第90話:刺繍クラブに入部
――――――――――学院高等部裁縫実習室にて。刺繍クラブ部長サリー視点。
何ということでしょう!
刺繍クラブに待望の男子が入部してきました。
それもクインシー殿下です。
本物の王子様です!
ずっと感じてはいました。
刺繍とは殿方に差し上げてこそ価値の高いものであると。
しかし刺繍クラブ渾身の作品はどうしてもオーバーデコレーションになってしまい、殿方向けにはならないと。
文化祭で販売しても、お客様は女性ばかりですし。
「クインシー殿下は何ゆえ刺繍クラブに転部されたのでしょうか?」
ふわっと王子の笑顔を浮かべて答えるクインシー殿下。
「転部元の魔法クラブを、宮廷魔道士候補生のために席を空けたいというのがあったのです。それで聖女様に誘われて、刺繍クラブに入るからモデルになってくれないかと」
聖女様グッジョブ!
わかってる!
そうです、刺繍クラブに必要なのは男性モデルなのです!
ああ、これで間違いなく刺繍クラブの生産する作品のクオリティは上がる!
テンションまで上がってしまう!
「ありがとうございます。聖女様は何ゆえ刺繍クラブに?」
最大の謎はそこです。
クインシー殿下やユージェニー様のような有力者を連れて刺繍クラブに入ってくれたことは嬉しい。
聖女様が刺繍を得意としていることも聞いてはいますけれど、男子を誘ってまで入部してくれようとした理由がわからないのです。
男女混合でいいクラブだってたくさんあるでしょうに。
「刺繍ってプレゼント品として考えた時、微妙じゃん?」
「は? 微妙とは?」
「どうしても見てくれ勝負になるから、贈られた側がセンスに合わないとか技術が未熟とか思っちゃうと使ってもらえない。結構な労力をかけた意味がない」
「そ、そうなのです」
刺繍の最も泣けるところ、それは使ってもらえないこと。
聖女様はよくわかっていらっしゃる。
「女の子は可愛いもの好きだし刺繍の大変なことも知ってるから、もらえば使うじゃん? でも男の子はなー」
「刺繍の価値をわかってもらえないのです!」
部員皆から悲鳴が上がります。
おそらくは刺繍クラブ部員の多くが体験していることでしょう。
男子に作品を贈っても、丁重にしまい込まれて忘れ去られてしまうことを。
「それを解消する手段があるんだ」
「ど、どういうことでしょうか?」
「つまり男の子の興味を引きつけ、使ったり大事にしてもらえたりする刺繍があるってことだよ。言い方を変えれば、男の子が欲しがる刺繍の作品」
「そんなものがあるんですか?」
無敵ではないですか。
「あるんだよ。じゃーん!」
聖女様がどこかから取り出した布と角材を得意げに見せます。
「ケープですか? 刺繍してあるのは魔法陣?」
「そうだね。本来はマントで刺繍も外からわからなかったんだけど、これは試作品だから。マントは動きづらいんだよね」
本来? 外から見えない刺繍?
どうやら実用品のようです。
「肩口のところにポケットがあるので魔石を入れまーす」
「魔石ですか」
しかし入れてしまうのでは装飾になりませんね。
「これをマイク君に着せまーす」
マイク様も転部してきた男子です。
でもどうせならクインシー殿下に着せればいいのに。
いや、それも不敬ですか。
「着せたら殴りまーす」
「えっ?」
聖女様が角材を思い切り振りかぶってマイク様を殴りつけます。
あっ、ケープが光った!
角材が真っ二つ?
「マイク君は無傷でーす」
「えっ、えっ?」
理解が追いつきません。
どうしてこんな現象が?
魔法陣が仕事をしているとしか考えられませんが……。
「つまり殴りかかるっていうのがトリガーになって、魔石から供給された魔力によって魔法陣が発動、攻撃を無効にするっていうものだよ」
「す、すごい。そんなことが可能なのですね? 刺繍で?」
「あ、クズ魔石だと一発で魔力使い切ってボロボロだな。この魔法陣は外部からの魔法も無効にするんだ」
「ということは、魔法を撃たれても無傷?」
「魔石の魔力が持つ限りはそーゆーこと。男の子はこーゆー実用的なギミックに惹かれちゃう生き物なのだ」
「「「「「「「「……」」」」」」」」
部員全員が考えに沈んでいます。
これなら製作者の技術やセンスの押しつけではない、確実な刺繍のメリットになるではありませんか。
「これ、去年の建国祭で蜂起しようとしていた自然派教団の過激派が持っていた技術でね」
「えっ?」
ビックリです。
そんな物騒な技術だったとは。
「最大の秘密は魔力を通しやすいこの糸にあるんだ。宮廷魔道士に調べてもらったら、バラン国で産するナンゴクアマっていう植物の繊維から作られているものだそーな」
「!!!!!」
「おお? モアナちゃんどーした。さすがにまくし立てられると聞き取れんぞ」
モアナ様。
留学生としていらした、カメハメハ王国の王女様だそうです。
やはり聖女様とともに刺繍クラブにやって来ました。
モアナ様の侍女が言います。
「恐れながら。ナンゴクアマはカメハメハでも生産しているのです」
「そーだったか。刺繍糸も作ってるかな?」
「はい。上流階級では使われておりますよ」
「あ、やっぱいいものなんだな。ウートレイドにも売ってくれる?」
「ウートレイドとの取り引きが増えるなら万々歳かと思います」
「取り寄せよう。バラン産の刺繍糸との品質の差も知りたい」
「手配しておきます」
「宮廷魔道士の方にはカメハメハ産の糸も試して研究するねって言っとくわ」
カメハメハとの取り引き?
宮廷魔道士と研究?
話が大きくなってきましたよ。
「えーと、ごめんね。どこまで話したっけ?」
「魔力を通しやすい刺繍糸に秘密があるというところまでです」
「そうだった。さっきの魔法陣は過激派が持っていたやつのままなんだ。欠点もある」
「欠点ですか。例えば?」
「外からかけられた魔法を全部弾いちゃうの。だから味方からの回復魔法や補助魔法の類も受けつけない」
「なるほど。魔法を主に考えた時には心許ない部分があると」
「そゆこと。個人の守りとして考えると十分だとは思うから、最初はこの魔法陣の刺繍の仕方から覚えればいいと思うんだ。でも魔法陣自体も改良したい」
「ええと……」
魔法陣の改良はさすがにムリです。
刺繍クラブの出番ではないんですが。
聖女様がにこっと笑います。
「魔法陣の改良は魔法クラブでやってもらう」
「えっ?」
「コラボだよコラボ。魔法クラブで考えたものを刺繍クラブで形にする。楽しそうでしょ?」
ほう、共同作業ですか。
何かいいですね。
「で、実は刺繍にもコツが必要なんだ」
「技術論になりますか?」
「そこまで大げさなもんじゃないんだけど。よくこの魔法陣見てくれる? あたしが縫ったものだけど、感じることない?」
「……正確なステッチだと思います。しかし地味ですね」
大きく頷く聖女様。
「そうなんだ。魔法陣に魔力を満たさないと発動しないから、魔力が流れにくい華麗なステッチは却って邪魔になっちゃう。腕の見せどころがなくてごめんね」
「いえ、実用とはそういうものかもしれません。外から見えない刺繍というのも納得がいきます。しかし刺繍でなければいけないのですよね?」
「将来は違う技術が開発されるかもしれないけど、今のところ衣服の魔法陣を起動させる一般的な手段と考えると刺繍しかないんじゃないかな」
「わかりました。皆さん、お聞きになりまして? 殿方に確実に喜んでもらえる実用刺繍です。早期に会得しますよ」
「「「「「「「「はい!」」」」」」」」
新しい目標ができました。
楽しく充実した一年になりそうです。




