3-1 初めて知らされる事実の情報量が多すぎる(2/3)
「久しぶりだねぇ〜元気にしてた? ちゃんとご飯食べてる?」
「……あの、実家なので。留学先でのあの頃みたいなことはさすがにないですよ」
リーノ様、揺さぶられながらも律儀に答えてるな。その構図がちょっとシュールで面白い。
「あ、そっか、それはそうだよね! でもまた研究院に泊まり込み三日とかやってない?」
「……それは…………。でも、それはかつて寝食忘れて学院書庫に同じくらいの期間籠ってた人に言われたくないですが。僕にそういうことを言うのなら、クロードも最近は同じようなことは一切やっていないということでしょうね……?」
「………………あはは、まさか~」
「……否定するまでの沈黙の時間が長かったですね。……やってますね、これは」
……うん、やってるね、これは。お兄様は昔から集中しすぎると他のこと全部忘れてやり続けちゃうところがあるから注意はしてたんだけどな……フィッシャー家のタウンハウスの使用人にはあとで伝えておこう……。まあ、お城に泊まり込まれるとどうしようもないけど、それでもね。
というか、さぁ……、待って待って? お兄様とリーノ様って、知り合いなの?
いや知り合いっていう距離感じゃなくて、もはやすごく親しい間柄よね? これ。肩組んでお互いに愛称呼び捨てだよ?
私が目を白黒させているのにようやく気付いたのか、クロードお兄様はリーノ様と肩を組んだままこちらへ笑顔を向ける。
「アリス。紹介するのは初めてだったかなぁ? 僕がダンホイズィアへ留学していた頃に、同じ国出身、近い年齢ってことで親しくしていたリーノ……アドリーノ=レーヴェ子爵子息だよ」
ダンホイズィア共和国。海の向こう、エングリーン王国を越えた先の南に位置する、この辺りでは珍しい王制を敷かない共和国制度の国。
首都である公都は学術都市として有名で、各分野の研究者たちが集まって色んな最先端の研究を行なっているんだよね。公都研究院付属の学院は大陸随一の高等な専門教育を受けられて、しかも政治的に完全中立の機関として他に類を見ないものすごい機関なの。
学院では近隣諸国の特に優秀な若者を募って留学を受け入れていて、クロードお兄様は選抜されて二年の期間留学をしていたんだよね。
「リーノ、この子は僕の妹で……」
「あの、クロード……。言葉を遮って悪いんですけど、僕、彼女とは面識がありますよ……」
「あれ、そうだったの?」
「お兄様、私とアインホルン邸へご挨拶へ行った日、教育係として紹介していただいた女性の使用人がいましたよね?」
「ああ、いたね。あのとっても優しそうな方」
その評価にリーノ様が一瞬目を逸らす。
そうだね……何も知らないと普通に優しそうな人に見えるんだもんね……。
「あの方の婚約者様が、リーノ様のお兄様なのです。そういったご縁で、アインホルン邸にも何度かいらっしゃっていて……」
「へえ。そうだったんだ~」
「ああ……。そうか……。アリスさんに初めてお会いしたとき、何かを思い出すなと……なるほど、クロードの妹君だったんですね……。……言われてみれば確かに似ている、ような……?」
「えっ、私、フィッシャーって家名も名乗りましたよね?」
「……すいません、クロードの本名を家名までちゃんと覚えていませんでした。いえ、アリスさんのお顔を拝見する度に何か忘れているような、何かひっかかるな……とは、思っていたんですが……」
「アリス。リーノは、自分が興味ないこととか無駄なことは一切覚えようとしないから仕方ないよ」
「……クロードは記憶力が良すぎるんですよ。誰もがあなたみたいな超人だと思わないでくださいね」
「僕が覚えられるのは、文章で読んだ事柄だけだけどなぁ」
「それでも普通じゃないですからね」
お兄様は苦笑しながら、リーノ様はいつもの無表情で。
お互いになんかちょっと失礼な内容というか、軽口を言い合えるくらい……これって本当によっぽど仲がよくなくちゃ成立しない距離感だわ。
「ん? アリスは知らなかったのか? クロード殿とアドリーノ殿が一緒に留学していたこと」
「いえ、お兄様が留学していたのはもちろん知っていますよ。でもリーノ様が同じ場所、同じ時期に留学なさっていたとか、二人がこんなにも親しいとは全然知りませんでした……」
「そうだったねえ、紹介する機会がなかったからなぁ。僕たち、親友なのにねぇ」
「親友……だったんですか? ……いえ。まあ、あなたにそう言われて悪い気はしませんけどね、僕も」
「じゃあこれからも親友って言ってもいい?」
「ええ、別に構いませんよ」
リーノ様は相変わらずの無表情だけど、クロードお兄様はなんだか嬉しそうににこにこしている。
お兄様、初対面だときっとみんな驚くこのリーノ様の鉄仮面にも全然驚いてないどころか、なんかもうもはやリーノ様の理解者みたいな顔してない?
「アリス、逆になんでお前知らないんだよ……だって、二人は共著した卒業論文が学院から優秀って認められて、帰国してからは陛下からも表彰されてるだろ? あの表彰式には来てないのか?」
「共著? 論文? 表彰ですか!?」
なにそれ全部初耳ですけど?
「ああ……それは。あの日、アリスは熱を出していたからね。だから領地でお留守番ということになって……。お城へ行ける、パーティーに出られる、とすごく楽しみにしていたから可哀そうだったけれど」
「あ~……ありましたね。お城へ行く予定の日に、風邪で寝込んでしまったことが……」
しばらく離れて暮らしていたお兄様が国に帰ってきてくれて、しかもお城のパーティーに連れていってくれるんだって、私はすごくすごく楽しみにしていたのに。季節の変わり目にもらってしまった風邪のせいで、熱の出ている身体で領地から王都へ行くことはできなくて……すごく落ち込んで、使用人たちに慰められながらもベッドでしくしく泣いて。
でも、お兄様と両親がお城のパーティーで出たっていう珍しいお菓子を帰りに王都で買ってきてくれたことはやっぱりすごく嬉しくて、それを泣きながら食べた覚えがある。そこの記憶だけ、すご~く鮮明に残っているんだよね……。
それがお兄様が書いた論文の表彰式だったとか、共同の著者がいたっていうのは全然知らなかった……まあ、もしかしたら聞かされてたかもしれないけど、状況的に私が不貞腐れてちゃんと聞いてなかった可能性はあるな……。
「じゃあもしその日王城にいらっしゃっていたら、僕や僕についてきていた兄様は、アリスさんともっと早く知り合っていたかもしれませんね」
「……確かに、そうかもしれないですね」
「俺もその場にいたんだぞ、父上に同行させてもらったんだ。俺も一応留学の希望を出して試験も受けたんだが選出されなくてあの時は悔しかったもんだよ。そしたらさぁ、選出されたヤツは留学先で優秀賞をもらって帰ってきたって言うだろ? どんなやつらか一目見てやりたくなってな」
「あれ、そうだったんですか。じゃあもしかしたら、イヴァン様と僕たちの三人で同時期に留学してたかもしれませんね」
「…………まあ、単純に俺の能力がお前らには及ばなかったって話だよ」
「いやまあ…………どうでしょうかねえ……」
イヴァン様の言葉に恐縮しながらも、否定はしないお兄様。
え、つまり……同じ試験を受けて、クロードお兄様とリーノ様は受かって、イヴァン様が落ちたってこと……だよね? 正直イヴァン様ってすごく優秀な方かと思ってたんだよ、こうして文官として立派にお仕事なさっているわけだし。
少なくともきっと特別劣っているわけではないだろうから、……ってことはだよ、逆にクロードお兄様とリーノ様の方が規格外にすごいって話になるよね?
「そもそもクロード殿もアドリーノ殿も留学中の成績が優秀だったから、帰国してから王城の外務局と薬学研究院にそれぞれ名指しでスカウトされてんだけどな……アリス、お前ほんとに知らなかったのか?」
………………うん、あのね、ほんとに、知らなかったよ……。
……私、今日初めて知ったことがすっごくたくさんありすぎる……言う機会がなかったからとか気づかなかったとか言われてもさあ……。この人たち、この情報を全部一度に知らされる私の身にもなってほしいんだけど?
「ちなみに俺の採用は父上の口利きだぞ!!」
「いや……うちの国、普通に採用試験ありますよね? 基本は口利きとか忖度とかはないっていわれてますけど……?」
王立機関の人事採用は、表向きには≪コネ≫とか身分が高いとか献金したとか、そういうの関係なく実力主義の試験によるものだという話なはずだよ。そりゃあまあ、もしかしたら裏口入学とかも私の知らないところであるのかもしれないけどさ?
そんな照れ隠し自虐ネタみたいなことを言いながら、多分イヴァン様ってすごく努力なさって勉強がんばった人なんだろうな。普段のお仕事に対する態度とか見てればなんとなくわかるんだよね~。
ただ、だからこそお兄様とリーノ様の名指しスカウトってのは異例中の異例なのかもしれないけど。
「なんだ、知ってるのか。つまらんなー公爵家ジョークだったのに」
わかりにくいし反応に困るからやめてください!




