3-2 もしかしてうちのお兄様って優秀すぎる?(2/2)
そうか、エンテ伯爵領ってそれなりに遠いんだね? そうなると王都を離れる期間は、少なくとも何週間か、一か月か……それくらいにはなるのかな。
それは確かに、今日みたいにたった一日お休みとって王都内で集まるのとはわけが違うよね……。事情を知らない人から見れば、バカンスにでも行ってるのかなって思われるくらいの期間だわ。実際、行先も別荘地なわけだし。
「それはまあ……イヴァン様がうちの上司にかけあってくださるならいくらでも?」
「……僕も同じくです」
「あ~……うん、そうだな。事情を話して二人の……いや、俺も含めて三人分、まとまった休みをもらえるように上と話をつけてみる」
「外務局はしばらく大きな外交イベントはないはずですし、休みはとりやすい時期だとは思いますよ。ただ、来月以降年末にかけてはまた来賓が来たりなんだかんだが増えるのでその前がいいですかね」
「僕の方は……例の組織関連の調査がやっとひと段落したところですかね……。他の仕事ももちろんありますけど、あれだけ忙しく働いたわけですし少しくらい休みをもらったって許されるでしょう。なにせ、自分だけの楽しみのために休暇をとるわけでもありませんし」
「例の組織……?」
「ああ、ナタリア義姉さんを狙っていたあの組織ですね。違法薬物の押収品について、分析だの調査だののために薬学研究院の技官も総出で駆り出されたんですよ……国外から密輸入された珍しい薬物も多くありましたから、仕事としては正直興味深いところもありましたがただなにしろとにかく量と種類が多くて……」
へえ~そんな仕事もしてるんだねえ、技官様たちは。大変だなぁ。
っていうか、お兄様とリーノ様はわかるんだよ。向こうで色々確認とかしないといけないと思うし。でもイヴァン様はわざわざ行く必要ある?
いや、別に邪魔とかっていうわけじゃなくてさ。わざわざ仕事に穴開けてまで……? とは思うんだけど……。
「あの……若様自ら出向かれるんです? 調査や報告だけなら私たちだけでも……もしかして婚約者様に会いたいだけ、とか……?」
「いやまあ、それはないとは言わん。というよりだな、会いたくないわけないだろ?」
あーやっぱりそうなんだ。はいはい、素直に認めて偉いね。
正面から言われると正直ちょっと面喰うけど、でも……お名前に『たん』付けて呼ぶくらいの可愛い婚約者様なんだもんね……? おっとついニヤニヤしちゃうな、やばいやばい。
「だがそれだけじゃなくてだな、ちょっと気になることがあるんだ。それについては、おそらくだが『アインホルン公爵家子息』である俺が実際に現地に赴くことで何かしらの動きがあるんじゃないかと踏んでるんだよ」
「気になること……ですか。なるほど、色々とご事情がありそうですね。可能な限りで構いませんが、できれば僕たちにも情報を共有していただけるとこちらも動きやすいと思います」
「まあ……そうだな。お前らには協力してもらう手前、先に話しておくか」
苦悩を含む若様の大きなため息に、なんかめんどくさ……もとい、大変な話が来そうだな……と私は思わず背筋が伸びる。お兄様たちはあんまり表情変わってないけどね。
「どうも療養先では、クラリスは薬の処方を特定の一人の薬師にだけ任せているらしい。どうやらエレオノール様……ああ、シュトルヒ夫人、つまりクラリスの母親だな。夫人に特別に依頼されているんだ、と薬師本人は言っているらしいんだがな。そいつは薬だけでなくて健康にいい、と色々な食品とかも勧めてくるらしくて、その中に例のミルサティーもあったらしくてな……」
例の論文の、毒草ミルセリアとの混同が起こりやすいミルサのお茶だね。それなら普通にミルセリアも混在してるかもしれない。
「……その薬師が処方した薬によってクラリス様の体調がご快復なさっているということなら、優秀な方ということで夫人が重用するというのもわかりますが……」
「実際はその逆で、クラリス様の体調はなかなかよくなっていないんですよね? それなのに担当をずっと変えずにいる……ということですか。……うーん、確かに状況が少し不自然かもしれないですね」
「俺もそう思う。もし何か疑わしいことをしている自覚があるのなら……多分、俺が動くとわかった時点で向こうも何かしらの動きをするはずだ」
「なるほど。そういうご事情ですか……。ミルセリア中毒に限って言えば本当に最新の論文ですので意図的にクラリス様に与えているということは考えにくい状況ではありますが、普段からそういう健康食品などを勧めていたということでしたら別の意味で調査が必要かもしれませんね」
「ああそうだ。健康食品といえば、もう一件懸念があったな……それもついでに話しておこう。どうも、シュトルヒ夫人がかなり目をかけている商会があるらしい。どうも夫人に、夫人やクラリスの健康のためといって色々な珍しい商品を売りつけているらしくてな」
「……その商会の名前はわかりますか? イヴァン様ももちろんご自分で色々とお調べでしょうが、商人にはまた商人独自のネットワークがありますからね。必要ならティナさん……僕の婚約者を通じてイロンデル商会からも評判や実態を調査させてもよろしいかと」
「それは助かる。頼んでもいいか?」
「もちろんです」
お義姉様の名前を出しながらその途端にいい笑顔だよお兄様は……。
まあ、実際、お義姉様はほんとに情報通だものねえ。こういう評判の調査とかは得意分野だもの。
「それと……これは少し気が早いかもしれないんですが一応申し上げますね。その別荘へ行った後の話にはなりますが、まずとりあえずは害のある可能性が少しでもある家具と食器については一旦全部取り換える手配をしませんか? さすがに内装を丸々変更するまでのことは必要ないかとは思いますが……」
「ああ、確かにそれはいい考えだ。じゃあ先にシュトルヒ家に連絡して……」
「あっ、手配は、フィッシャー家でやりますよ。ね? お兄様」
「さすがアリス、察しがいいね」
クロードお兄様の満面の笑みに、私も同じく笑顔で答える。私たち二人の顔を交互に見てから、若様は一つため息をついた。
「……ああ、なるほどな。イロンデル商会か。……任せる。請求はアインホルン家に回しておいてくれ」
「大口契約、お義姉様も喜びますね、お兄様!」
「やったね~ティナさんに褒めてもらえるかな?」
「……クロードは、本当に婚約者の下僕……いえ、なんでもありません……」
「話には聞いてたが、本当にそうなんだな……」
若様とリーノ様の若干呆れた視線を受けつつも、私たち兄妹は微笑みあった。
「……さて。じゃあ、今日の作業はとりあえずエンテ伯爵領の別荘へ行く前の準備をするってことでいいか」
「そうですね。具体的に別荘地では何についてどういう調査をするか、そのために必要な情報を整理しておきましょう」
「ああ。とりあえず最初に俺が用意した新種植物の論文に加えて、クロードが出してくれた論文についても要点だけ抜き出しておくか……事前に必要な手続きとかがあったらしておかないといけないし」
「手続き……水質の調査については、規模にもよりますが事前の許可が必要かもしれないです」
「あ〜……確かに。でもエンテ伯爵宛てか、国で一括で受け付けてるか、その辺りがちょっとわからないですね」
事前申請? わざわざなんで必要なんだろ~と思って尋ねたら、そういう調査を許可なしで可能にしてしまうと調査の名目で水源に有害な試薬とかを平気でドバドバ垂れ流すとか、植物を刈り尽くすとか……そういう迷惑な輩が野放しになるからなんだってさ。
なるほどねえ。迷惑行為はしませんよ、何か不都合があったら責任とります、って先に誓約させとかなきゃいけないわけだね。だから、申請なしで勝手にやったら怒られるんだって。
「個人の別荘の内部だけということなら許可自体がいらないかもしれないですが水源からとなると……」
「う~ん……ちょっと待てよ……」
そう言いながらイヴァン様は、椅子から立ち上がり書棚の方へと移動する。
「……その内容なら、環境資源活用法とかか……?」
「ああ、環活法なら第三集ですね」
「助かる」
イヴァン様はリーノ様の言葉にうなずいてから、分厚くて同じような本が並ぶ書棚から背表紙に『王国法典・第三集』と書かれた本を取り出す。元の席に戻ると、その分厚い本を机上に広げた。
「……ん~環活法……、あ、あった。…………水質の調査については、基本は公共の福祉に資する場合にのみ行うべきであり、個人または各種団体による実施は認められない。……ただし、ええと……適当な理由があり、事前に申請し許可を得た者については、この限りではない。その場合、付記一の費用を……、付記一? あぁ、はいはい、当該事業により見込まれる利益の一割、または下記算定表に定める定額のうち、いずれか高い額、ただし別途付記二に定められた金額を上限とし、手数料として土木局に支払った上で……。いや、規模が一定以下ならそもそも申請が必要ない? ん? ……ああ、やっぱり国でなくて領地あての申請になるのか……」
イヴァン様は慣れた手つきで頁をめくりつつも、目を細めて文章を睨みながら『ただし……』とか『例外として……』とか呟いている。すっかりお仕事モードに入っているねえ。
「……ああ、そうだ。ちょうどいいからアリスは僕の訳と翻訳元の論文の内容を突き合わせて確認しながら、ついでに清書していってよ」
「えっ、私が?」
「すいませんが……その仕事は今ここにいる中では、アリスさんしかできませんね」
私しかできない……。……あぁ~。クロード文字の解読かぁ~……。
「アリスは文字が綺麗だからな、是非頼む」
私、今日はなんか付き添いというか、もっと軽いお手伝いだけのつもりで来たのに……がっつり仕事させられるじゃん、割に合わなくない?
そういう思いを視線に込めたのが伝わったのか、若様は一つため息をついた。
「…………わ~かったわかった。今日の分は普通の給料に少し上乗せしておくようニコラスへ言っておくから」
「……もう一声」
「よし、じゃあ帰り道でどっか店でも寄って美味しいものでも買ってやろうな。お前が好きなものを選んだらいい。菓子屋でいいか?」
「はーいご馳走様で~す喜んでー!」
「……アリス、そうやって食べ物に釣られるの……子供の頃から変わってないんだね」
お兄様の視線がなんだか生暖かい。
私って昔からそうだったかな? うん、まあ、そうだったかもしれない! それをイヴァン様に把握されてる気がするのだけ、なんでなのかちょっと釈然としないけど。
「ああ、クロードとリーノにも後で従僕に届けさせるぞ。届け先は二人ともタウンハウスでいいか?」
「えっ、よろしいんですか?」
そう言いながらも、クロードお兄様は少し嬉しそう。リーノ様は表情変わらないからわからないけど、断ってないってことは喜んでいるんじゃないかな。
「お兄様、お菓子の種類のリクエストは受け付けますよ!」
「そうだね、今日のこの会が解散するまでには何がいいか考えておくよ」
お兄様の笑顔を受けて、私も思わず頬が綻ぶ。
う~ん、どこのお店に寄ろうかなぁ……ふふ、ちょっと楽しみになってきた。




