3-2 もしかしてうちのお兄様って優秀すぎる?(1/2)
「そのクラリス様の症状についてなんですが……イヴァン様、こちらも見ていただけませんか」
私に恥ずかしい性癖がバレていたイヴァン様がそのショックからやっと復活して、本日二度目の仕切り直し。
クロードお兄様は言葉と共に、イヴァン様の前の机にずらりと書類を並べる。
「これは……? ……さっき俺がアリスへ説明したものとは別の論文だな」
「はい、そうですね。いずれも近隣諸国の、比較的新しい論文ばかりです。載っている症例がクラリス様の状況や症状と似た点があるものを主に拾い上げて来ました。原因の可能性が全くないとは言い切れませんので、検証する余地はあるかと思います」
イヴァン様は、その束に添えられたお兄様の手書きのメモに目を走らせる。
「うん。なるほど、…………わからん!」
「ああ…………」
リーノ様が二人の手元を覗き込んで、うめき声をあげた。
「……久しぶりに見ましたね……クロードの、この極限状態になると現れるミミズ文字……」
あぁ~……。お兄様って基本的に字があんまり綺麗じゃなくて、特に≪修羅場レベル≫が上がるとどんどん筆跡が崩れるからなぁ……。この資料も、相当急いでまとめたんだろうね。だからそうなっちゃったんだろうけど……。
「お二人にはこれ読めないんです?」
「読めんな」
「読めないですね……」
「えー……? 急いで書いたのでちょっと崩れてるかもしれないですけど、読めないほどです?」
「私にしか解読できないみたいですよお兄様」
「そうかなぁ、そうかぁ~……」
本人だけが微妙に納得いってない様子だけど……。まあ、私はまだ慣れてるからなんとか解読できるよ。読める、じゃないよ。解読できる、だよ。
ちなみに余裕があるときに丁寧に書けばまあ綺麗とは言えないけど普通に読める字にはなる。……はず、なんだけど。
…………ちょっと待って、一抹の不安がある。
「あの………もしかして私が慣れてるだけで、普段の字から普通の人には全然読めないとかじゃないですよね……?」
「ああ……普段の字ですか。それは大丈夫ですよ。読めます」
よかった〜……。
「……なんとか」
「なんとか!? そんな風に思ってたんだねえ、ひどくない?」
リーノ様の後出し情報に対するお兄様の瞬発力すごいな。
この二人、留学時代に一緒に過ごした時間もそれなりに長いっぽいし、なんか会話のテンポが合ってる感じがしない……? もうそのまま漫才コンビとか組んだらいいよ。売れる売れる。知らんけど。
「え~、じゃあ仕方ないな~。まずは簡単に口頭で説明させていただきますね」
お兄様は、やっぱりまだ少し不服そうにしながら一度メモ書きを自分の手元へ回収した。
まず一件目は、植物への拒否反応についての論文だった。
有名なのは花粉だよね、植物の成分に身体が過剰に拒否反応を示してしまうやつ。くしゃみとか鼻水とか。
それって花粉だけじゃなくて、木材の断面なんかからもそういう身体の過剰反応を引き起こす成分が空気中に染み出ちゃう可能性があるそうだ。
これまでは主に平民たちが未処理の木材を使った家具や食器を使うことで発症する事例が多かったけど、近年ベールンゲン王国の貴族の間、それも特に若い女性向けに、素朴でお洒落だと未塗装の家具や食器が流行しているんだって。
最近、この国にもその流行が入ってきはじめたところみたい。
「ああ……その論文、ベールンゲン王国で発表されたばかりのものではありませんか」
「さすがリーノ、植物の分野は強いね」
「ええ、確か今年に入ってから発表されたものですよね? 研究院でも話題になっていましたので。でもまだかなり新しい論文ですし、専門家以外にはそれほど知れ渡ってはいないと思いますよ」
それから二件目。
水源の汚染による流域の鉱物中毒の可能性についての論文だ。これはダンホイズィア共和国のもの。
これまで広く知られていた鉱物とよく似た性質と見た目だけど、毒性のある新種が山中の水源で発見されたんだって。ミルサとミルセリアの関係に似ているね、こっちは植物じゃなくて鉱物だけど。
その毒性のある成分が染み出した水をずっと飲んでいる流域の住民たちに、中毒症状のようなものが確認されているみたい。
ただ、毒性も症状もそこまで深刻なものではないからなのかこれまでずっと見逃されてきていてね。でも他に病気がある人は合併症が危険だったり、体力のない人はそれが致命的になったりもするんじゃないかな、という話なのだそうだ。
「こっちはこの春出たばかりの論文ですね。ですから、うちの国も含めて各国がやっと水源の調査を始めたところ、くらいのタイミングじゃないかなと思います」
「なるほどな。一応、うちの国ではどういう扱いになっているのか土木局辺りへ照会してみるか……」
「……しかし、これだけの最新論文をすぐ拾って来ることができるとは……さすがクロードです。本当に見識が広い」
「そう言われると照れるなあ。……僕はただとにかく、新しく発表された文章があれば、本でも論文でもどこの国のものでも、とにかくなんでも読みたいだけなんだよね……。趣味というよりもうこれは……僕の習性みたいなものだから」
クロードお兄様は昔からそうだった。私はどちらかというと外で遊びたいタイプだったけど、お兄様はそれに付き合ってくれながらも必ず何か本をお持ちだったものね。旅の移動中の船や馬車でも常に読んでたし、旅先ではまず書店と図書館に行ってたもんなぁ。
新しい文章を常に読みたいっていういわゆる活字中毒ってやつらしいけど……今、クラリス様の中毒症状うんぬんの話をしてるときに、字面だけ見ると物騒だよねぇ、活字中毒。
「そのスピードで全部読んでしかも内容をほぼ全部記憶しているっていうんですから普通じゃないんですよ、本当に超人なんですクロードは」
「ああ、だからその記憶にある膨大な情報の中から、これだけ的確な情報を返してくれるのか。その習性に俺は感謝しないといけないわけだな……」
……改めて言葉にすると、確かにそうだね。私はゼノン様にエングリーン語を教えていたときに『私って人間辞書扱いされてるよなあ』とか思ってたけど。
それで言うならお兄様は『人間百科事典』なのかも。しかも常に最新の情報を網羅している最強のね。
……いや、それもう私の『人間辞書』の上位互換ってレベルじゃないよね。もしかして……うちのお兄様って、ものすごく優秀なのか……?
「確かにミルセリアによる中毒の話を見て、それが怪しいと決めてかかっていたところがあるな。だが話に聞く限りはそれぞれの可能性を一つずつ潰していく必要がありそうだ」
「原因が一つではなく複合して表れている可能性もありますよ。やっぱり、一度はクラリス様に実際お会いしたり、お過ごしの環境を確認したり……ということは必要かと思います」
「わかった。その時は……クロード、リーノ、それからアリス。一緒に来てはもらえるだろうか」
「もちろんですよ。クラリス様は、ええと……王都のタウンハウスにいらっしゃるんですか? それともご領地?」
そういえばクラリス様ってどちらのお家のご令嬢なのかな……公爵家子息のイヴァン様とご婚約なさっているわけだし、その辺りのどこの馬の骨ともわからない下位貴族ではないだろうけど。
「クラリスは実家のタウンハウスでも領地でもなく、体調の改善のために別荘地で療養しているんだ。エンテ伯爵領について聞いたことがあるだろう?」
「ああ、あの避暑地で別荘地として有名な……確か先々代の国王夫妻が退位した後そこでお過ごしだったんじゃないですかね」
王都より北東部。森深くに大きくて透き通った綺麗な湖があって、その周りを囲むみたいに王族や高位貴族の別荘が立ち並んでいるらしい。
そこに別荘を構えることは国内貴族にとってはちょっとした憧れなんだ、っていうのは聞いたことがあるよ。うち? 持ってないです。
「そこにあるシュトルヒ公爵家の別荘にいる。シュトルヒ領は商いや人の行き来が活発な領地でな、領主邸も賑やかな街道沿いなんだ。だからそこや王都のタウンハウスよりも、静かな環境で休ませたいという夫人の意向らしい」
なるほどね。確かに賑やかな領地は療養には向かないかもしれないね。
クラリス様の症状に確か呼吸器がどうとかいう項目もあったし、空気が綺麗な場所で療養させようっていうことならわかる。
あと、クラリス様はシュトルヒ公爵令嬢なんだね~。アインホルンと同格の公爵家のお嬢さんなのか、なるほど。
「エンテ伯爵領は馬車で何日かかかる距離だ。もちろん向こうでもしばらく泊りがけになると思う。それでも来てはもらえるだろうか?」




