア様のその真面目でどんなことでも真剣に受け止められる性格は素敵だと思いますよ。それに今後同じ事態が起こらないようにと、今度こそ夫人をお諌めすると決意なさったり準備をなさっていることも素晴らしいことです。でもどうか、あまり思い詰めないで、もっとご自分を大切になさってください」
そう。真面目で思い詰めすぎなのはもちろんなんだけど、自己評価が不当に低いんだよフェリシア様って。フェリシア様が自分で自分を好きじゃなくて、どうしようもない人間だ〜なんて思っていたら、それってフェリシア様のことを大切に思っている人たちに対して失礼じゃない?
あーでも、そこまで言うとさすがに言い過ぎだよなぁ~どうかなぁ~まだまだ付き合いが浅いから、どこまで言っていいものか、踏み込んでいいものか……。その加減が難しい!
「世の中には、もっと傍若無人でやりたい放題言いたい放題の人だってたくさんいます! ……同じになれとは言いませんけど、そういうふてぶてしさみたいなの、ちょっとだけ見習ってもいいんじゃないかと思いますよ!」
ねえ! ほら、例えばうちの若様とかね!!
「……そうですね。身近にもいますもんね……」
……あっ。これ、フェリシア様も同じ人を思い浮かべてるな?
「私の口からは具体的な名前は言えませんけど……どこの公爵家子息様のことでしょうかねぇ……」
「……アリス様、それ、ほとんど言ってますよね……!」
フェリシア様は堪えきれない、という風にクスクスと笑い始めた。
「……でも、そうですね。確かにちょっとうらやましいと思うことはあります……。私もあれくらい、もう少し思うがままに生きられたら、と思います。ただ……あいつもあれで、わざとそう振舞っているところがありますけどね……」
まあね~、それはそう。そこはさすが、親戚で幼馴染で、私なんかよりもよっぽど彼との付き合いが長いフェリシア様はとっくにお見通しってことだよね。
二人って、決して仲は悪くないんだよねえ……ただ、顔を合わせると言い合いになるんだけど。クラリス様っていう絶対的な≪推し≫を前にした≪同担拒否≫だからなぁ。
「はあ、久しぶりにこんなに笑いました……! アリス様とお話ししていると、なんだか気持ちが軽くなって来ます。私なんかのためにこんなにも心を配ってくださってありがとうございます」
……あれ。これって恋愛小説でよくある展開の、ヒロインがイケメンに『お前は不思議なやつだな……お前と話すと、なんだか気持ちが楽になる……』って言われるやつじゃん!? 『お前を愛することはない』に続いての≪実績解除≫かな!?
……まあ、…………相手が女性なんですけどね……確かにフェリシア様はある意味『イケメン』ではあるけどさ。かっこいいし。
……それに、こういういわゆる≪テンプレ≫台詞でもね。こうしてそれを本人が心から言っているってわかる状況なら、言われても普通に嬉しいものなんだね。
誰かの受け売りで『こう言えば女は落ちる』とか思ってる勘違い野郎が上っ面でそういうセリフ言ってきたらすっごく白けるけど、それとは前提が違うんだもの。




