第69話 刺青の男
「「かんぱーい!」」
ヒロと2人で高らかにコップを打ち鳴らす。
一口でも口にすれば、乾いていた喉によく染みる水分を、体はもっともっとと欲する。
その欲に任せてガブガブと飲み切ると、2人同時に乱暴に机に打ちつけた。
「くぅーーーー!染みわたるぜ!」
「おねーさん!もう一杯!」
僕らはあっという間に2杯目を注文するが、店員の女性は「待ってました」とばかりにコップを2個おいていく。
中には先程の液体が、なみなみと入れられていた。
ちなみに、ヒロも僕もお酒ではなく、果実を絞ったジュースだ。
運ばれてくる料理もとても美味しくて、フリュネーさんのように変わった料理ではないにしろ、安定の美味しさがあった。
今日は瑠璃ウサギという珍しくて買取額の高い獲物を捕らえた時点で、ダンジョンを引き上げてきた。
一度フリュネーさんに声をかけて、現在はちょっと豪華な夕食を食べに、街の居酒屋に来ている。
フリュネーさんも誘ったのだが「お店があるので……」と断られてしまった。帰りに何か買って帰ろう。
その場で食べる食事に、フリュネーさんに持ち帰る品。あれもこれもと注文しても、瑠璃ウサギで稼いだ金額には及ばない。
「いやー、ラッキーだったな!まさか第一層であんな高価な獲物が取れるとは思わなかったぜ。」
「本当にね!こんなに美味しいものを、たくさん食べたのは久しぶりだよ。」
そんなことを言い合いながら、思わぬ収入によって得た食事を楽しむ。
そんな最中のことだった。
「お?おいおいおい〜!泣き虫ニケちゃんじゃないのさ〜。うぇーい、おっひさーー!」
背後から突然肩に腕を回される。その腕には、見覚えのある趣味の悪いタトゥーが入っていて、僕は固まった。
ヒロは状況が読めないようで、僕と背後の人物を交互に窺っている。
この腕の持ち主はおそらく、同じパーティの2人と共に、卑下た笑みを浮かべているのだろう。
「おやおやおや?泣き虫ニケちゃんなんかが、冒険者と連れ立ってるぞ!
新しいご主人ちゃまでちゅか〜?」
「わかったぜ、アニキ!きっとこの体で誘惑したんだぜ!
『きゃ〜〜ニケちゃんのえっちぃ〜卑猥だわ~』」
「ひゅーひゅー!よぉ、あんちゃん、どうだった、泣き虫ニケちゃんのか・ら・だ。
……なんつってなー!!あーーはっは!」
三者三様の言葉ではあるが、その全てが僕を馬鹿にするものに他ならない。
この3人は僕が師匠のいた街、バニパルへ行く道中で知り合った。
僕からお願いしたわけでもないのに、勝手にダンジョンへ連れて行かれ、散々良いようにこき使われた挙句、飽きたら突然ポイっと捨てられたのだ。
僕はその時1人では路銀を稼げず、困っていたのもあって、彼らの言いなりだった。
そしてダンジョン内で魔物をけしかけられては、ゲラゲラと馬鹿にされ、笑われ、遊ばれた。
苦々しい思い出が蘇ってくるが、この手の人は下手に相手しない方が賢明だと、師匠を居酒屋から引き摺り出す日課で学んだ。
まぁ、1番厄介なのは師匠本人だったが。
数瞬の間は、ヒロもどうして良いのか分からずオロオロしていたが、彼らの言葉を聞いて3人を「敵だ」と判断したらしい。
キッと眦を上げて睨みつけ、今にも掴みかかりそうだ。
このままここに居ては、双方にとってよろしくないだろう。
そう思い、立ち上がるとお代を多めに従業員に手渡して、そのままヒロと連れ立って店を出る。
それが3人を無視した形になって、腹が立ったらしい。
「――カハッ」
背後からの衝撃。
僕の体は、その衝撃に逆らうことなく吹き飛び、正面から店の壁に叩きつけられた。
「――――っ!!!!!!テンメェら!!」
「ヒロ!!!!」
僕が静止の意味で彼を呼べば、ヒロはびくりと体を揺らすも、拳を握ったまま我慢ならないと言った顔で振り返る。
「けどニケっ……!」
「街中で暴力沙汰を起こせば、良くて罰金か冒険者ランクのダウン、最悪冒険者組合から追放だよ。
この場では何も無かった。僕らにとっても彼らにとってもそれが1番。
そうですよね?」
最後は彼ら3人に向けた言葉だ。
「兄貴」と呼ばれた男は、テーブルを蹴り上げたであろう脚を降ろし、舌打ちして目を逸らす。
それを肯定と捉えた僕は、テーブルを元の位置に戻し、店員に謝罪の言葉を残して店を出た。
だから、背後で会話していた彼らの嫌らしい笑みを、認知することはできなかった。
「クッソ、つまんねぇな。」
「泣き虫ニケちゃんのくせに、生意気なんだぜ。」
「まぁまぁまぁ、見てろって。俺にいーーい考えがあるからよ。」
「ニケ、服を脱げ。」
「はぇ……????」
フリュネーさんの家に帰ってきて、僕に与えられた部屋に入ると、珍しくヒロが一緒に入ってきた。
ヒロの部屋は別にあるので、どうしたのかと彼に問うた答えが、先のものだ。
僕はその言葉に驚愕して、ギッと体が固まるのを感じた。
「おい、変な勘違いすんな!お前さっき、テーブルと壁に挟まれてただろ。
アイツ結構景気よく蹴ってたし、怪我の具合見てやるよ。」
「あぁ、なんだ……。ヒロまでソッチの道に行っちゃったのかと……」
「俺まで……?それって……」
「ち、ちがう!違うよ!未遂だから!!」
先ほどの3人の言葉がついうっかり脳裏を掠めてしまったせいで、パライ・マリンの事件を思い出し、口を滑らせたらヒロに同情的な目を向けられる。
慌てて否定すると、ヒロは苦々しい顔でため息吐くが、仕方がないと言った様子で回復薬を取りだした。
本当に、ただ怪我を見てくれるだけのようだ。
「まったく、ほらさっさと脱げ。」
ヒロの言葉に甘えて、麻でできた硬い服を脱ぎ捨てる。
自分で見ても「うわぁ……」と声が出てしまうほど、酷い痣になっていた。
「……腫れては、いないな。動くだけで痛いとか、服が擦れても痛いとかはないか?」
「うん、触らなければ平気。」
「そうか。ならまぁ、低級の回復薬で問題ないか。」
ヒロはそう言って、先程持っていた物とは別の回復薬を僕に振りかけた。
ひんやりとした液体が体に染み込むのを感じ、とても気持ちいい。
「明日はどうする?ダンジョンに潜るのは危険じゃないか?」
ヒロは僕の様子を窺いながら、遠慮がちに言った。
例の3人がダンジョンの中で、ちょっかいを掛けるのを、危惧しているのだろう。
ダンジョンの中ならば、「俺たちが発見した頃には既に手遅れだった」と言えば、仮に殺したところで誰に咎められることはない。
「うーん、それはそうなんだけど…。
でも彼らがいつまでこの街にいるかわからない以上、引き篭もっていても仕方がないかなって。」
ヒロも僕も、実はフリュネーさんに宿代と称して、いくらか儲けを差し出している。
僕は本当に宿代と飲食分くらいのものだが、ヒロはそれよりも、かなり大きな額を入れていたように思う。
フリュネーさんに迷惑をかけるわけにもいかないし、かと言ってヒロ1人でダンジョンに行けば安全というものでもない。
ヒロも顔を知られてしまっているから、何もされないという保証はないのだ。
「行っても行かなくても懸念事項はあるんだし、それならダンジョンに潜ってもいいんじゃないかなって、思うんだけど……。」
「そうか、そうだな。よし、明日もダンジョンに潜って、じゃんじゃん稼ごうぜ!」
ヒロはそう言うと、快活な足取りで自室に戻っていった。
僕はすっかり癒えた体に服を着込んで、柔らかいベッドの中に潜り込んだ。
その後は警戒しながらダンジョンに潜る日々が続いた。
しばらくは何も起きずに、それはもう欠伸が出るほど平穏な日々だった。
けれど、警戒心が薄れてきた頃、その事件は起こった。
「はぁ、はぁ……。うっっ、僕もう無理かも……。ヒロ……、ご、めん……。」




