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記憶が一日しか持たない俺が、それを演技だと思われて同接十万の配信者になっている件  作者: 吉良カンタ


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3/3

第3話 今日の俺、女子に見られていた

 学校から帰ってきて、鞄を床に落として、制服のまま椅子に座る。机の上のパソコンを起動する。デスクトップに貼り付けてある手書きのメモには、こう書いてある。


【配信を始める時の手順:一、OBSを起動(緑のアイコン) 二、マイクを確認(叩いて波形が出ればOK) 三、タイトルを入れる 四、配信開始。挨拶は「やっほ、Letheです」いつもそう言ってるらしい】


 いつもそう言ってるらしい、と、自分のメモが自分に教えてくる。毎日やっていることなのに、俺は毎日、やり方を思い出せない。ありがたいことに、昨日の俺は有能だった。今日の俺は、それにただ従う。従う係。俺の人生における俺の役割は、だいたいこれだ。

 OBSが起動する。マイクのテストをする。配信タイトルはいつものテンプレで『雑談/初見プレイ続き』。"続き"というのが面白い。昨日の続きを、今日の俺がやる。俺にとっての"続き"は、他人の始めた物語を途中から引き継ぐのと、ほぼ同じだ。でも視聴者にとってはちゃんと続きになっている。不思議な話だ。

 配信開始ボタンを押す。画面の右下にカウントダウンが出て、ゼロになる。俺はヘッドセットを整え、マイクの正面で、軽く息を吸う。


「やっほ、Letheです」


 言いながら、そう言うのか、と自分で一瞬思う。メモの通りだった。コメント欄が一瞬で流れ始めた。


『待ってた』『Letheくん今日も来た』『おつかれ~』『今日も記憶あるー?w』『あるわけねえだろいつもの設定だぞ』


 俺は笑う。笑うように、、というよりは、笑ってしまう。視聴者が、俺のことで勝手に笑ってくれている空間というのは、なんというか、暖かい。居心地がいい。画面の隅に出ている同時接続者数を見る。九万八千。毎回こんなもんらしい。多いのか少ないのか、俺にはよく分からない。分からないまま、俺はこの人たちに毎晩話している。


「今日はね、ゲームの続きから、って言いたいとこなんだけど」


 俺は、今日のゲームを事前にアーカイブでちょっとだけ予習してきている。だから、何のゲームの途中なのかは、一応、知っている。知っているだけで、プレイした感触はない。毎回、手が覚えていない状態から始める。


「俺、どこまでやったか覚えてないからさ、視聴者の方が詳しいと思うんだよね。誰か教えて」


 コメントが跳ねる。


『また言ってるよ』『Letheの"俺のこと視聴者の方が詳しい"シリーズ』『お前そのスタンスで一年やってて草』『昨日ボス戦直前で終わった!』『嘘つくな、ボス戦は一昨日だ』『ほんとこのコメ欄、俺の記憶係すぎる』


 俺は、ははっ、と笑う。記憶係。視聴者がそう呼ばれるのを、もう何百回も聞いた気がする。本人たちは、冗談で言っている。俺が記憶喪失キャラを演じていて、視聴者が"その設定につきあって記憶係の役をやってあげている"、という、二人羽織のお約束。だけど俺にとっては、冗談じゃないのだ。本当に、この人たちが、俺の記憶だ。ボス戦直前で終わったらしい、昨日は。その情報は、今、このコメント欄から、俺の中に入ってきた。俺の記憶は、ここで、作られている。

 ゲームを起動して、セーブデータをロードして、最初の数分は「あれ、どうやって動くんだっけ」とふざけた口調で言いながら、チュートリアルっぽくボタン配置を確認する。コメント欄は『やめろそのくだりw』『毎回だろw』で盛り上がる。実際、毎回、本当に、初めてボタン配置を確認している。視聴者はそれを知らない。

 ボス戦は、意外と、あっけなく勝った。俺の手が覚えていないだけで、昨日までの俺はかなりこのゲームをやり込んだらしい。レベルも装備も、俺が思っている以上に整っていた。俺はただ、昨日までの俺が用意してくれた環境で、ボタンを押しただけだった。コメントは『やるやん』『装備整えた昨日のLetheに感謝しろ』『お前お前に感謝する構造なんなんだ』で盛り上がった。俺も笑った。本当に、そうだな、と思った。俺は、俺に、毎日、感謝している。

 ボス戦のあと、少し休憩を挟むことにした。画面を一度、待機画面に切り替える。雑談タイムだ。俺の配信は、半分はこれで持っている。らしい。


「いやー、勝ったねー」

『おめ』『おつかれ』『Letheの勝ちシーンだけは毎回視聴者の方が興奮してるよなw』『だってあいつ自分がどんだけ強いかわかってねえから』


 俺は麦茶を一口飲んで、話題をどうしようかな、と少し考える。話題はだいたい昨日のアーカイブと今日のメモの中にある。昨日の俺が「明日これ話そうと思う」とメモを残してくれている時もあるし、今日の俺が何かしら気になった小さいことを話す時もある。俺は、スマホを手に取った。『クラスメイトメモ』を開く。今日の昼に、追加された一行があった。


【窓際、前から三列目、髪を一つに結んでる女子。たぶん、この子】


 ああ、と俺は思う。今日の俺が、これを書いたんだった。俺はマイクに向かって、少し首を傾げてから、軽い口調で、こう言った。


「あのさ、今日ね、学校で、なんか、女子にずっと見られてたっぽいんだよね」


 コメント欄が、一瞬で、燃え上がった。


『は?』『は⁇』『おい待て』『ちょっと待てLethe』『ラブコメ始まったか?』『これ設定? マジ?』『Letheに女子フラグは反則だろ』『ずっとって、どのくらい?』


 俺は、ちょっと笑ってしまう。視聴者のリアクションが、面白いから。


「いや、どのくらいかは知らんけど。っていうかさ、俺、昨日の配信でも同じようなこと言ってたらしいんだよね」

『言ってた』『昨日も言ってた』『昨日も見られてたって言ってたぞ』『つまり二日連続で見られてるのか、その女子に』『もう恋愛漫画じゃん』

「恋愛漫画じゃないよ。俺、明日にはその子の顔、忘れてるから」


 軽い口調で、そう言った。いつもの、記憶喪失キャラとしての、オチのつけ方だった。コメント欄はいつも通りそれに乗ってくれる。


『泣かせにくるのやめろ』『Letheのその"どうせ忘れる"オチ、毎回ちょっと胸にくるんだよなあ』『設定守る鬼』『ロープレ王』


 視聴者は、いつもこう言う。"設定"と。"ロープレ"と。俺は、それに、今日も、笑って返す。

 笑って返しながら、画面の隅を、ちらっと見る。流れていくコメントの中に、よく見る名前が、混ざっている。見覚えのある名前は、俺の記憶システム上、異例だ。覚えていないはずの顔や名前が、なぜか、ちょっとだけ、"見覚えがある"として感じられる人が、視聴者の中には何人かいる。身体の記憶と似たやつなんだろう、と、自分では勝手に思っている。その中の一人に、『あかり』という名前があった。画面の中を、流れてきた。


『Letheくん、その子、どんな子ですか』


 まっすぐな、短いコメントだった。他の『付き合っちゃえ』『Letheモテ期』みたいな茶化しのコメントに混ざって、その一行だけが、やけに、静かだった。俺は、なぜか、そのコメントを、拾ってしまった。


「あかりさん、おつー。どんな子か、って言われてもなあ」


 言いながら、俺は、今日の昼の、あの一瞬を、思い出そうとする。思い出そうとして、当然、ちゃんとは、思い出せない。俺の中には、メモに書いた情報しか、残っていない。"窓際、前から三列目、髪を一つに結んでる女子"。それだけだ。それだけの、情報の中で、俺は、何かを、言おうとする。


「なんかさ、目が、合ったんだよね」


 俺は、言う。


「目が合って、そらされた、ってだけなんだけど。そんだけのことを、なんで俺、わざわざ覚えて──あ、覚えてはない、メモしてるんだけど、まあ、とにかく、なんでメモしたんだろうって、思ってさ」


 コメントが一瞬止まり、そして、どっと流れる。


『急に素になるのやめろ』『Letheが素で喋る時だけ、ほんと、なんか、こわい』『これ設定じゃない感じで言ってない?』『ガチで言ってる空気出してくるなLethe』『お前のそういうとこが人気なんだぞ自覚しろ』


 俺は、ちょっと笑って、首を振って、戻した。


「いやまあ、わかんないけどさ、明日になったら全部忘れるんで、どうでもいいんだよね、たぶん」


 戻した、と自分で思った。戻した。いつもの、軽い口調に。記憶喪失キャラとしての、飄々とした俺に。コメント欄も、その合図で、いつも通りの騒ぎに戻った。


『忘れるなよ~』『明日の俺、見てくれLetheに女子ができた』『どうせ忘れる恋愛、エモい』


 その中に、『あかり』からの、二つ目のコメントが、流れた。


『忘れちゃうの、もったいないですね』


 それだけだった。俺は、そのコメントを、また、拾ってしまった。


「──まあ、でも、忘れるから、生きてられるとこ、あるからさ」


 言ったあと、自分でも、え、今の何、と思った。いつもの軽い口調の、その"軽さ"の底が、一瞬、抜けた気がした。マイクの前で、俺は、無言で、次の言葉を探す。コメント欄は、一瞬静まって、


『Letheくん?』『おい、大丈夫か』『今、配信事故ちょっとあったな』


 と、ざわついた。俺は、軽く、咳払いをして、


「あーごめん、なんか変なこと言った。次のステージ行こっか」


 と、話を、戻した。戻して、ゲーム画面に切り替えた。視聴者は、すぐにゲームの話題に戻ってくれた。戻らなかったのは、俺だけだった。俺は、ゲームをしながら、さっきの"あかり"の二つのコメントを、頭の片隅に、引っかけたままだった。

 配信は三時間半で終わった。いつもの締めの挨拶をして、配信を閉じて、OBSを切って、部屋の中に、静寂が戻った。俺は椅子の背もたれに、ゆっくり、身体を預けた。天井を見上げた。今日の俺が、今日あったことを振り返ろうとした。振り返ろうとして、でも、たいして覚えていないことに、すぐに、気づいた。振り返るには、今日の俺には時間が足りない。俺が目を閉じて、深く眠ってしまったら、今日の俺は、消える。今日目が合った、あの女子のことも、消える。配信のアーカイブには、残る。"窓際、前から三列目、髪を一つに結んでる女子"というメモも、残る。でも、"目が合った瞬間、自分がなぜだか、ちょっとだけ、嬉しかった気がする"、という、さっきの、マイクの前で言いかけて飲み込んだ感情は、どこにも、保存されない。

 俺は、スマホを取り出して、音声メモのアプリを開いた。配信には出せない。でも明日の俺には、一応、渡しておきたい、と思った。録音ボタンを押して、俺は少しだけ間を置いてから、言った。


「明日の俺へ。──今日、教室で目が合った女子のこと。忘れる前に言っとくと、たぶん、悪い気分じゃなかった。メモを見たら、一応、その子のこと、ちゃんと見ておけ。以上」


 録音を止めて、ファイル名に日付をつけて、保存した。伝えたいことはそれだけだった。それだけのことを、わざわざ、明日の自分に残した。なんで残したんだろうな、と録音したあとで、俺は自分で、また不思議に思った。思いながら、俺はパソコンの電源を落とし、制服を脱ぎ、ベッドの脇の小さな時計を見た。午前一時。寝よう。眠ると、消える。それでも、寝ないわけにはいかなかった。今日の俺は、今日で終わるのだ。明日の俺が、明日の分を、また、やるだろう。いつも通りだった。いつも通りなのに、布団に入ってから、目を閉じるまでの、その三十秒くらいの間、俺は、少しだけ、惜しいような気分になった。その気分にも、名前はつけなかった。名前をつける暇もなく、俺は、深く、眠った。

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