第42話:ある事件
――――――――――学院高等部講堂にて。エインズワース公爵家令嬢ユージェニー視点。
「高等部に進級・編入された方、及びその保護者・従者の方、お揃いですか? 自分の後について来てください。クラス分け表の貼り出されている場に案内いたします」
声を張り上げる、亜麻色でクシャッとしたクセ毛のスマートな男性。
おそらく魔法学全般を受けもつアルジャーノン先生ですね。
いつも白衣を羽織っていらっしゃるという、お姉様の仰っていた特徴通りです。
「ユージェニー。我らはこれにて帰る」
「はい、お父様、お母様」
「ボニー、あとは頼んだぞ」
「お任せください、旦那様」
お父様とお母様は外せない昼食会があるとのことでした。
でも私付きの侍女ボニーがいるので心強いです。
高等部は人間関係で問題が起きやすいとされ、校内で従者一人を付けることが認められています。
もちろん従者を伴わない生徒の方がずっと多いのですけれども。
ボニーは子育てを終えた中年の女性で、とても頼りになるのです。
「さ、お嬢様。まいりましょう」
「はい」
ゾロゾロと新入生とその関係者がアルジャーノン先生について行きます。
随分人数が多いですこと。
第一王子クインシー殿下が高等部に編入されるからだと聞いています。
クインシー殿下はずっと目がお悪かったですし、こう言っては何ですがお会いした時も可愛らしい方という印象がありました。
でも先ほどの新入生代表としての挨拶は、とても堂々としていらっしゃいました。
さすがは第一王子ですね。
「お嬢様。どなたと同じクラスになるか、楽しみですね」
「はい」
実は少し憂鬱なのです。
私は地味な性格のせいか、初等部の時もお友達が多くありませんでしたので。
親しい方がいらっしゃるとよろしいのですけれど。
階段を昇りきったところで、再びアルジャーノン先生の声が響きます。
「ここに掲示板があります。クラス分け表が掲示されているので各自御確認ください」
……人数が多過ぎて全く見えませんね。
これだけ大人数になると想定していなかったのでしょう。
確認はあとでいいですね。
どなたかが教えてくださるかもしれません。
「今後日々の連絡なども掲示板に張り出されます。常に確認してください」
高等部では初等部と異なり選択の講義もあるせいか、各クラスの担任からよりも掲示板経由の連絡が多いのでしょう。
登校時と下校時には要確認ですね。
やいのやいのという騒ぎの中、一人が私に気付いたようです。
「あっ、ユージェニー様!」
仲良くさせていただいている、スモールウッド伯爵家の令嬢クローディア様です。
「私と同じ四組ですね。一年間よろしくお願いいたします」
「いえ、こちらこそどうぞよろしくお願いいたします」
よかった、クローディア様と同じクラスでしたか。
ひとまずホッとしました。
「他はどなたと御一緒なのでしょうか? 私、まだ掲示板を見ることができていないのです」
「私もチラッと確認しただけなので、もう一度見てまいりますね。あっ?」
何かに躓いたのか、バランスを崩して倒れかかってきたクローディア様に押されました。
後ろは階段!
「きゃ……」
「お嬢様っ!」
ボニーの伸ばした手も届きません。
結構な段数のある階段です。
ああ、入学早々ツイてない。
頭だけは守らなくては。
と、何かに包まれたように減速したかと思えば、フワッと身体が浮き上がります。
えっ? これは何?
黒髪の女の子の元へ引き寄せられました。
「ふいー、間に合った」
「せ、聖女様あ!」
「クローディアちゃん? ずいぶんしっかり歩けるようになってるねえ。よかったよかった」
この黒髪の小柄な方が聖女パルフェ様?
「わ、私の足がもつれてユージェニー様を押してしまったのです。とんでもないことを……」
「誰にでも間違いはあるって。あたしが目を光らせてるから大丈夫だぞ?」
「あの、パルフェ様、ありがとうございました。私はエインズワース公爵家のユージェニーと申します」
「ユージェニー? あっ、お姉ちゃんの妹さんだったか」
太陽のような笑顔です。
ところで私はどうして助かったのでしょう。
魔法?
「ブラボー! 君が聖教会の聖女、パルフェ君だね?」
「そうそう。先生よろしくね。にこっ」
「今のは浮遊魔法だね?」
「うん」
「咄嗟に発動できる練度! 人一人をあの距離で持ち上げられる魔力! いずれも素晴らしい!」
「ユージェニーちゃん足捻っちゃったみたいだね。先生、医務室に送ってきまーす」
「お願いしよう。医務室は一階玄関の近くだよ」
「ありがとう。行ってきまーす。マイク君もついて来てくれる?」
「わかりました」
マイク様、スイフト男爵家の令息ですね。
こちらのお腹の大きな男性は、確か聖教会のゲラシウス枢機卿でしたか。
パルフェ様に抱えられたまま、ボニーも合わせて五人で医務室へ。
「小娘、足くらい回復魔法で治せばいいではないか」
「人の多いところじゃ話せないことがあってさ」
「何であるか?」
「ユージェニーちゃんが階段から落ちたのは事故じゃない。故意だよ」
「「「「えっ?」」」」
突き落とされたということ?
「まさかクローディア様が?」
「いや、クローディアちゃんは関係ない。クローディアちゃんの足を何かの魔法でもつれさせたやつがいる」
「魔法? いや、それは……」
「感知魔法に悪意と魔法が引っかかったんだ。でなきゃあたしだって気付かなかったわ。誰かがクローディアちゃんに罪をおっ被せてユージェニーちゃんを害そうとした。間違いないよ」
「「「「……」」」」
そんなことだったとは。
お姉様が仰っていたようにパルフェ様はすごい。
「ゲラシウスのおっちゃん。ユージェニーちゃんって王位継承権持ちなんだよね? 隠密みたいな人、付いてるんでしょ?」
「影であるか? おそらくは」
「数増やしてもらって。魔法に詳しい人がいい」
「王家に伝えておくである」
「侍女さん。ユージェニーちゃんを突き落とそうとするやつに心当たりある?」
「……お嬢様の性格で恨まれるようなことはないと思います。ただし王家を、公爵家を、そしてお嬢様がクインシー殿下の妃候補と見られることを面白く思わない者はいるのかと」
「ふーん、絞れそうにないな」
小首をかしげるパルフェ様。
「マイク君ユージェニーちゃん。初等部の時、魔法得意な子っていた? クローディアちゃんを転ばせた魔法って、かなり高度なやつだと思うんだけど」
「火を出せる水を出せるくらいの者はいましたが……」
「基本的に初等部では魔法の使用は禁止ですから」
「じゃ、保護者か従者の魔法かな?」
「あの教師は魔法の使い手として有名であるぞ」
「あたしは先生の方ずっと見てたけど、あのタイミングで魔法使った気配はなかったな」
「お主、犯人は割り出せぬのか?」
「無茶言わんといて。あの距離でユージェニーちゃんから目を切ったら落としちゃうわ。悪意もすぐ消えちゃったし、何の手掛かりも掴めなかったわ」
誰から狙われたかわからないというのは怖いです。
「ま、心配することはないと思うよ。悪意がすぐ消えたところからすると、結果に頓着しない愉快犯的な事案の可能性が高い。『あたしが目を光らせてるから大丈夫だぞ』って言ったから、今後は迂闊なことしないだろうし。大体誰かの保護者が犯人だったら、もう機会がないでしょ。影の人が増えれば問題なさそう」
パルフェ様がそう言ってくださると少し安心できます。
「今の先生が魔法で有名なら、事情話しておくべきだな。あと公爵様に連絡。できることそれくらい?」
「まだあるである。ユージェニー嬢の足を治すである」
「そーだった。ヒール!」




