第36話:コトコト煮込んだ美味しいシチュー
ここから第二部です。
――――――――――ある日、ゲラシウス筆頭枢機卿視点。
妻と娘とともにディナーをいただく。
吾輩、とろけるほど肉を煮込んだシチューは大好物である。
小娘の狩ってきた臭みのない肉で調理すると、より一層美味い。
天上の美味である。
「ねえ、パパ」
「サブリナ、あなたも来年から高等部に進学するのでしょう? お父様とおっしゃい」
「はあい」
「まあよいである」
娘に『パパ』と呼ばれるのは甘えられているようで好きである。
『お父様』などと呼ばれると、小遣いをねだられるのかと警戒するである。
サブリナはネコのような、気まぐれな娘であるからして。
「クローディア様が歩けるようになったのって、聖女様のおかげなんでしょう?」
「さあ、どうであるかな?」
スモールウッド伯爵家の令嬢か。
車椅子に乗って、世に絶望したような目で聖教会を訪れた少女である。
もちろんよく覚えている。
小娘の術後、下半身に感覚が戻ってきたと大喜びしていたである。
あれから数ヶ月、歩けるようになるまで筋力が回復したであるか。
「クローディア嬢はサブリナと同い年であったか?」
「初等部でクラスも一緒なのよ。いつも暗い顔をしておられてお気の毒に思っていたのだけれど、初夏の頃でしたかしら? 突然明るくなられて、直に足を動かせるようになり立ち上がれるようになり。見る見る内にといった御様子でしたわ」
「よきことであるな」
「クローディア様に聞いても教えてくださらないのよ。ねえ、パパは知らないのかしら? 聖女様付きと言っていたでしょう?」
「言えることと言えないことがあるのである」
聖女パルフェの治療は厳密には秘密ではない。
しかし超絶回復魔法リザレクションに触れるのは、タブーの雰囲気があるである。
「ふうん、それは聖女様のおかげだが言えない、って言っているのと同じと思うけれど」
吾輩もそう思わないではないであるが、王家が小娘のリザレクションについてどう考えているのか、その胸の内がわからぬである。
この前ギリギリで失態を見逃してもらった手前、迂闊なことは喋れないのである。
「今日、聖女様とジョセフィン様にお会いしたのよ。エインズワース公爵家の」
「えっ?」
サブリナが小娘とシスター・ジョセフィンに会った?
「どこでであるか?」
「町のスイーツで評判のお店よ」
「ああ、なるほど」
「パパ聖女様付きって言いながら、お二人から目を離しちゃダメじゃないの」
「聖女の祝福ありの建国祭も間近であるからな。大司教猊下が出張出張でお忙しいのである。その分吾輩に聖務が回ってくるのである」
「でも聖女様とジョセフィン様って重要人物じゃないの。今年は自然派教団のテロだってあったのよ? 危ないと思うわ」
もっともである。
しかしあの二人が出かけるならば、『王家の影』と言われる隠密が見張っているはずである。
サブリナには言わぬであるが。
「心配はいらぬである。聖女パルフェは暴漢の二〇人や三〇人、どうってことないであるから」
「そうなの?」
「強いであるぞ。吾輩、聖女付きとして一度『魔の森』の魔物退治に同行したことがあったである。現れる魔物の首が瞬時に飛ぶのだ。あれは神技に近いである」
ちなみに魔物退治に同行するのは一回でクビになったである。
獲物を運ぶ際に腰を痛めて、『ゲラシウスのおっちゃん使えねえ』と言われたのだ。
屈辱である。
「聖女様ってそんなにすごいの?」
「実践魔道技術ならば、世界にも並ぶ者は何人もおらぬのではないか?」
「ええっ?」
サブリナは驚いているであるが、これは控えめな表現である。
何せ世界一の魔道士の呼び声も高い漂泊の賢者フースーヤ殿よりも、魔力量については小娘の方が遥かに上だそうだからだ。
「じゃあ心配なんてする必要なかったのね。二人きりってどうなのと思ったから、しばらく遠くから見ていたのよ。そうしたらいきなり聖女様が近付いてきて話しかけられて」
「おそらく感知魔法に引っかかったのである」
「感知魔法ってすごいのね。人通りも多かったのよ?」
感知魔法は使えるようになることよりも、情報の取捨選択が難しいと聞いたである。
しかしあの小娘はほぼ四六時中使っているとのこと。
慣れもするのであろうな。
「ジョセフィン様に聞いて聖女様ビックリしていらしたわ。『ゲラシウスのおっちゃんの娘かー』って」
「さもあろう。サブリナについて話したことはないであるからな」
「『おっちゃんに似なくてよかったね』って」
「余計なお世話である!」
妻もサブリナも何を笑っているのだ。
面白くないである。
「聖女様も私と同い年らしいわ。来年は学院高等部に進学されると仰っていたけど」
「うむ。推薦入学の打診が来ていたな」
「推薦? 聖女様なら当然ね。学力はどうか知らないけれど」
「あの小娘は物事をよく知っているであるぞ? 高等部で成績優秀なシスター・ジョセフィンが、行儀作法以外教えることはないと言っていたくらいである」
「えっ? 聖女様のお話は面白かったけれど、頭もいいの?」
「歴代の聖女に愚か者はおらぬである」
特にあの小娘は、大天才魔道士であった初代聖女様に比肩する逸材とも言われているのだ。
思いついたように妻が言う。
「そういえば第一王子のクインシー殿下。目がよくなられたので高等部に進学すると言われていますね」
「私も聞きましたわ」
「まず間違いないであろう。目が見えなかった分、感覚に優れているのだそうだ。魔道に冴えを見せていると聞いたである」
「王太子になられるのでしたら、高等部での側近選びは必須でしょう」
「それから聖女パルフェ様がクインシー殿下の婚約者になるのではないかという噂も」
「「えっ?」」
いや、同い年なのだ。
当然噂くらいは出るであろう。
しかしこれこそ言ってはならぬことだ。
スルーせねば。
「あなた、御存じありません?」
「し、知らぬである」
「そうよね。殿下のお嫁さんは私にだって資格はあるわよね」
「「えっ?」」
何を言い出すのだ、我が娘よ。
「あら、だって我が家だってラウンズベリー侯爵家の血筋でしょ?」
娘よ、父がやらかしたからそなたの王太子妃のセンは絶対にないのだ。
すまぬである。
「本家ならともかく、ゲラシウスは次男ですからね」
「うむ。同い年ということならば、エインズワース公爵家のユージェニー嬢が本命であろう」
シスター・ジョセフィンの妹君だ。
本命と見る向きも多いのではないか?
「ユージェニー様は引っ込み思案なのよ? 淑女ではありますけれど、将来の王妃様には向いてないと思うわ」
我が娘ながら言うであるな。
そういう考えからすると、誰に対しても物怖じしないあの小娘は王妃に向いているである。
特にクインシー殿下がやや線が細くあらせられるから、それを補佐する能力が妃には必要と思われるである。
「ユージェニー様ならまだ聖女様の方がお妃に向いてると思うわ。パパはどう思う?」
「と、とんでもないことである」
実はクインシー殿下の妃に内定しているとは言えぬである。
おそらく学院での生活を大過なく過ごして、それなりの人脈を形成できればという条件付きなのであろうし。
「パパったら、何にも知らないんだから!」
呆れたように言うな。
言えないことがあるのだ、娘よ。
それにしても美味いシチューであった。
吾輩満足である。




