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0-3 ご子息は二人とも癖が強すぎる(1/2)

「はぁ〜……なんか疲れた~…………」


 与えられた個室、清潔なシーツの張られた布団に私は顔から突っ込んだ。慣れない場所に足を踏み入れて、公爵様と夫人というとっても偉い人に失礼がないように神経を張り詰めながらご挨拶して……。一人になった途端、そういう緊張から解放されて身体から力が抜ける。

 あ、だめだめ、これからは公爵様(・・・)じゃなくて旦那様(・・・)ってお呼びするように、って言われたんだったな。夫人も奥様(・・)、ね。気を付けなきゃ。

 

 部屋にはベッドの他にはちょっとした書き物ができそうな机や小さめのクローゼットなど、最低限ではあるが質のよさそうなものが予め運び込まれている。机の上には、私が馬車で運んできた私物の入ったトランクが丁寧にまっすぐ置かれていた。

 部屋自体はもちろん領地の領主邸で暮らしていた頃の自室に比べると狭いけど……それでも、個室がもらえるだけほんとにありがたい話だよね。うちの実家では使用人たちは二人とか三人の共同部屋だったもんなぁ……もちろん邸の規模が違うんだけどさぁ。

 今日の夜も明日の朝も、これからは着替えとか身支度も全部自分でやらなくちゃいけないんだよね……? まあ今回のことが決まってからある程度は実家でも練習してきたし、困ったことがあればなんでも言ってくださいね、とナタリア先輩が言ってくださったし。隣のお部屋らしいし。すごく心強い。

 

 ナタリア先輩がさっき初めてこの部屋に案内してくれた時には部屋の中には先輩と同じお仕着せを纏った赤毛の妙齢のおばさまがいて、どうやら部屋の準備の最終チェックをしてくださっていたみたい。彼女は侍女長で、ぺルラ様とおっしゃるそう。侍女として働く私の直属の上司にあたる方だね。

 初対面の挨拶の後『今日は到着して初日ですし仕事はありません。荷解きをしたり、身体を休めるなどしてゆっくりしてくださいね』と女神のような笑顔で言ってくださった。笑顔のナタリア先輩と並ぶと、二人の後ろにちょっと後光とか差してるんじゃないかみたいな幻覚が見えた気がするよ……。ありがたすぎて思わず拝みそうになったよ。

 

 使用人たちには使用人用の食堂があり、勤務の合間を縫って交代で食事をとるらしい。今日の夕食は、ナタリア先輩とご一緒できるみたいだ。食堂までの道案内も兼ねてということみたい。

 今日はもうこの後布団に入るまで、基本的に部屋でゆっくりしていていいですよと言われたんだよ。その食事の時間と、それからもう一つ……大切な用事の間以外は、ね。

 

「……ああ、だめだ。思い出したらまたちょっと緊張してきた…………」 


 今日旦那様たち夫妻も話題にしていた二人のご子息は、それぞれ王城で法務局と騎士団に勤めているので日中はこの邸にいないことが多い。今日もお二人とも登城なさっているんだって。だからお二人が帰宅したタイミングで私にご挨拶の機会を作ってくださるらしくて……。ナタリア先輩がついてきてくださるとは言うけど、やっぱりちょっと、いや、だいぶ緊張するよねえ……。

 

「ご子息のお二人かぁ……どんな方なんだろうなぁ…………」


 お兄様から聞いた噂のこともあるし、それにご夫妻の手前あまりはっきりとは言わなかったけどやっぱり冷静に考えても……私に公爵家への嫁入りとか正直無理だと思うんだよね……。

 いや、ねえ、だいぶ無理筋でしょ……。

 特に突出した能力もない、大して美人なわけでもない、貴族マナーも覚束ない、ないない尽くしの辺境領地育ちの田舎者令嬢だよ……? もっと相応しい人がいそうなものだけども、それこそ、……美人で仕事もできるらしいというナタリア先輩みたいな人とか……? お兄様の見立てでは、そもそもこの婚約話自体が建前(フェイク)で本来の目的は私の保護ってことみたいだしねえ。

 

 でも本人たちに会う前から勝手にあれこれ想像するのも、時間の無駄かなあ。実際に会って確かめるしかないもん。もしかしたらだよ? めちゃくちゃ気が合って、すごく意気投合する可能性だってあるよね……?

 ……いやぁ、どうだろ、自分で言っておいてなんだけど、それはさすがにないかな……。ないよな……そんな≪ご都合主義≫展開。小説(フィクション)じゃないんだから。

 相手は王家に次ぐ権力の持ち主、公爵家の子息だよ? 私と気が合うとかないよなぁ……?

 

 そんな感じで一人ベッドの上でじたばたしていた私は、邸全体がざわざわと慌ただしい雰囲気になったことや部屋の外側の廊下をたくさんの足音が行き来していることには全く気づいていなかった。

 

「アリスさん」


 コンコン、と控えめなノックが響き、私は驚いてベッドから少し跳び上がる。ナタリア先輩の声だ。

 

「はっ、はい!」

「若様がご帰宅なさいましたので、お約束通りお部屋にご案内いたしますね」


 私は緊張から、ごくりと息を呑んだ。




***




「若様、失礼いたします」


 執務室には大きな執務机の向こう側、壁に作り付けられた本棚にはたくさんの本や辞書が並んでいた。

 分厚い本が多いけど、確か長男のイヴァン様は法務局に事務官としてお勤めなんだよね。やっぱり法律関係の本が多いのかなぁ……。部屋の手前側にある応接スペースの机上も含めて、割とバラバラと書類やら本が散らばっているように見える。

 

「ああ、ナタリアか。それがさっき言っていた新人か?」


 旦那様と同じ濃紺の髪の毛をすっきりと後ろにひとつくくりにまとめた青年は、側に仕える従者らしき青年に上着を手渡しながら振り向いた。

 銀縁眼鏡の奥、三白眼の鋭い瞳がこちらを射抜くように見る。私は緊張から思わず小さく息を呑んだ。

 

「……えぇ……? なんだなんだその反応! ……なあ、やっぱ俺ってそんなに見た目怖いか? ナタリア、どう思う?」

「まあ、……わたくしの口からはなんとも申し上げられませんね」

「お〜い……否定してないってことはそれ、肯定してるも同じだからな? お前たまに口の悪さが出るよなぁ」


 ため息まじりにイヴァン様が言うと、隣の従者の青年が無言で肩を震わせている。

 

「……まあ、若様はあんまり人相がいいとは言えませんよねぇ」

「やかましいわ。これでも気にしてんだよ、繊細なんだよ俺は」


 イヴァン様に軽く小突かれると、従者の青年はこらえきれないといったように壁の方を向いて笑い続けている。

 ええ……ここって笑っていいところなの……? 偉い人なんだから、場合によっては無礼なやつめって処分とかされちゃってもおかしくないところじゃないの? あっ、もしかして、いわゆる≪とってもアットホームな職場です!≫というやつなのかしら……? もしくは、若様が特別気さくな方というだけ?

 

「若様、新人さんが驚いて固まっていますよ。ご挨拶をしてもよろしいんですか?」

「おっと、すまんすまん、悪かった、挨拶な! いいぞ!」

「……わっ、若様! お初にお目にかかります。フィッシャー伯爵家の長女、アリス=フィッシャーと申します!」

「ああ、フィッシャー辺境伯のご息女か。お父上とは直接お話させていただいたことはないが、王城では何度かお見掛けしたことがあるぞ。法務局の上司たちも元宰相の父上も、お父上が若い頃に文官としてお勤めだった時分にはよく世話になったと聞いている。兄上のクロード殿も大変優秀だという噂が、部署違いの俺のところにまで入ってくるぞ」

「勿体ないお言葉です。お父様もお兄様も、それを聞いたらお喜びになると思います」

「ああ、機会があったら是非伝えてくれ。俺はイヴァン=フォン=アインホルンだ。聞いているかもしれないが、日中は王城に出仕して法務局で事務官として勤めている。一応長男だからな、父上と母上が領地へ帰還していてこっちに不在の間は俺がこの邸の主ということになる。アリスと言ったか。色々と仕事を頼むだろうから、よろしく頼むよ」


 言ってニッと微笑む姿は、最初に感じた鋭く冷たい印象とだいぶ違うな。お父様とお兄様のことを褒めてくれたり、こんなに気さくに言葉をくださったり……なんか緊張してたのに少し拍子抜けするくらい、すごく話しやすい人かも……?

 

「……それと、一応確認しておきたいんだが……。もしかして、父上や母上がいらないこと(・・・・・・)を言わなかったか?」

「……?」


 いらないこと(・・・・・・)……? あ、もしかして。

 

「あ、あの……、ええと。若様たちご兄弟との婚約を考えてみてはくれないだろうか、と打診されたお話でしょうか……?」

「……は~……やっぱりか……。まだ父上と母上は諦めていないんだな……。……いや、すまないアリス。これはお前に言っても仕方ない話だったな……。だが、その……覚えておいてほしいんだが」


 イヴァン様は、スッと目を細めて真剣な表情になる。私は無意識に背筋を伸ばした。

 

「こう見えて俺には歴とした婚約者がいるんだ。ただ、少し事情があって両親には結婚を反対されている。……いや、反対とまでは言えないか? 正確に言うなら婚約解消を勧められている状態、かな……。俺は婚約者を変更する気なんて全くないと何度も言っているんだがなぁ……」


 ああ……お兄様が言っていた噂の話かな……。問題ある婚約者がどうとかっていう。じゃあ旦那様と奥様には反対されているのは本当なんだね。

 う~ん……問題(・・)って一言で言っても色々あるからなあ、一体どういう種類の問題なんだろう。

 

「それだけ、旦那様も奥様もご心配なさっているんですよ。私が言わずとも、若様もおわかりかとは思いますけれど……」

「はぁ~……だから、余計に困ってるんじゃないか…………」


 イヴァン様はがしがしと頭を掻くと、盛大にため息をつく。

 

「俺はあの子との結婚を諦める気なんて微塵もないとずっと言ってるんだがなぁ」


 う~ん。少なくとも、やっぱり私を含めて別の人と婚約をし直すっていう気はなさそうだね。なんかよくわかんないけど、意志は固そうだよ。

 

「……あっ、でも弟のゼノンについては独り身(フリー)だぞ! もしアレを引き取ってくれる令嬢がいるんだったら大歓迎だ、全面的に協力する! もしあいつ狙いで行くなら是非俺に相談してくれ、な!」

「……いえ、ゼノン様についてはもはや、若様が協力なさったところでどうにかなるお話ではないような……」


 えっなに。それってどういう……と口に出そうか迷ったところで、廊下にざわざわと足音が響いた。

 

「噂をすればなんとやら、だな。ゼノンが帰って来たんじゃないか?」


 ご子息様や旦那様、奥様がご帰宅する際は、手の空いている使用人たちは玄関でお迎えしてご挨拶をするらしい。だからこの足音は、ゼノン様の馬車が王城を発ったという先触れを受けてみなさんが玄関に移動しているものみたいだね。

 ちなみにさっき私が部屋でじたばたしている間にも皆さんはイヴァン様のお迎えをしていたようで、その時私はそのことを全く知らなかったし足音にも気づかなかったんだけどね……。

 

「……そのようですね。アリスさん、行きましょうか」

「は、はい」

「それでは若様、失礼いたします」

「失礼いたします」

「おう! じゃ、またな~」


 公爵子息という割にはだいぶ雑……もとい、気さくなイヴァン様の挨拶を受けつつ、私はナタリア先輩に続いて慌ててカーテシーを行うと部屋を後にした。

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