第59話:密談
――――――――――王都コロナリア某所にて。ネッサ視点。
私が秘密裏にケイン子爵家に引き取られたのは、一〇歳になったかならないかの時だった。
両親が自然派教団員ということで憲兵に逮捕されたから。
自然派教団員であることは事実だったが、私には優しい両親だった。
悪いことをしたわけでもないのに、逮捕なんて横暴だ。
理不尽な憲兵と王家を、ウートレイド王国の支配体制を憎むようになったのは、当然の成り行きだっただろう。
「フューラー、一つ質問よろしいでしょうか?」
フューラー、それは自然派教団のトップの呼称だ。
自然派教団が単なる宗教団体でなく、反ウートレイド王国過激派組織であることを知ったのはいつだったろうか?
現在、教団の主な顔役を集めた会議が開かれている。
フューラーはいつも仮面を被っている。
おそらく中年の男性だが、顔も地位も名前も知らない。
子爵である父がへりくだっているところからすると、かなりの身分の方であると推測はできるのだが。
「ネッサ、失礼だぞ」
「構いませんよ。同志ネッサ」
柔らかくて穏やかな、音楽的にも思える響きだ。
いつ聞いても安心する声だと思っていたが、改めて考えると思考を麻痺させる危うさを秘めた声にも思える。
「ウートレイド王国の何がどう悪いのでしょうか?」
「ネッサ、何だその今更な質問は!」
「フューラーを軽んじておるのか!」
「いえ、よいのです」
仮面の男フューラーが憤る同志達を片手を挙げて制する。
「申し訳ありません、フューラー。私は未熟者ゆえ、時々教えを心に刻んでおきたいと思うのです」
「いい心がけです。何故なら人間は堕落するものですから」
フューラーの口調がやや強くなるとともに、同志達の背筋がピンと伸びる。
「同志ネッサの初心を重んじる姿勢は大事です」
「は」
「人が人から金品を搾取して支配する。人の身分に上下があることは、神の前で平等である原則に反する」
間を取るフューラー。
言葉が同志達に浸透してゆく。
「我らは違います。私は確かに同志諸君にフューラーとして重んじられていますが、諸君らから搾取しているわけではないからです。諸君らの総意でまとめ役を受け持っているに過ぎない。私に代わる者がフューラーに相応しいとなれば、もちろん私は従います。血統などという根拠のないものには従わない。それだけの単純な話です」
フューラーの意見は正しく、美しい。
王家を憎む気持ちがむくむくと頭をもたげる。
王という能力の保証のないものに屈しなければいけない理由などないはずだ。
「王を戴く国はいくつもあります。中でもウートレイド王国は罪深い」
再び間を置くフューラー。
ウートレイドと他の王国の違いと言えば……。
「国防結界です」
「おお!」
「その通りだ!」
「国防結界とそれを維持する聖女という体制を永続させんがために、他の王国以上に民から搾取しなければならない。あまつさえ他の国の上に君臨することが常態化しています。ウートレイド王は事実上世界の王なのです。しかし……」
フューラーが同志達を見渡す。
「それほどの実力が果たしてウートレイドにありますか?」
「ありません!」
「公平に見て、あるとは言えない!」
以前の私だったらフューラーの言葉に疑問を持たなかったに違いない。
しかし今はいくつもの綻びが見える。
教団は平等主義なのか、それとも実力主義なのか?
ウートレイドだけを目の敵にするのか?
だがフューラーは皆の同意に満足そうだ。
「同志ネッサ。ウートレイドの悪徳について、これで納得していただけたでしょうか?」
「はい、ありがとうございました。よくよく心に刻みつけたいと思います」
ウソだ。
私の疑問がこれで晴れるわけでなく、迷いは日に日に大きくなっている。
何故ならば聖女パルフェがこう言ったからだ。
『あたしは聖女であることに拘ってはいないよ。いつ辞めても構わない』
誰にも悟られなかったと思うけど、私にとってあの発言は衝撃だった。
自然派教団の教えでは、既得権を持つ者はそれに固執するのが前提だったからだ。
既得権所持者が既得権に拘らないならば、神の前で平等である原則に反しないではないか。
聖女パルフェはこうも言った。
私のことを現実主義者だと。
目が覚めた気がした。
そうだ、私は現実主義者じゃないか。
その私が現状の生活に不満であり、一方で学院は楽しいと思っている。
これが何を意味するのか?
「同志ネッサは学院高等部に進学後、第一王子クインシーや偽聖女パルフェと知り合いになったとか」
「はい、そうです」
同志達からおお、と小さく声が上がる。
「いいでしょう。いずれ思い知らせてやることができそうです」
何を思い知らせてやるのだろう?
クインシー殿下は温和で優秀な人だ。
王家に対する鬱屈した思いはあっても、殿下個人に対するわだかまりはない。
殿下が王となったウートレイド王国は繁栄を極めるだろう。
そして聖女パルフェ。
あのいつもニコニコしている黒髪の少女には、神の存在を信じざるを得ないくらい、おかしいレベルの実力と魅力がある。
二人と魔法クラブで親しくなれたことは望外の喜びだ。
楽しい学院生活を壊して、私に何のメリットがあるのか?
フューラーが言葉を続ける。
「残念ながら我々に全ての矛盾を正す力はありません」
「フューラー……」
「いえ、これは同志諸君のまとめ役たる私の力不足が一番いけない。慙愧に堪えません」
「フューラーのせいではありません!」
「いえ、責任を回避するつもりはありません。今年の建国祭では挽回いたします」
同志の一人が不安に思ったようだ。
「去年の悪夢が思い出されますな。正直うまくいくのか疑問に思います」
「貴様日和ったか!」
「泥船に同乗する気はないと言ってるのだ!」
私は詳しいことは聞かされていないが、建国祭で何かあるということまでは知っている。
この論調からするとまたテロ行為だろうか?
「同志のムダ死には絶対に防がねばなりません。昨年の同志達の散華は非常に無念なことでした。しかしあの暴発は止められなかったのですか?」
フューラーはあのテロの際、王都にいなかった。
フューラーは外国人なのだろうか?
同志達が互いに顔を見合わせている。
「あれは……新聖女登場に焦った一部同志が起こした行動で」
「俺は知らなかったです」
「全容を知っていた者は、おそらく全員捕らえられてしまったかと」
「『魔の森』の柵を壊し、魔物の解放を狙ったと聞いています。狙いは悪くなかったんじゃないでしょうか?」
「フューラーはそう仰るが……」
結局は大失敗だった。
参加した教団員が一人も逃れられなかった作戦の狙いが悪くなかったと言っているようでは、何をもって成功というのかわからない。
「いえ、戦いの専門家たる騎士を相手にしないで搦め手で社会不安を煽り、王家にダメージを与える手法は参考にしてもいいだろうということです」
「ですが煙幕等を使用して逃げるにしても、最終的に聖騎士や憲兵を相手にせねばなりませんぞ」
「つまり逃げきるまでの間、聖騎士や憲兵を相手にできればいいのでしょう?」
「は? そんなことが可能ですか?」
「冬までには秘密兵器が完成しますので、それを同志諸君に支給します」
何らかの手段で同志達を王都市外に逃す手段を講じるのは当然としても、秘密兵器とは?
一般人が騎士と戦えるほどの?
正体が何なのかまるで見当がつかない。
しかしフューラーは相当の自信があるようだ。
弾んだ声で宣言する。
「いずれまた連絡いたしましょう。本日は解散」




