3-5 悪徳商人のタチが悪すぎる(3/3)
「それでは次は僕が報告を。例の論文に記載されていた、毒性植物ミルセリアについてですが……結論から申し上げますと、事前の情報のとおりこの邸にもハーブティーの形でありました。成分を分析した結果、毒性のないミルサと混在していましたね。クラリス様も、日常的に召し上がっていたようです」
「元々ミルサティーは気分を落ち着かせる効用があるっていうことで結構広く出回っている商品だからねえ」
「ええ、そこまで珍しい商品ではありません。おそらく最新の論文を承知した上で悪意を持って混ぜたというより、論文のことを知らない者が取り扱って普通に混ざってしまっただけ、といったところではないでしょうか」
ミルセリアは見た目や香りなんかの特徴がミルサとそっくりで少し葉の形に特徴があるものの、乾燥させて細かくしてしまったらもう見た目ではわからなくなっちゃうらしい。今回新しく発見された種だから、『ミルサと紛らわしい偽物』という意味で『ミルセリア』と名付けられたんだって。論文を知らない人が取り扱えば、悪意はなくても混在しているのは仕方ない。
特にクラリス様は体調不良の原因がわからないわけで、その状態で少しでも身体にいいものを……という夫人の気持ちを尊重すれば、自然由来で気持ちを落ち着かせる効果のあるミルサティーはきっとぴったりの商品だったんだと思うよ。
「ミルサティーについては今の在庫は一旦すべて廃棄して、今後もお召し上がりになりたいのであればミルセリアの毒性についてもきちんと知識がある問屋から間違いなくミルサだけのお茶を取り寄せた方がいいかと存じます。といっても正直ミルサティーの効果自体は気休め程度ですので……クラリス様がよっぽどミルサティーがお気に召しているというわけでなくて体調改善のことだけを考えるのであれば他の安全な商品で事足ります。敢えてわざわざ安全なミルサティーの手配を急ぐ必要はないのではないでしょうか」
「そうですね……クラリス様は特にミルサティーが特別お気に入りというわけではないと思いますよ。夫人や薬師に身体にいいからと言われて飲んでいらっしゃる感じですね。では一旦ミルサティーは全て廃棄するよう、侍女に指示します」
「それがよろしいかと。ただ、クラリス様はこれまで既にミルセリアを摂取していらっしゃる状況のようですので、そうであればミルセリアの毒性の影響を多少なりとも受けている可能性があります」
ああ……そうかあ。クラリス様の体調について決してそれだけが原因じゃないかもしれないけど、原因の一端になってる可能性はあるよねえ。可能性があるものは一つずつ潰していかないといけないのか。
「イヴァン様がご指摘になった例の論文に似たような症状の方が例示されているのですが簡単な記載しかなくてですね……可能であれば、その後の処置や改善状況などについて論文の著者の教授に詳しく尋ねる書面を送りたいのですが。その際にはクラリス様の具体的な症状や状況などについてもお伝えしてもよろしいですかね?」
「う〜ん……そうだな、それは是非やってほしいところだが、ただどの程度こちらの状況を開示するかについては難しいな……。クラリス個人やシュトルヒ家の内部の事情については取り扱いを俺たちだけでは決められないからな。とりあえず文面を作ってほしい。それをシュトルヒの人間に確認してもらうことにしようか」
「そうですね、それが後々のトラブルにならず安全かと思います」
「シュトルヒ本家への確認は、フェリシアに取り次いでもらっても構わないか?」
「ええ、それについては任せて」
「ああ……それでしたらひとまず先に、類似事例の詳細だけでも一度お伺いしてみるのはどうですか? ほら、クラリス様の具体的な状況や事情については、必要ならば後から加えるという形にして……」
「ああ、それはいいな。その方法なら問題が少ないはずだ」
「それでは僕が質問状の素案を作りますね。イゾルディリア語への翻訳はクロードに任せても?」
「そうだねえ……そこはアリス、やってみる? もちろん僕も内容の確認をするけど」
思わぬ台詞に、私は思わずお兄様を顔を二度見した。
「え? 私、ですか……?」
「うん。アリスなら十分できる内容の仕事だと思うよ。挑戦してみたら?」
挑戦、という言葉に心が動く。確かに、これまで手紙の返事とかは任せてもらったことがあるけど、こういうちょっと専門的な文章を訳すのって初めてかも……? しかも、今ならそういうノウハウをしっかり持っててなんでも聞ける『博士』が目の前に二人もいるんだよね? これは……きっといい経験になると思う。
「任せていただけるのであれば、やってみたいです……!」
「よかった。がんばってね、アリス。みなさん、それで構いませんか?」
「ああ、俺からは異論はない。お前らがやりやすいようにやってくれ」
「僕もいいと思いますよ。クロードがしっかり見てあげてくださいね」
「クロード博士についてはもちろん存じていましたが、アリス様も外国語の読み書きがお出来になるんですか? すごいですね」
ああ、そうか。フェリシア様はご存じなかったんだね。どうも、私のこの能力って自分では普通だと思ってたけど普通じゃないらしいんだよ。まあさすがに何度も言われたら、最近はだいぶわかってきたよ……。
「あっ、でも……相手は偉い教授ですよね……? いきなり質問状なんて送って相手にされますか?」
「ああ、それなら多分大丈夫。僕たちはその教授本人とは面識がないけれど、僕たちの学院での同期が彼の研究所で働いているみたいだからね」
「え、そうなんですか?」
リーノ様に首をかしげながら聞き返されて、クロードお兄様も同じような角度で首を傾げた。
「……あれ? そのつもりで話を進めてたんじゃないの?」
「いえ、それは考えていませんでした。同期……? 誰ですか?」
「マティアスだよ」
「ああ、マティアス……。でも、彼の専攻分野は農業というより畜産関係ではありませんでしたか?」
「そうだね。でも論文の協力者の一覧に名前が載ってたからなあ……それも、教授の研究所所属員として」
これもね……多分、お兄様は一度サラッと読んだだけなんだよ。それで自分の知ってる名前があったとか、それが自分の同期だったとか記載されてた場所が研究所所属員の欄だっただとか……そういうのを全部覚えてるんだからこの人ほんとに怖いんだわ。
「専攻は確かに畜産だったけど、彼は家畜の飼料なんかについても研究していて農業分野にも手を伸ばしていたからなあ。そこから転じて植物の生育や栽培に関する分野へ行ったんじゃないかな?」
「出身も確かイゾルディリアではなかったような覚えがあるのですが」
「そうだね、彼はホランド王国出身だったはずだよ。論文著者の教授が学院に何かしらの機会で訪れて、その時に研究所に誘われたとかそういう感じじゃないかな。そういう話、他でも聞いたし」
というかね、私は本人から聞いて知っているんだけど。かく言うお兄様も在学中はあちこちの国の研究者やら役人やらに、うちで働かない? って声をかけられたらしいんだよね……。ただ、お兄様がそれを断ったのには理由があって。国から提示された『他国籍の平民であるティナお義姉様との婚約を認める条件』が、『ダンホイズィアの学院で学位を修めてかつユルンベルクに戻ってきてその成果で国に貢献すること』だったらしい。普通に考えたら辺境伯家跡取りが平民を夫人に……ってあんまり聞かないもんね……貴族の婚約はね、国に申請して承認されないとできないんだわ。
でもねーお兄様って、多分お義姉様との結婚を反対されたら国よりもお義姉様を選んで爵位も捨ててエングリーンとか別の国に行ってしまいかねない男なんだよね……。
ただ、お兄様だってフィッシャー領の領地や両親や私とかの家族に対しては愛着もあるだろうから。条件を飲めばユルンベルク貴族籍所属のままでティナお義姉様を夫人に迎えられるっていうのならね、そんなわざわざ領地や家族を捨てて駆け落ちみたいな方法を選ばなくてもいいんじゃないかなって話なんでしょう。
国にとっても優秀な人材であるお兄様を国外流出させるくらいなら、彼が選んだ相手が平民だったとしても特例で夫人として認めるくらいは許容範囲なんじゃないかな。
「なるほど。……では、とりあえずまずはマティアスあてに書面を送ってから教授に取り次いでもらう方がスムーズに事が運びそうですね」
「それが確実だと思うよ」
こういう会話を聞くと、本当にこの二人ちゃんと留学してたんだなーってしみじみと理解できるねえ。いや、疑ってるわけじゃないんだよ、でも普段はあんまりそう思えない行動言動が多いから……。
優秀な学生を一か所に集めての留学って、勉強ももちろんだけど優秀な人たち同士の人脈作りの意味もあると聞くけれど。こういうことにつながってくるわけか……なるほどね。
ちなみに、同じように生木への抵抗についても論文の著者へ質問を送ることになった。ただしそちらは伝手がないので直接教授あてだ。
それでも、お兄様とリーノ様の学院で博士号を取得している経歴や、現在王城文官として働いている身分からおそらく全く取り合われないことはないだろうって。思ってた以上に博士の称号、強いんだねえ。
その後は、水源の調査については水源の山地が国境を越えて隣国に入っていたためにそちらへ文章で照会中だとか、木製の車椅子にも生木が使用されているから取り替えた方がいいかも、なんて色々な話が出た。
イヴァン様が、車椅子がない間は俺がクラリスをずっと抱きかかえるとか言い始めてまたフェリシア様と言い合ってたけど、もうそちらで勝手にやってください……。
とりあえずは私は、最初はリーノ様の照会書のたたき台ができたらそれをイゾルディリア語に訳すところからかな? なんだかんだ、仕事は多そうだね。




