第1話 喋る黒猫と呪いの誓約
薄明かりが照らすペットショップの店内。
時計の針が閉店時間を告げ、悠斗は手に持ったモップを片付けると、大きく伸びをした。
「ふぅ……やっと終わった」
このペットショップでアルバイトを始めてもう一年が経つ。
犬や猫、小動物たちの世話は大変だが、動物好きの悠斗にとってはそれほど苦ではなかった。むしろ、可愛い動物たちと触れ合えるこの仕事は、気に入ってすらいる。
店内を見回すと、ケージや水槽の中で動物たちが静かに眠っていた。夜のこの時間は、みんなおとなしい。
だが——。
「……またお前か」
悠斗は足を止める。
店の奥にある一つのケージ。その中にいるのは、一匹の黒猫だった。漆黒の毛並みに、金色の瞳を持つ美しい猫——ミオス。
ほとんどの動物が丸くなって眠っている中、ミオスだけは悠斗をじっと見つめていた。その視線はまるで、人間を値踏みするかのように冷静で、知性を感じさせる。
「お前、本当になんか特別な猫なんじゃないか?」
悠斗はため息混じりに言いながら、ケージの前にしゃがみ込む。
「いつも俺のこと睨んでるし……」
ミオスは何も答えない。ただ、鋭い金色の目を悠斗から逸らさず、じっと見つめ続けている。
「ったく……返事してくれたら面白いのにな」
冗談めかしてそう言いながら、悠斗は何気なくケージの扉を開けた——。
ミオスは動かない。悠斗は小さく肩をすくめ、静かに扉を閉めると、立ち上がった。
「はいはい、今日も異常なしっと。帰って寝るか……」
そう言いながら、悠斗は店の電気を落とし、カウンターの鍵を手に取る。
今日もいつも通りの一日が終わる。
ただ——悠斗は気づいていなかった。
暗闇の中で、ミオスの金色の瞳が妖しく光っていたことに。
そんなある日、店内は静まり返り、時計の針の音だけがかすかに響いていた。
悠斗は掃除道具を手に、奥のケージに向かう。閉店後のルーティン作業だ。犬や猫、小動物たちはすでに眠りについており、店内には落ち着いた空気が漂っている。
しかし——。
悠斗はふと足を止めた。
黒猫のミオスが、じっとこちらを見ていた。
いつものことだ。だが、今日の視線はどこか違う気がした。より鋭く、より深く、自分の内側を見透かされているような感覚を覚える。
「……お前、相変わらず睨んでくるよな」
苦笑しながら、悠斗はケージの扉を開ける。そして、棚に置いていた小さなほうきを取り出し、中の掃除を始めようとした、その時——。
「お前は、動物たちの王となる器か?」
「……は?」
手が止まる。確かに聞こえた。しかも、すぐ目の前から。
悠斗は、ゆっくりと視線を上げる。そこには、ミオスが音もなく立ち上がり、じっとこちらを見据えていた。
「……え?」
頭が追いつかない。猫が、喋った?
「選べ」
ミオスは冷静な声音で続ける。
「お前の中には力が眠っている。その運命を受け入れるか?」
悠斗は口を半開きにしたまま、完全に固まってしまった。
「ちょ、待て待て待て!」
反射的に手を振りながら声を上げる。
「なんでお前が喋ってんだよ!? いや、そもそも何言ってんだ!? 動物の王? 運命? いやいや、そんなのあるわけ……」
言いながら、悠斗はミオスをまじまじと見つめる。
すると、ミオスはゆっくりと瞬きをし、淡々とした口調で言い放った。
「聞こえなかったか? 選べと言ったんだ」
悠斗は息をのんだ。
呆然と固まっていると、ミオスは更に続ける。
「選べ」
ミオスの低く響く声が、悠斗の鼓膜にじんわりと染み込んでいく。
「お前の中には力が眠っている。その運命を受け入れるか?」
鋭い金色の瞳が、悠斗のすべてを見透かすように揺らめいていた。
ペットショップの夜は、静寂に包まれているはずだった。だが、今の悠斗の耳には、何か不気味な音が響いているような気がした。まるで空間そのものが揺らぎ、軋んでいるような——。
「何言ってんだよ、お前」
悠斗は苦笑し、肩をすくめた。
猫が喋っただけでも衝撃なのに、いきなり「選べ」と迫られるとは思わなかった。いや、そもそもこれは現実なのか? もしかして疲れて幻聴でも聞いてるんじゃ——。
だが、ミオスの目は冗談ではなかった。
「……まぁ、そんな力があるなら面白いかもな」
半ば投げやりに言った、その瞬間——。
バチッ
足元から黒い光が弾けた。
「……は?」
悠斗の目の前で、ペットショップの床に漆黒の紋様が浮かび上がる。見たこともない、まるで古代の魔法陣のような奇怪な模様。
ミオスの目が妖しく光る。
「では、契約成立だ」
その言葉が告げられた瞬間、悠斗の体がぐらりと揺れた。
「え、ちょ、待っ——」
次の瞬間、視界が歪む。足元が崩れ落ちるような感覚。世界がぐるりと回転し、すべての音が遠のいていく。
「——ッ!!」
息を吸う暇もない。耳鳴りが脳を揺さぶり、目の前が黒く染まる。
悠斗の体は、黒い光に包まれながら、虚空へと落ちていった。
悠斗、異世界へ——だが待ち受けるのは……!?
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