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0-2 公爵家の嫁候補とか無謀すぎる(2/2)

「……そうだわ、せっかくですから今紹介しましょう。ナタリアさん、こちらへ」

「はい、奥様」


 壁際に複数人待機している執事と侍女の中から、先程お茶を出してくれた若い女性が一歩前へ進み出て綺麗なカーテシーで膝を落とす。

 

「フィッシャー伯爵ご子息様、ご令嬢様、初めまして。わたくしはフックス伯爵家次女、ナタリア=フックスと申します。こちらのアインホルン公爵邸にて侍女として勤めております」

「彼女は若いけれどとても優秀なの。でも残念なことに近々退職することが決まっていて……。年齢も近いことだし、彼女が退職するまでの間あなたの指導役をお願いしようかと思っているの」


 ああ、さっき言ってた『優秀な侍女が一人辞める』って、彼女のことなのかな? 私は彼女の後任ってことになるのか……なるほど、この方が私に仕事を直接、教えてくださるんだね。

 

「どうぞよろしくお願いいたします、フックス様。あの、私のことは『アリス』とお呼びください」

「……そうですね、同僚になるのですものね。それでは以後は、アリスさん、とお呼びしてもよろしいでしょうか。私のことも、ナタリア……と」

「えっと、はい。では……ナタリア先輩」

「はい」


 彼女が微笑むと、まるで花が綻ぶように上品だ。というか……なんか、すごくいい匂いする気がする……!

 

 少しくすんで灰色がかった金髪は柔らかそうに顔の周りをゆるやかにカールしていて、編み込まれて後ろでシニヨンにまとめられている。柔らかく垂れ下がった菫色の瞳はとても優しげな光をたたえていた。

 あと、全体的にすごく……こう、腰がキュッと細いのに出るとこがしっかり出ている、いわゆるスタイル抜群ってやつなんだよね……! 同じ女性として、すごく羨ましい……! ……まあそんなこと初対面で言うのは同性でも完全に《セクハラ》でアウトだから言わないけど!

 

 ふと、隣に座るお兄様の表情を伺う。お兄様はまた小さな声で『優しそうな先輩でよかったね!』と嬉しそうに囁いた。

 ……ここでナタリア先輩にデレデレして鼻の下でも伸ばしているようならお義姉様に報告が必要かな……なんて思っていたんだけど、つくづくお兄様はお義姉様以外の女性を完全にスルーする機能が備わっているんだな……。

 本当にお義姉様一筋みたいで感心するというか、むしろちょっと呆れるというか……。




***

 

 

 

 一連の挨拶を済ませた後、私達は私の雇用条件や領地への融資に関する契約書などを受け取って、その場でサインするものとお兄様が持ち帰って領地の両親に確認を取る必要があるものとに仕分けた。

 馬車止めでフィッシャー家の馬車を待つお兄様を見送るつもりで一緒に待っていると、お兄様は小さな声で私に話しかけてくる。

 

「ただの僕の勘だから根拠はないんだけど……多分夫人の仰ってたご子息兄弟との婚約の話は、あまり真に受けない方がいいと思う」

「え? どういうこと?」

「おそらく、目的はアリスを保護することの方なんじゃないかな」


 つまり、今の私の立場って『貧乏領地の婚約者なし伯爵令嬢』なわけで。そのまま伯爵領に身柄を置いたままだと、若い娘ならなんでもいい手合いが領地の弱みに付け込んで私を無理やり娶ろうとしてくるなんてことも十分あり得るんだって。

 でももし最終的にはほんとに嫁入りしなかったとしても、この公爵邸に身柄を置きながら私が暫定婚約者候補になるっていうその話に頷くだけで、世間に対してやんわりと『私は公爵家の嫁候補ですけど?』っていう牽制が可能になるわけか。

 

 ……いや、まあ、融資の条件にと私をほぼ拒否権なしに出仕させて、しかもそういう話をするっていう時点で弱みに付け込んで来てるのは同じじゃないの? と思う気持ちも正直ちょっとあるけどね。

 ただ、一応私の意志を尊重するとは言ってくれててそういう態度をとってくれてるだけマシかなぁ……とも思うよ。問答無用じゃないだけね……。

 

 うん。建前としては『使用人として出仕しなさい、雇います』なんだけど、実際はこれ、私は保護してもらってる立場なんじゃないか、っていう見方もできるわけか。

 はあ~なるほど。それは全然考えが及ばなかったわ……。

 

「まあ保護とはいっても別にお姫様待遇ってわけではなくて、働かざるもの食うべからずってことでしっかり働くことにはなるみたいだけどねえ」

「それはまあ……そうだよね。当たり前だよ、お世話になるんだから。その分、お仕事しっかり覚えて帰れば将来きっと色んな意味で役に立つと思う!」


 もちろん可能ならこの公爵邸にずっと勤めてもいいし、何かの縁で公爵邸以外の場所で使用人として仕事をすることになっても対応できる。

 それにもし最終的にまた領地に帰ることになったり万が一どこかに嫁入りすることになっても、使用人としての仕事を知っておけば人を使う立場になったときの采配もしやすくなると思うんだよね。

 

「さすがアリス。たくましいね。僕は何も心配しなくてもいいのかもしれないな。ただ、ねえ……」


 少しだけ眉を寄せたお兄様は、私に顔を近づけて更に声を小さくしながら言葉を続けた。

 

「……公爵家子息ご兄弟のご長男については、部署は違うけど僕と同じく王城で文官をしているから噂を聞いたことがあるんだよ。どうにも『問題のある婚約者を溺愛している』っていう話が有名なんだよね。それからご次男の方は、そっちはそっちで女性からものすごく人気があるらしくてね……」


 ……ええ~……。二人とも、すごい≪見えてる地雷案件≫じゃん……。

 

「まあ、どちらも噂だからなあ。実際会ってみて、アリスがどう思うかは僕にはなんとも言えないけどね」


 確かに、噂は噂だもんね。……でも火のないところに煙って立たないんだよ。

 結局実際に会ってみるしかないんだけど、急に気が重たくなってきたなぁ……。

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