第70話:文化祭三日目、一般開放日
――――――――――文化祭三日目、学院高等部教室にて。ダドリー視点。
今日も大鍋の前に陣取っているのはあの平民聖女だ。
火魔法を自在に扱えるから都合がいいというのはあるんだが。
「ふんふーん。今日もいい感じに煮えてるなー」
「いい匂いは食べ頃のサイン」
「おっ、マイク君。名言だね」
何をくだらないことで大笑いしてるんだ、こいつらは。
「パルフェさん、やっぱり今日も串焼きはすぐ売り切れそうなのよ」
「焼きはどーやっても増やせないでしょ。素直に諦めよう」
「金串を通した大きな肉を、空中で炙り焼きしながら削ぎ切りにして提供するっていうパフォーマンス、パルフェさんなら可能じゃない?」
「おお? すげえアイデア出たぞ?」
空中に魔法でオーブンを作る発想か。
大きな金串さえあれば中まで火も通るだろうしな。
魔法の得意なこの平民になら普通にできそう。
『魔の森』での空飛ぶナイフの技を見せられると特にそう思う。
「けど金串がない、試してもいないじゃ今日はムリだな。来年までそのアイデアは取っとこうよ」
「そうね。来年もパルフェさんと同じクラスになりたいわ」
「可愛いことを言ってくれちゃってもー。こうしてくれる。ぎゅー」
「きゃあ!」
「あっ、私も!」
何故か女生徒数人がハグする状況に。
微笑ましいというか眼福というかわけがわからん。
しかしあのチビ聖女がいるからこそ、クラスが最上の雰囲気を保ったまま回っているのは間違いないのだ。
中心にいるのは私でもクインシー殿下でも、アルジャーノン先生ですらない。
「おい、マイク」
「ん? 何だい?」
私が普通に話しかけたことにマイクは驚いているようだが、知ったことか。
実質従者であるマイクがあの平民について一番詳しいだろうから、得るべき情報は得ておかねばならん。
「あのチビ平民のスコアはかなりいいんだろう?」
「聖女様かい? そりゃまあ」
「どれくらいなんだ?」
来年度からは成績順にクラス分けされるのだ。
魔法実技も始まるし、ぜひとも同じクラスになりたいが、チビ平民が二組以下ならその限りじゃない。
私にとっていいスコアで卒業することは至上命題だから。
「一学期末のスコアだと、必須科目だけで三位。選択科目課外活動を含めた総合順位では一位だよ」
「えっ?」
予想以上だ。
まさかそんなにいい成績だったとは。
しかし……。
「行儀作法が壊滅的だろう? あり得ない。どうしてそんなスコアになる?」
「まあ行儀作法だけは赤点スレスレだけど、座学は全教科ほぼ満点近いよ。魔道理論なんか満点超えてる」
これは頷かざるを得ない。
チビ平民の魔道理論のスコアが満点超えてるからって、誰が文句をつけられると言うのだ。
「聖女様はああ見えて器用だから、ダンスや選択の声楽・刺繍のスコアも高いんだ。ダンスなんか初めてだって言ってたのに」
「そうだったのか」
ダンスが見たことないほど軽やかなのは知ってる。
「帝国語は選択してないのに誰より詳しいんだ。オレだけでなく、クインシー殿下やユージェニー嬢も聖女様に教わってる」
「どうしてそれほど帝国語が得意なのに選択しなかったんだろう?」
「教わることがないからって言ってたけど」
「……」
殿下やユージェニー嬢は言うまでもなく王位継承権持ちだ。
外交はウートレイド王国の重要課題であるから、お二人には最高の帝国語家庭教師がついてるはず。
それなのにあの平民はお二人に帝国語を教えている?
学ぶことがないだと?
そんな広い知識を持っていたとは。
行儀作法という見えてる欠点が大きかったから、まさかそれほどとは思わなかった。
「オレも聖女様に教わって成績が上がってさ。今のままだと来年一組になれそうだから頑張ろうと思ってる」
「えっ?」
二年次以降の一組は最優秀クラスだ。
マイクの成績って、初等部時代は中の下くらいだったろう?
いつの間に好スコアを取れるようになってたんだ?
正直焦る。
「オレはさ、男爵家の三男だろう? ダドリーみたいに家を継げるわけじゃない。かと言って騎士や高級文官になれる成績でもなし。聖教会にも残れないし、どこに婿に行くのかなあっていう人生だったんだ」
これはマイクに限ったことではない。
武術や学院のスコアで存在感を示せない嫡男以外の貴族子息の扱いは良くない。
「聖女様付きになってオレは変わったんだ。未来に展望が開けたね」
「私も……変わりたい」
「えっ? ダドリーはスピアーズ伯爵家の跡継ぎだろう? 変わる必要ないじゃないか」
マイクは驚くが違うんだ。
私はたまたま生まれが良かっただけで何もなしていない。
今まではそれに疑問を持っていなかったが、格下だと思ってたマイクが努力しているというのに、私がこのままでいいはずはないじゃないか。
「おいこら、何やってんだ。そろそろ開店だぞ? キリキリ働け」
「相変わらず口が悪いな」
チビ平民だ。
その乱暴な口調に最初は皆が驚いていたが、最近は慣れたものだ。
慣らされてしまったとも言う。
「ここは王立学院だぞ? 全く淑女らしくない」
「うわ、レイチェル先生が増えたみたいだ。勘弁してちょうだい」
笑いが起きる。
このチビ平民が行儀作法のレイチェル先生にしょっちゅう説教されているのは、皆が知っているから。
思えばいつもそうだ。
私がささくれた感情をぶつけてしまっても、チビ平民聖女は常に笑いに包んでくれる。
ああ、でも足を折られたこともあったな。
時には冗談がキツいこともあるが、落としどころは決めているような気がする。
この話法も取り入れるべきなのか?
魔法も含めて学ぶことが多い。
「あれ、ダドリー君どうした? そんなにあたしを熱烈に見つめて。ははーん、さてはあたしの魅力にノックアウトされてしまったな?」
「違う!」
「いや、違わない。何故ならあたしは可愛いから。ダドリー君が恋に落ちてしまっても何の不思議もない」
「決めつけるな!」
無神経にケラケラ笑うな。
見ろ、クインシー殿下が冷たい視線を向けてくるじゃないか。
一般開放日だからクインシー殿下は来れないという話だったが、殿下たっての希望で今日も参加してくださっている。
「……クラスの出し物はかなりの評判を呼んでいる。ここまでの成功を収めることができたのは君のおかげだ。感謝する」
「あれ、本格的にどうしたの? ダドリー君がこんなに素直だなんて。天変地異の前触れじゃなければカゼでも引いた?」
「引いてない」
「じゃ、マジであたしの虜になっちゃった? うっふーん」
「なってない」
「ごめんね、あたしはそんなに軽い女じゃないの。でも世の中に女性は星の数ほどいるから、ダドリー君がいいっていう物好きにきっと出会えるよ」
「そうじゃない! 余計なお世話だ!」
大爆笑の中、殿下だけ笑ってないじゃないか。
この手の冗談がお好きじゃないのかな?
「出し物が評判いいのは、皆が頑張ってるからだよ。あたしは聖女なんで、一生懸命の人がいれば力を貸すわ。それだけのことだぞ?」
「……ああ、そうだな」
「そしてまだ文化祭は終わってないぞ。今日を全力で乗り切りまっしょい!」
「「「「「「「「おう!」」」」」」」」「「「「「「「「はい!」」」」」」」」
クラスをまとめる力量も私より遥かに上か。
私が殿下の失望を買っている原因はこれだろうか?
いや、今はそれより……。
「今日は一般公開日だ。確実に大鍋二杯分は売り切れる」
「そーだね。大鍋三杯目を煮る時間はとても取れないから、売り切れ間際になったら生肉の販売に切り替えよう。魔物肉の美味さが広まった今なら売れるぞ!」




