1-2 奥様たちの駆け引きが華やかすぎる(2/2)
跪いてバルバラおばさまから手渡された紙片を布張りのトレイへ置き直して揃え、カロリーナ奥様へと差し出す。
奥様は紙片を優雅に手に取って顔に近づけると、しげしげと眺めた。
「今月からこちらの王都で興行する予定の、歌劇団の演目のご案内ですわ。この歌劇団は母体がエングリーン王国ということもあって、我が商会も後援者として出資しておりますの。とある筋から、公爵夫人様は演劇を好まれる、と耳にしたものですから……」
「さすが、よくご存知ですわね。わたくし、演劇や歌劇にはめっぽう目がありませんの。こちらの演目も気になってはいたのですけれど……そちらのエングリーン王国が母体ですから、いつもの馴染の劇団とは勝手が違って伝手もございませんでしょう? しかも大変な人気と伺っておりますわ。席をどうやって確保したものかと思案していたところでしてよ」
「もちろん、公爵閣下ご夫妻のためでしたら最高級のお席を用意させますわ」
「ありがとうございます、バルバラ様。素敵な体験ができることを期待しておりますわ。その際には、是非わたくしからも心ばかりの応援をさせてくださいませ」
「ありがとうございます。謹んで承りますわ」
応援ってのはつまり……席の招待に応じるからにはもし内容が期待を上回るならばアインホルン公爵家からも資金的な援助をする、つまり後援者として噛ませてくれ、ってことね。で、期待する……って言葉が入ってるということは内容が期待外れなら援助の話もなしになるかもしれないよ、ってところかな。
平民言葉で言えば『まあせいぜいがんばれよ』って感じだろうね。
「ただ、ひとつ……お願いがございます」
「あら、何でしょうか。わたくしで対応できることなら、なんなりと」
「せっかくご招待いただくところ申し訳ないのだけれど……エスコートは夫ではなく、息子に任せる形でも構わないかしら?」
奥様へご招待の話を持っていくということは、普通は公爵の旦那様が同行することが前提なんだよね。もしかしたら公爵の旦那様こそを招待したいっていう場合もあるかもしれない……多分今回は単純に奥様ご自身を招待するのが目的っぽいけど。
でも礼儀として、一応確認しておく必要があるって奥様は思っていらっしゃるんじゃないのかな。
若様の格が低い、ということじゃないんだけど、公爵の旦那様と子息の若様だと当然格が違うわけだからね。
商会側も席の準備とか、色々細かい部分が変わってくるだろうし。
「ご子息ですか? ええもちろん、大歓迎ですわ。ああ、もしよろしかったら公爵様やご子息お二人分のお席を……」
「いえ……お言葉はありがたいですが、そこまでのご配慮は不要ですわ。夫も上の息子も、いつも何かしら忙しくしておりますから。もちろん、下の息子が殊更に余暇が多いわけではありませんけども……ただ、この演目……。……アリスさん。少し、よろしいかしら?」
「はっ……! はい、奥様!」
視線を受け、私は内心慌てつつも奥様の側へ寄り軽く膝を折った。
「ニコラスから報告は受けています。この方、例の小説の著者ではないかしら?」
カロリーナ様は、さっき私が渡した布張りのトレイ……つまり、バルバラおばさまから渡された演目案内の紙片を見せてくださる。私は思わずそれを二度見した。
ねえ……小さく『原作者』って書かれた欄に、ラ・エトワール先生……例の恋愛小説『運華』の著者の名前が見えるんだけど!? そう、ゼノン様がエングリーン語でがんばって読んでたあの小説の著者だよ。この文字の小ささでは、さっき受け渡しの動作の中では一瞬しか見えなかったしさすがに気づかなかったけど。
あーそうか。そういえば、『運華』をゼノン様に取り寄せなさったのってカロリーナ奥様だったっけ。そのあと、彼がこれを気に入っている、なんなら原書の翻訳を私が手伝ってるとかそういうこともきっと報告が上がってるんだろうな。
「そうですね。若様が非常にお気に召した愛読書の著者です」
「報告を聞いて私、本当に驚いたのよ? 偶々茶会で、市井の流行にとても詳しい友人からその小説の話を聞いて……ゼノンがもし小説を気に入らなかったとしても、それでも内容の一部分でも、何かほんの少しでも刺激になれば……。そういう思いで取り寄せたのよ」
なるほどね。奥様にとっても、ほとんど≪ダメ元≫だったわけだ。
その予想をいい意味でか悪い意味でかはわからないけど裏切ったゼノン様は、小説の愛読者になった上にうっかりこっちの人になりかけてるんだけどね……。
しかし私はラ・エトワール先生の著書はほとんど読んでるはずだけど、この歌劇のタイトルには見覚えがないなぁ。ということは、先生がこの歌劇用に書き下ろした完全新作ってこと?
なるほど、その前評判があるなら去年『運華』が流行してた平民たちの間では既にすごく話題になっているんだろうな。奥様も『大変な人気』っていう評判を聞いているくらいだし、前売り券もよく売れてそう。
でもその評判がもし小説の人気から始まってるとすれば、多分貴族階級にはまだいまいち浸透してないんじゃない?
劇団や商会としては貴族階級にももっと売り出しをして、もっといい席を売って単価を上げたいんだろうね。一般向けの席は満員御礼でも、いわゆる貴族向けのボックス席は余裕がある、とか多分そんな感じなんじゃないかな。
今回の招待の目的は、これをきっかけにユルンベルク王国の社交界で発言権を持つカロリーナ奥様から情報を発信してほしい……というあたりかな。
「エングリーン語を訳してまで真面目に読んでいるという話だものね……。だったらこの歌劇も、きっとゼノンは見たがるでしょう?」
「ええ、きっとお喜びになると思います」
「ご事情は承知いたしました。ご同行なさるのがご子息であっても、商会としては何の問題もございませんわ。むしろ、ご子息のエスコートなんて……本当に素敵ですこと」
「それではお母さまも、今度何かの機会があったらお兄様にお願いなさったら?」
「あら、それもいいわね。でも……それだとあの人と息子が喧嘩にならないかしら?」
「お兄様とお父様だったら……その可能性も十分にありますわね……?」
「あらあら……ご家族皆さん、仲睦まじくていらっしゃるのね」
ドレスで着飾った貴婦人たちが三人寄ってあらあらうふふと笑い合う姿はすごく華やかである。なんか扇子が振動する度にすごいいい匂いがふわっふわ漂って来るもんな~……。
それにしても、端に座ってるお兄様はずっと穏やかににこにこしてるんだよ……すごいよね。私だったらそろそろ頬が攣ってぴくぴくしそう。私は今、無だから壁際で顔を伏せて表情死んでてもいいけどさ。
今この部屋はお兄様以外は、ナタリア先輩や私を含めて女性しかいないのに居心地が悪くないのかなあ。我がお兄様ながら、なかなか度胸があるというか大物というか……。
いや……。もしかして、ただ感性が鈍いだけなのかな? ……あの人の場合、若干、その可能性もあるんだよなあ……。




