第30話:えらいことになったである
――――――――――聖女パルフェ追放二ヶ月半後、王都聖教会本部礼拝堂にて。ゲラシウス大司教視点。
「王宮から至急の呼び出しだと? 吾輩をか?」
「は、はい」
カーティス聖堂主管がビビっている。
小物め。
しかしアナスタシウス殿下が大司教だった時に比べると、プレッシャーが大きいことは大きいであるな。
王家と聖教会の力関係の問題か。
新米大司教にはちと荷が重いである。
「用件は聞いておるか?」
「詳しくはわかりかねますが、何でも漂泊の賢者フースーヤ様がカンカンだとのこと」
「フースーヤ?」
確か元聖女パルフェの師匠であったな。
さてはあの小娘を追放したことがバレたか。
まあいい、そろそろ公表せねばならぬ時期ではあった。
腹をくくって小娘の失態を糾弾すればよいのだ。
「王宮へ行ってまいる」
◇
「お主が聖教会大司教か。どういうことじゃ! パルフェをどうした!」
目の前で猛る白髪白ヒゲの老人が賢者フースーヤか。
他に陛下御夫妻と宮廷魔道士長、それからヴィンセント聖堂魔道士長?
何故ヴィンセントが王宮にいるのだ。
最近とみに不従順になりおって。
パルフェ様を連れ戻せとうるさいうるさい。
「聖女パルフェのことでありましたら、国外追放処分といたしました」
「は? 国外追放?」
賢者フースーヤと陛下御夫妻、宮廷魔道士長が唖然とする。
ふむ、ヴィンセントはここまでは伝えていないらしい。
外遊中であるというのが聖教会の建前であったからか。
「何故じゃ!」
「聖女パルフェはアナスタシウスとともに外遊しているのではなかったのか?」
「ゲラシウス大司教。そのような報告は受けていないのだが」
ここまで予想通りである。
「三ヶ月近く前になりますか。自然派教団のテロで王都が混乱した日がありました」
「うむ、よく覚えておる」
「あの日、率先してケガ人の治療に当たらねばならなかった聖女パルフェは、こともあろうに昼寝しておったのです。当然重傷者の治療にも間に合わず、聖女にあるまじき失態だとして聖教会幹部の決を取った上、追放処分と致しました。聖女の失態ならびに処分が知られることは、聖教会及びウートレイド王国の権威を傷つけることにもなります。また自然派教団の不逞の輩どもを勢いづかせることにもなりかねない、当時の情勢でありました。情報を秘匿したことに関しましては、致し方ないものとしてお許しいただければ幸いです」
よし、決まった。
脳内で何度も繰り返した弁明である。
「うむ、やむを得ぬ事情であったならば……」
「追放についてはどうでもよい! パルフェを早う呼び戻せ!」
何を聞いていたのであろうな、この白髪の老害は。
弟子の小娘が可愛いのだろうが、そうはいかないである。
「賢者殿。聖教会幹部会の決定でありますので、それはできかねるであります」
「国防結界の基石の残存魔力量が残り一ヶ月分を切っておる!」
「は?」
国防結界の残存魔力量が残り一ヶ月分?
それはつまり……。
「聖女パルフェによる魔力供与がなければ、一ヶ月以内に国防結界は崩壊するということじゃ! ウートレイドは魔物に蹂躙される! お主はその責任を取れるのか!」
「ば、バカな!」
シスター・ジョセフィンが国防結界に魔力供与を行っているのではなかったのか?
いや、ヴィンセントが口うるさく言っていたのはこのことか?
「当教会に所属する、非常に強い聖属性を持つ修道女が魔力供与を行っておりますれば……」
「完全に純粋な聖属性魔力でなければ、国防結界にはほぼ意味はないのだ! たとえそれがどれほど純粋に近かろうとな!」
「お、お言葉ですが、聖女パルフェが到来いたす前はそれで全てうまくいっていたのです。ですから……」
「その認識が間違っておる! 国防結界が維持されていたのは、パルフェが月に一度魔力供与を行っていたからじゃ。エストラントからなっ!」
西方の町エストラント?
エストラントの結界の基石からの魔力供与?
どういうことだ?
ではシスター・ジョセフィンの存在意義とは何だったのだ?
ヴィンセント聖堂魔道士長が頷きながら言う。
「フースーヤ様の説明で長年の疑問が氷解しました。シスター・ジョセフィンの魔力供与で即座に基石の残存魔力量が上がらず、後になっていつの間にか増えているのはおかしいと思ってはいたのです。まさかパルフェ様がエストラントから魔力供与を行っていたとは……。思いも及ばぬことでした」
「いや、それについては黙っていたワシも悪い。宮廷魔道士長と聖堂魔道士長には知らせておくべきだったかも知れぬ」
「どうして黙っておいででしたので?」
「パルフェが聖女の有資格者と知れれば、当然王都に連れてくることになるじゃろ? しかしパルフェの性格だと、特に王族や貴族とはトラブルを起こすかも知れぬと考えたのじゃ。聖教会と王族貴族が揉めていいことなどないからの」
賢者フースーヤの懸念は多分正しい。
何故ヴィンセントが首をかしげているのかはわからんが。
「パルフェには王都に近付くなと言っておいたのだが」
「申し訳ありません。聖教会も聖女を欲すること切なるものがありましたので」
「パルフェ自身が金と肉に釣られたのであろう。むべなるかな」
天を仰いだかと思えば、すぐに吾輩に向き直る白髪の賢者。
「純粋な聖属性を扱えるパルフェが、国防結界の維持のために必要な理由はわかったな? 時間がないのじゃ。直ちにパルフェを呼び戻せ」
「そ、それが行方がわかりませず……」
「何じゃと?」
目を丸くし口をあんぐりと開く白髪の賢者。
こんな時でなければ愉快な顔だと思えるのだが。
「聖教会は国防結界の維持が最大の任務であろうが! 仕儀あって追放したにせよ、一人で確実に結界を維持できる聖女の居場所を見失うとは怠慢であろうがっ!」
「も、申し訳ありません!」
「パルフェ様は飛行魔法で去っていかれたので跡も追えませず……」
そうだヴィンセント。
吾輩のために言い訳してくれ。
「同行していた前大司教アナスタシウス様が、母の出身国ネスカワンに行こうと仰っていたのです。それでアナスタシウス様の母方の御実家であるヨークホームズ公爵家に問い合わせてみたのですが、先方には着いておらぬと。ネスカワンの都マークルも当たってみたのですが、アナスタシウス様とパルフェ様が訪れた痕跡はありませんでした」
「捕まらんのか!」
「は、はい。ネスカワン方面に飛んでいかれたのは間違いなく、国境を越えたことも確認しているのですが……」
ローダーリック陛下は圧が強いである。
怒鳴られると首が冷える心地がするである。
ど、どうしたものか。
「地図はあるかの?」
「え? はい」
「見せてくれ」
白髪の賢者はアナスタシウス殿下と小娘の行方に心当たりがあるようだ。
何でもいいから救われたいである。
「……おそらくここだ。イルートの町」
「我が国との国境近くではありませぬか。何の根拠があってイルートの町だと?」
「ギガトードという、から揚げにすると美味い魔物がいるのだ」
「あっ! そういえばパルフェ様がギガトードを食べてみたいと仰っていました!」
「したり! パルフェ主導で動いているならば、ギガトードが冬眠する季節まではイルートにいる可能性が高い。すぐ使いを出してくれ」
「今すぐに。念のため周辺諸国全てに連絡しろ!」
ああ、えらいことになったである。
吾輩がアナスタシウス殿下と小娘を放っておいたのが、完全に裏目に出たである。
国防結界の残存魔力量が一ヶ月もないのに、果たして帰還が間に合うのであるか?




