第55話:幸せな家庭/陰謀
――――――――――新学期一ヶ月が経過したある日。ゲラシウス筆頭枢機卿視点。
「ただいまあ」
「お帰りである」
「あら、パパ。もう帰ってたの?」
愛する娘サブリナが学院から戻ってきたである。
少し口が悪いである。
というか父に対する扱いが雑である。
もう少し優しくしてくれてもいいであろうに。
「もうとは御挨拶であるな」
「でも聖務で忙しいんじゃなかったの?」
「今日は肉の他に骨をもらったのである。時間をかけて煮込むといいスープが取れるそうなのでな。早く帰ってきたのだ」
『ゲラシウスのおっちゃん、シチューが好きなんだ? 骨でスープ取ると一味違うんだよ。試してみ?』
小娘の舌は信用できるである。
実に楽しみである。
「今日も聖女様は魔物退治だったの?」
「そうであるな」
「忙し過ぎじゃない? パパも高等部の厳しさは知ってるでしょ?」
わかっているであるが、小娘は行儀作法以外が大変とは一言も言わないである。
遊びの感覚なのではないか?
「しかしあの小娘は、魔物狩りを絶対に譲らぬのだ」
「魔物なんて危険でしょうに」
「本来は危険な聖務であるな。しかし小娘の魔物狩りは全く危なげないのである」
何者も逃れ得ぬ感知魔法と正確無比な飛ぶナイフ。
心配するだけ損なのである。
吾輩は大人しく肉を待っていればよいのである。
「学業の方はどうであるか?」
「ちょっと高等部のペースが掴めてきたわね」
「ほう、頼もしいであるな」
「でも算術と生物学と古語と地理はチンプンカンプンなの。ねえパパ、どうにかならないかしら?」
「安心するがいいである。その四科目は吾輩もチンプンカンプンであった。しかし結局ギリギリで試験は通ったである」
「何が安心なのかしら?」
呆れた目で見ているであるが、何だかんだでサブリナは吾輩に似ているである。
吾輩譲りの運の良さで試験はクリアできるのではないか?
「高等部など行儀作法とダンスをしっかり身につけ、人脈を築けばいいと思うである」
「パパもそう思う?」
「うむ」
「理解あるパパでよかったわ。いいスコアで卒業しろって言われたらどうしようかと思った」
多くを望んでも仕方ないであるからな。
よい連れ合いを見つけるのが一番大事と思うである。
「小娘は行儀作法の心配ばかりしているであるぞ」
「座学の心配をしなくていいのは羨ましいわ。でも聖女様は言葉遣いを直すべきじゃない?」
「誰もがそう思っているである。講師にも同じことを言われているであろうが、あの小娘は聞かぬのである」
「どうしてなの?」
「ぎこちなく不自然になる自分が嫌なのだと。自分で嫌なものを他人に見せるのは礼儀に反するだろうとな」
「ふうん、聖女様なりの理由があるのね」
どうであるかな?
面倒なことが性に合わぬだけではないか。
「でもいいなあ。聖女様ったら、座学は優秀なんでしょう?」
「必須科目は問題ないと聞いているである」
選択科目はマイクと同じでないから、様子がわからぬであるな。
「そう言えば、刺繍の講義は聖女様と御一緒させてもらってるわ」
「そうであったか。サブリナが刺繍を得意としていることは知っているであるが、小娘はどうなのであろう?」
まさか不得意なものを選択しはしないだろうが、刺繍が得意とも思えぬである。
いかに?
「お上手よ。すごく正確で早いの。まるで職人みたい」
「ふむ、意外である」
「流行りのステッチや図案はお知りでないようですけれども」
「サブリナが小娘とともに受ける講義は刺繍だけであるか?」
「ダンスも一緒ね。ダンスは一、二組が合同なの」
「あの小娘はどうであるか? ダンスの心得はないはずであるが」
マイクはダンスについて何も言ってなかったである。
無難にこなしているのであろうが。
「そうなの? 聖女様は見ていて全然動きが違うわよ。先生が驚くくらい軽やかなの」
多分飛行魔法か浮遊魔法を使ってズルしているである。
まったく要領がいいである。
「問題がなければそれでよい」
「パパったら、聖女様のことが心配なのね」
「吾輩よりも大司教猊下が御心配されているのである」
「二人ともよ」
サブリナは笑うであるが、あの小娘は絶対に何かやらかすと思っているからである。
おっと、シチューのいい匂いがしてきたであるな。
夕食が楽しみである。
――――――――――同刻、ケイン子爵家邸にて。ネッサ視点。
自室に戻るなりカバンを放り捨て、ベッドにダイブする。
聖女パルフェが魔法クラブに入部するなんて、完全に想定外だった。
想定外と言えば、クインシー殿下とユージェニー公爵令嬢の入部もだけど。
「魔法クラブって、宮廷魔道士になりたい人が入るクラブじゃなかったの?」
愚痴をこぼしたって状況は変わらないのだけれども。
魔法の研鑽に努めたかった。
唯一の女性部員なら先輩がチヤホヤしてくれると思ったし。
でも聖女パルフェとユージェニー様がいるのでは、私なんか完全に脇役だ。
「でも……楽しい」
魔法は聖女パルフェが教えてくれる。
『あれ? ネッサちゃん、魔力の立ち上がりがスムーズじゃん。魔法使えるんだ?』
『ごく基本的なものなら』
『すげえ! 皆に教えるの手伝ってよ』
ストレートな称賛が嬉しかった。
クインシー殿下ユージェニー様マイク様から向けられる、尊敬の目が面映ゆかった。
私自身も魔力の立ち上がりを改めて意識したら、魔法の効果が上がった気がする。
魔法の上達は聖女パルフェがいる方が明らかに早い。
ああ、純粋に魔法だけに目を向けることができるなら、こんなに楽しいことはなかっただろうに。
「聖女パルフェ、か……」
何て魅力的な個性なんだろう。
魔法クラブは完全にあの黒髪の小柄な少女主導で動いていて、先輩達まで含めて誰もそれを疑問に思っていない。
リーダーシップがすごい。
普通なら先輩方が導くか、それとも殿下の意を酌んで動くのが当たり前だろうに。
「私は……」
今日聖女パルフェが聖務のためにクラブに来ないと知ってガッカリしてしまった。
そしてガッカリした自分にビックリした。
私はイレギュラーな存在である聖女パルフェを憎んでいたのではなかったか?
彼女は偽聖女のはずだったのに。
聖女が表に現れないことにより、徐々に聖教会の権威を削いでいく計画だったと聞いている。
あわよくば国防結界を崩壊させるつもりだったとも。
それが何故?
聖女が出現しないことに業を煮やした神が、新たな聖女を顕現させたようにも思える。
じゃあ彼女は神に認められた本物の聖女なの?
私の存在って何?
「ふう」
ため息を吐いても、結論なんか出ない。
私一人で考えても仕方のないことだった。
とにかく軌道修正を余儀なくされている。
魔法クラブの先輩達を抱き込むことはできなくなったが、せめて自分の魔法の実力だけでも上げないと。
ノックの音がする。
「入って」
「失礼いたします、ネッサ様」
私の従者を務めている小男が入室してくる。
何の用だろう?
「フューラーから伝言がございます。お伝えしてよろしいでしょうか?」
「ええ、お願い」
「『クインシー第一王子及び聖女パルフェと親しくしておけ』だそうです」
クインシー殿下や聖女パルフェと親しく?
なるほど、同じクラブになった縁を奇貨として、警戒させないような存在になっておけということね。
「わかったわ」
「それから蜂起の決行は今年の建国祭当日になるらしいです」
「そうなのね?」
「はい。では、失礼いたしました」
小男が去って行く。
本当に思い通りいかないものだ。
涙がこぼれて気付く。
私は聖女パルフェと友達になりたいんだ。




