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3-4 深窓の令嬢は存在が尊すぎる(1/3)

「……、……っ……。…………」


 廊下の先を見据えながら、耳を澄ます。曲がり角の向こう側からかすかにイヴァン様の声が聞こえて来た気がして、その声を頼りに進んだ。

 廊下の角を曲がれば、一番奥の角部屋の扉の前に侍女服を着た年配の女性が一人控えているのが見える。うん、そこの扉だけすごく装飾が豪華だわ。多分あそこだね。


「……す。…………っ…………、…………」


 今度はイヴァン様とは別の声と、それからたまにゴホゴホと咳き込む声も聞こえてくる。う~ん……。ここまでついてきてしまったのは今更しょうがないとして、だよ。さて、どうしたものか。

 正直部屋に入る正当な理由があるわけではないんだけど、かといってじゃあ自力で元の場所に戻れるかと言ったら……正直、無理かも。多分ここ最上階なんだけど、似たような扉に似たような階段、窓の外は全部森……正直どの階段を上ってきたのかさえ自分でもうわからない。

 

 ……ここはもう、素直についてきちゃいましたってイヴァン様に白状するしかないね……。イヴァン様ならきっと許してくれる気がする。

 というかだよ、そもそもイヴァン様ご自身が素知らぬ顔でこっちに来てるんだもん。あの人がもし私を責めるとしても、正直自分のことを棚にあげて私にどうこう言えないんじゃないのかなって思うんだよね〜。

 

 よーし強気で行くぞ! 覚悟を決めて、私は扉の前の侍女さんに話しかけた。

 

「失礼します。あの……、私アインホルン公爵子息のイヴァン様に伴われてこちらへ来たばかりの者なんですが……」

「ああ、クラリス様のご体調を心配して来てくださった博士ですね。アインホルン公爵子息様に確認をとって参りますのでこちらでしばらくお待ちください」


 柔らかい笑顔で部屋の中へと消えていった侍女さんを目で追いつつ、私は彼女の言葉を反芻する。

 えっと、……博士(・・)? 私が? ……あ~……、私今日はお仕着せ着てないから、もしかして私もクロードお兄様やリーノ様と同じで学位を持った博士と思われたのかな? 私は助手なんだけどな……あとで訂正しておかないと。

 

 部屋の中からおそらくイヴァン様のものと思われる『はぁ!?』というちょっと大きい声がしてから、更に少し経って内側から先ほどの侍女さんに扉を開けていただく。ソファや調度品の並ぶ応接室のような豪華な部屋を通り抜け、更にその奥へと続く扉が二つ。

 そのうち片方の扉を開けてくださった侍女さんにお礼を言って、私は恐る恐る扉をくぐった。

 

「……アリス、お前なぁ……。なんでこっちに来ちゃったんだ……? ……仕方ないヤツだなほんとに」


 怒っているというよりは呆れからの苦笑いが滲む声色に、私は思わずほっと胸をなでおろす。やっぱりイヴァン様って、使用人に対して甘いよねえ……。まあ、私が好奇心から後をつけてきたこと自体もバレてる感じがするから、後からそれで揶揄われたりはするかもしれないけどそれくらいは仕方ないよね。なんだかんだ付き合いが長くなってきたのもあって、最近は結構私の思考パターンを読まれてる気がする。

 

 それよりも、だよ。なんでイヴァン様、幼い少女を膝に乗せてるの? 何これ、どういう状況……? 

 私の目の前には、天蓋つきの豪華なベッドに腰掛けたイヴァン様。その膝の上に載って首に腕を回すのは、柔らかそうで艶のある純白のシルクの寝着を着た小柄な少女だ。

 いわゆる横向き抱っこの状態だね。このままイヴァン様が立ち上がったら、≪お姫様抱っこ≫になる体勢。

 

「ん? アリス、どうした?」

「………………」

「……ねえ、おにいさま」


 思わず思考がフリーズしてしまった私の耳に、か細くて弱々しい、小さな声が届いてきた。

 

「このお方はどなたですか……? ぼく、はじめてお会いするお方ですね?」

「……ああ。うちの公爵邸で働いてくれている使用人で、アリスというんだよ。今回は助手としてついてきてくれたんだ。フィッシャー辺境伯のところのお嬢さんだ」

「へえ、そうなんですね」

「フィッシャー辺境伯領はわかるか?」

「……たしか国の、南のはしっこですよね? 最近お勉強した内容にありました」

「そうだな。クラリスは勉強もちゃんとしていて偉いな」


 イヴァン様に至近距離から微笑みかける少女。でもその微笑みは声と同じでなんだかちょっと弱々しいし、顔色もよくないように見える。

 いや、それはそれとしてさ、イヴァン様……なんか、すっごい目線が優しくない……? 私、イヴァン様のあんな表情見たことないよ。

 

 ただ一つ気になるのがね、今、彼女自分のことをぼく(・・)って言わなかった? ……女の子、だよね? 

 あれ……? ここで療養なさってるのってイヴァン様の婚約者の、令嬢のクラリスたん(・・・・・・)……だよね?

 

「ああアリス、それ(・・)をこっちに寄せてくれないか? 俺もさすがにクラリスを抱えたままでは無理があるからな」


 あ、やっぱりイヴァン様も彼女のことをクラリスって呼んでるね。ぼく(・・)って言ってるのだけ気になるけど、やっぱりこの少女がシュトルヒ公爵令嬢クラリス様で間違いなさそう。

 ひとまずその点については自分の中で納得してから、私は改めてイヴァン様が顎で示したその方向を見る。そこには……これは、車椅子ってやつかな? わあ、初めて見たかも。木製の車輪が左右に一つずつついた椅子が部屋の隅に置かれていた。

 

「これですね! わかりました、そちらまでお持ちします」

「あ~……すまん、それちょっと重いぞ。……さっきの侍女を下がらせる前に言って二人で持ってもらえばよかったな」


 え? うわ、ほんとだ重っ!! これに更に人が座るわけで、合わせたら結構な重量になるんじゃない!? これを後ろから押して操作する人がいるわけでしょ、相当な筋力が必要なんじゃないかな……?

 

 まあ普通の椅子と比べたら確かに重かったけど、重いとわかれば私一人でもがんばれば持てない重さではないよ。

 ただ……ねえ。これさあ。この車椅子自体も、このお部屋のすべての調度品も、きっととんでもなく高価なんだろな……今、もし私が車椅子と一緒に倒れこんで色々壊したりしたらどうなるんだろ……。私は壺やらなんやらの高価そうな調度品を横目に見て冷や汗を流しながら、なんとか車椅子を移動させた。

 案の定、床に置いたときにはドスッていったよ。絨毯とか床とか、大丈夫だといいな……あんまり深く考えたくないよ……。

 

「悪いな、助かった。ほら、クラリス」

「はい」


 頷いたクラリス様は、イヴァン様によって膝の上から車椅子へと移動する。私も一応椅子がずれないようにと押さえていたけど、そんな必要はなさそうなくらいすごくスムーズだった。イヴァン様、意外にもちょっと手馴れてる感じする。

 

「ありがとうございます、おにいさま。これで、博士たちにごあいさつへ行けますね?」

「……ん? 挨拶……?」

「おにいさま、ぼくの体調を心配してますか? それだったら大丈夫です! だっておにいさまが来てくださって、ぼく、とてもうれしくて元気が出ちゃいまっ……ごほ、ごほっ……ご、ごめんなさい……」

「あーもーほら、興奮するから……。よしよし」


 イヴァン様は咳き込むクラリス様の背中を心配そうにさする。お身体が弱いというお話は本当なんだな、確かにこの角度で見たら顔色が悪いなんてもんじゃない、血が通ってないんじゃないかってくらい真っ白だもん……。体つきも細いを通り越して痩せすぎだよ。腕も脚も、強く握ったら折れるんじゃないかってほどの細さ。

 なのに、光に透けるような淡い色のサラサラの金髪や、透き通った淡い翡翠色の瞳はキラキラと輝いていて……寝起きの寝着姿だというのに元来の美少女としてのポテンシャルがひしひしと伝わってくる。これは、……身体の調子が整って、その上でしっかりと肌や髪や服を整えたら、多分とんでもないレベルの美少女がこの世に≪爆誕≫するんじゃない……?

 

「お前、博士たちに挨拶に行くつもりだったのか? さすがにこの寝着じゃあなぁ……無理なんじゃないか?」

「ええ? ……そうなんですか? …………あっ、そうか。博士たちは男性ですもんね……ちゃんと身なりを整えないと、恥ずかしくてお会いできませんね……」


 しょぼんとうなだれるクラリス様。確かに寝着の裾からは細い脚が覗いていて、かなり無防備な恰好だしね……。脚が覗いているといっても、あまりに痩せていてなまめかしさを感じる前に痛ましさが勝つけれど……。

 

「そういえば、アリス。お前……クラリスが、ぼく(・・)って言ってるの、驚かないのか?」

「え、ああ……そうですね。あの、クラリス様は女性……お嬢様です、よね?」

「そりゃそうだよ。俺が男と婚約するわけないだろ?」

「そうですけど……そこ、触れていい話題なのかどうか判断に迷ってまして……」


 ねえ。もちろん気にはなってたけど、それでもイヴァンさまもしくはクラリス様にとって地雷ですごく失礼な話題な可能性もあるよなあと思うとねえ、言わない方がいいかなって……。

 

「……ふふ、そうですよね……? もっと小さい頃には、男の子の恰好をしていたこともありました。……その頃のぼくとお会いしていたら、きっともっとびっくりしたでしょうね?」


 クラリス様は手で口を隠しながら控えめに、でも可笑しそうにくすくすと笑った。

 彼女の声は、まるで声変わり前の少年を思わせるような不思議な響きを持っていた。どこか中性的で透明感があって、例えるなら妖精とか天使とか……そんな想像上の生き物を想起させるような。なんだか存在自体が浮世離れしててふわふわしてて、周りに透明で清らかな空気を纏っているみたい、とでもいえばいいのかな。

 なんとも独特の、不思議な魅力がある方だよね。

 

「おにいさま。おにいさまはいつもぼくになんでもわかりやすく教えてくださいます。アリスさんにも、おなじように説明してあげてください」


 クラリス様が、なんだか嬉しそうにイヴァン様の袖をぐいぐいと引く。イヴァン様も、それにうなずいて応える。

 

「ああ。アリスならそれを揶揄ったり、外で面白おかしくしゃべったりしないと思うからな。話しても大丈夫だろう」


 そりゃ、そうだよ。どんな事情かはわからないけど、わざわざそんなことするつもりはない。

 

「…………これはな、(まじな)いなんだよ。病気に対する、な」

「おまじない……? つまり、願掛けみたいなものですか?」

「あーそう、そういう感じ。エレオノール様……クラリスの母親がな……ちょっと、そういう方向に傾倒してて。聞いたことはないか? 身体が弱い子供を逆の性別で育てて、死神の目を誤魔化す……ってやつ」

「…………初めて聞きました……」


 少なくとも私は聞いたことないけど、どこかの地域の風習なのかな……? 

 遠い国の風習で、『捨てる』とか『鬼』とかのなんかわざと不吉な幼名をつけてある程度成長したら改名する、みたいなやつはなんかで聞いたことある。それと似た系統ぽいよね。あれも確か、死神だか悪い神様だかが子供を連れて行かないように守るため……つまり生き延びられるようにっていう意味があったような……? 

 あとでその辺り、お兄様に尋ねてみよう。あの人こういう雑学みたいなの好きだから知ってそう。

 

「……といっても、せいぜいがいわゆる幼児の頃までで、それもたまに逆の性別の服を着せたりする程度らしい。物心ついたその後も大きくなっても、しつこく続けるような親は……少なくとも、俺は他では聞いたことがない」


 なるほど、迷信(オカルト)頼みに走っちゃってるのかぁ……。……まあ、可愛い娘が苛まれてる病気の理由がわからなくて、とにかくもうなんでもいいから藁にでもすがりたい、という心境なのかもしれないね。それはなんとも、痛々しい話だ。

 

「……ぼくも、その……あまり大きな声で言えませんが、本気で信じているわけではありませんでした。でも、お母様がそれで少しでも安心なさるなら……と思って、続けていて……そうしたら、このクセが抜けなくなってしまったんです」

「…………」


 少しだけ寂しそうにふふっと微笑むクラリス様。イヴァン様もきっとそんな彼女を見つめてるはずと疑ってなかったんだけど、振り返ったら……あれっ、なに? イヴァン様天井見つめて何やってるの。

 

「…………優しい子なんだよ……。クラリスは本当に優しい子だ……」


 二回言ったね。

 

「………………尊い」


 ……噛み締めるように言われても私これにどう反応したらいいんですか。わからない、正解が。わからないよ。

 

 いや、私もね。これでも公爵邸に来てからこっち、なんか妙に新しく知り合う人の奇人変人率高くてね。そういう人種の扱いにもだーいぶ慣れてきたと自負しているんだけどさあ。

 やっぱり、そもそも事の起こりである公爵家のその子息であるイヴァン様がその中でもトップの変人だわ。

 今、改めて確信した。

 

「まあ……クラリス様を拝見して、ご自身をそう仰っていることも含めて少し中性的な雰囲気を感じはしました。それでも男性だとは思いませんでしたよ」


 私自身は同性愛自体は別に全然良いんじゃないかなぁと思うんだよ、外国では普通に結婚できるところもあるみたいだし。

 ただ少なくとも、この国ユルンベルクでは現状不可能だからねえ、単純に色々と大変なことが多いと思う。そのために他の国に移り住む、なんて話も聞くくらいだもんね。

 

「は? クラリスたんがもし男でも俺は全然問題なく愛せるけど!?」


 ……台無しだよ、イヴァン様。

 

「はあ……。なるほど、わかりました」


 何もわからないけどわかりました。

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