1-3 隣国の令嬢は破天荒すぎる(3/3)
詳しい話はこちらで……と促されてカロリーナ奥様はソファに座る。向かいには劇団の団長と名乗った細身の紳士が深紅のシルクハットを手に取り、軽く立礼してから腰を下ろした。
どうも、割と早い段階からルイーズ様を追いかける形でこの部屋には来てたみたいだね……存在感が全くなかったけど。というか、ルイーズ様の存在も大暴走も派手すぎて他のものが何も目に入らなかったんだよね……。
実際の団の運営は実業家かつ演出家であるこの団長が任されていて、ルイーズ様のお父上はお金を出してて口は出してなくて、ルイーズ様はお父上がお金を出してるから運営に口も出すし自分の書いた原作を提供したりもしてる、という感じで回っているらしい。
とはいえいくらオーナーの御息女が書いたものでも、面白くないものは使ってもらえないんだって。ルイーズ様も、団長に何度も草案をボツと突き返されたとか。
お互い芸術家として相手に真摯に向き合っているからこそそういうやりとりになるそうで。
それから団長の隣にはもう一人別のふくよかな年配の紳士が座った。スタッフに呼ばれて先ほど部屋へとやって来たこの立派なひげの印象的な彼は、どうやらこの劇団の支配人らしい。カロリーナ奥様とは既にお互い見知った関係のようで、穏やかに挨拶を交わしている。
そんなこんなでカロリーナ奥様と二人の紳士がなにやら相談し始めたのを横目に、ルイーズ様が再びゼノン様の元へと歩み寄る。
「あのっ、先ほどは、ご挨拶もせずにいきなり大変失礼なことを言ってしまって……申し訳ありませんでした。その……」
ああ、さっき『顔に惚れ込んだ』ってとんでもない特大の爆弾を落としてたものね。その時のゼノン様の顔色を思い出すとまた鳥肌が立って来た……。
さすがのルイーズ様も謝ることにしたんだ、さすがにね。
ゼノン様はルイーズ様の言葉を受けて少しの間無言で何か考えていた様子だった。それから何か言おうと口を開こうとした瞬間、ルイーズ様が言葉を被せた。
「役者とかおやりになりません!?」
直球。
ルイーズ様、ド正面からとんでもない直球ぶん投げていくじゃん。
ある意味すごい。
「……は? や、役者……?」
心底理解不能っていう顔で、めちゃくちゃ戸惑っているゼノン様。
大丈夫。この状況は、誰でも戸惑う。ゼノン様だけじゃないよ。
……額を押さえた後、無言で助けを求める顔でこっちを見られても……ごめんねごめんねゼノン様。これは私にはどうしようもない! 一介の侍女にはこんな状況は捌けません!!
「……はぁ……ルイーズ様?」
ため息をつきながら、ティナお義姉様が二人に歩み寄る。
さっきまでと呼び方を変えているあたり、一応よそ行きモードで取り繕っているみたい。……まあ、さっきは掴みかかって『ルイーズちゃん!! ステイ!!』って言ってたし、なんならその辺りの一連のドタバタ全部見られてるわけなんで今更な気はするけど、まあ、こういうのはね、形が大事ですからね……。……ほんとに今更だけどね……。
「公爵夫人とご一緒なところを見てもおわかりでしょうけど……ゼノン様は公爵家のご子息ですよ。お家を継ぐ大切なお役目があるんじゃないかと……役者として活動していただく、それもエングリーンの劇団で、というのはかなり無理がある話のように思いますが……」
そうだよねえ。だいぶ無理筋だよ。
「長男ですか? それとも次男以降?」
「………………その、次男……、だが?」
「≪よっし、じゃあオッケー!≫」
じゃあオッケーじゃないんだよ!! 何もオッケーじゃない!! サムズアップをするな!!
しかも厄介なことに、今のゼノン様はエングリーン語のこれくらいの単語なら意味がわかるんだよなぁ……! ルイーズ様は通じてないと思ってるのかもしれないけど!
いや、言葉の意味はわかったとしても言ってることの意味は何ひとつわからないけどね!?
「ルイーズ様……?」
若干圧が乗った笑顔でティナお義姉様に見つめられても、ルイーズ様は頭を横に振りながら必死に食い下がった。
「でも、でもでも……勿体ないです、こんな逸材ですわよ…………? この、奇跡のようなお顔の造形……加えて背もとてもお高いし、お声も低く響いて魅力的でそれでいて涼やかで……ああっ……本当に、奇跡……!!」
床を叩きながらまーた容姿を褒めてるよルイーズ様、懲りないな……。と、思ったのだけど、どうもゼノン様の反応が、さっき最初に『顔に惚れた』って言われたときのあの嫌悪の表情とは何か違うな……。
ええと、何か、そわそわしてる……?
何か言いたそうな……。いや、……何か、聞きたそう……?
「あの、ゼノン様……? 何かルイーズ様にお尋ねになりたいことがありますか?」
うん。それならそれで早く聞かないと、多分この人ずっと一人でしゃべるタイプの人だよ。
今もずっと延々と床に向かって美辞麗句を並べてるもん。一人で。
「あら、なんでしょうか。何なりとお聞きくださいませ?」
私の言葉に気づいたらしいルイーズ様は、何事もなかったようにすっと立ち上がって綺麗な姿勢で私たちの方へ微笑みを向ける。さっきまで床に伏してた人には見えない……いやそもそもなんで床に伏してるのよって話なんだけどそれを言い出したら話が進まないからそれは一旦忘れよう、ね。
ゼノン様はちょっと戸惑いながらも、ゆっくりと口を開き、少し迷ってまた口を閉じた。ルイーズ様はその様子を見ても何も言わず、にこにこと微笑んで言葉を待っている。
ゼノン様は一度短く息を吐き、意を決したようにもう一度口を開いた。
「……その、だな…………」
「はい」
「……貴方は俺の容姿をそうやって褒めてくれるが……今日見た舞台の役者たちは、皆とても容姿が整っていたように思う。俺なんて、……あの中に入ってしまえば、大したことはないのではないだろうか……?」
「それはまあ……。確かに、そうかもしれませんわね!」
えっ!? 何、なんて!?
ゼノン様の容姿が大したことないかも、って言った!?
「我が劇団の役者たちは、皆容姿が整った者を揃えてはおりますが……。いわゆる、甘い容姿の王子様タイプ」
王道だね。
「野性的なタイプ」
ワイルド系か。
「中性的な美しさを感じさせるタイプ」
≪おネエ系≫かな。
「愛くるしいタイプなど」
少年枠?
「……色々とおりますのよ。でも、貴方様ほど造形の整った、かつ、冷たい切れ味を思わせる背筋が凍るような美貌を持っている者は他におりませんわ」
なるほどねえ。私のような語彙力がない人間だと、彼を見ても『うわっ、美丈夫!』って感想だけで終わってしまうけど、そういう風に言語化するんだね……。
彼女は本当に小説家なのかも、ってちょっと信憑性が出てきたな……いや、疑ってるわけじゃないけどさ。
ただ考えようによっては、だけど。容姿が良すぎることで貴族社会で生き辛かったゼノン様が、容姿がいいことがあたりまえの役者たちに囲まれる環境って、それ……本人にとっては、案外悪い話じゃないんじゃない?
……そうなんだよね。貴族の付き合いってやっぱり相手の家格とか派閥とかそういう事情もあって狭い選択肢の中から付き合う相手を選ぶからさ……そういう狭~い社会の中で閉じ込められて、嬉しくもない誉め言葉で騒がれて大変な思いをしているのなら、そこからいっそ飛び出してみるのもありなのかもしれないよねえ……?
ルイーズ様の提案はものすごく斜め上からのとんでもないものだと思ったけど、実は案外ありなのか……?
もちろんさっきティナお義姉様が言ったとおりお家の関係や、それから多分隣国へ行くことになるんだろうから言葉の壁だってある。
本人がそれなりの覚悟と意思を持って挑まないといけない、かなり険しい道だけれど……。
と、考え事をしていると、背後から声をかけられた。
「あら、ゼノンは先生とお話が盛り上がっているようね……?」
「はっ、お、奥様!」
カロリーナ奥様がいつの間にか私の背後に立っていた。彼女の視線の先……ゼノン様は、まだルイーズ様と言葉を交わしているようだ。
……あれ、あの二人、いつの間にか会話が成り立ってる……?
……ああ、『運華』のことに話題が移っているみたい。あっ、そうか、考えてみれば、推し作家ラ・エトワール先生に直接作品のことを聞けるチャンスだもんな!? それは確かにちょっとうらやましい……!!
たまにルイーズ様が興奮して≪オタク≫特有の早口になってるけど、ゼノン様はさっきまでみたいに≪ドン引き≫してる感じではないし。
なんならちょっとうなずきながら聞いてるよ。
ふと耳に、いつぞやに私がゼノン様にお教えしたエングリーン語のフレーズ≪どこかへ泳いで行きたい≫の一節が飛び込んできた。
それについて、ルイーズ様は何度も頷きながら嬉しそうに褒めている。エングリーン語をよく勉強なさっているんですわね、と言われてゼノン様はちょっとはにかんでいる。
えっ……ええ~……? ゼノン様って、あんな表情するんだね……?
「……幼い頃から甘えん坊だったあの子が私の元を離れるのはもう少し先だと思っていたけれど……旅立ちのその時は、案外急に来るものなのですね」
「…………」
少しだけ眩しそうに目を細めて言う奥様の言葉に、私は何も返すことができなかった。
ゼノン様からまだ詳しいことを相談されたわけでも、彼自身がまだそうと決断したわけでもないのだろう。
でも、母親である奥様には、息子の控えめにはにかんだ笑顔の向こうにその光景が見えたのかもしれない。
この国の貴族社会という枷から解放されて隣国でのびのびと生きる、そんな彼の姿が。
***
後日改めて劇団の団長が公爵邸に来て、公爵夫妻、それから若様二人と一緒に結構長い時間をかけて色々なことを話し合っていたようだった。
ゼノン様の『エングリーン王国で役者を目指したい』という意思は存外に硬くて、これまであまり自分の意思を強く示さなかった末っ子のその様子にはイヴァン様も旦那様もすごく驚いていらっしゃったらしい。奥様はその隣で始終微笑んでいらっしゃったみたいだけど。
最終的には、彼が自分の意思で決めたことなら……と応援する形にまとまったんだって。
劇団への入団に伴って隣国に赴くことになるので、王立騎士団は除隊となるそうだ。
アインホルン公爵家の貴族籍は一応まだ抜かずに残しておこうという方向でまとまったようで、彼の立場は『エングリーン王国に留学中のユルンベルク王国アインホルン公爵家子息』ということになるらしい。
とりあえず、もし向こうで結婚して婿入りするとかそういう話にならない限りはそのままになるみたい。
こっちに帰ってくるかもしれないもんね。帰ってこないかもしれないけどね。
あちらでは、もちろんいきなり役者として舞台に立つわけではなくてまず下働きをしつつ演技や歌、踊りの基礎の稽古から始めることになるんだって。
これまで貴族の子息として生活してきた彼にとってはかなり厳しい生活になると思う。それに加えて、彼は並行してエングリーン語の勉強もしなければならない。
きっと体力的にも精神的にもキツい道のりだと思うなぁ。ゼノン様、がんばれるかな。
でも、少し前までのあの無気力な感じと比べると、今、彼の瞳は輝きが違うものね。
それに……エングリーン語をすごく生真面目に勉強していたあの姿を思い出せばきっと……彼ならがんばれるんじゃないのかな。私には、そんな確信があった。




